語彙の豊かさの正しい表し方 Al Kooperの「Naked Songs(赤心の歌)」

語彙の豊富さというのはとても重要なもんだとつくづく思う。

私は、はっきり言って語彙が貧しい。貧しい言葉の中から何かを書くというのはとても苦しい。

そういったことを夏目漱石の「草枕」を読みながら思った。夏目漱石は色々な言葉を自由自在に使いこの小説を書いている。ちょっと嫌味なぐらい豊かな言葉が溢れている。この本を読んでいると、言葉は知識であり思考そのものをつかさどっているんだと思わせられる。

夏目漱石の言葉の背後には膨大な知識があり、それぞれの言葉がそれぞれの世界観を持っている。

例えば、「軽侮」なんて、一見、結構使われてそうな言葉も、私は使わない。そういった言葉で表現するものがないからだ。けれども、そういうありふれていそうであまり使わない言葉が、この本の中ではその言葉があるべきところに収まっている。

そういうものに接すると、改めて自分の語彙の貧しさに直面する。

これは、音楽にも同じことが言えて、ボキャブラリーは重要である。

例えば、ジャズなんかを聴くと、ロックではあまり使われない音使いがたくさん出てくる。音楽理論で言うと、オルタードスケールだったり、ディミニッシュだとか、いろいろあるらしいけれど、詳しいことはわからない。ただ言えることは、ロックではあまり使われないボキャブラリーがジャズの世界で使われていることだ。逆に、ロックの世界ではまかり通っている言葉(フレーズやビート)がジャズではあまり用いられていなかったりする。

フォークやブルースなんて一見シンプルで、ボキャブラリーが貧困そうに思われるが、そんなことはない。フレーズや音楽理論ではシンプルな言葉たちも、それぞれが複雑に絡まり、様々なバリエーションを持ち存在する。ブルースで使われるスケールは少ないかもしれないけれど、そのスケールの中で様々なフレーズが交差する。そして、それぞれの言葉が、適切な場所に収まって音楽が成立している。音楽の世界でも、古くから残っているものは語彙が豊かである。

文学にも、音楽にも引き出しの広さが求められる。

引き出しが広いっていうのは、音楽をやるにあたってとっても大切なことの一つなんだなと、Al Kooperの「Naked Songs(赤心の歌)」を聴いていて思った。

このアルバムで、アル・クーパーは自身の音楽の引き出しをいっぱいに広げ、色彩豊かに仕上げている。ロックあり、ブルースあり、ソウルあり、ゴスペルありのアルバムである。

そして、その豊かな言葉たちがアルバムの中で適切なところで顔を出し、そこにぴったりと収まるとともに、全体の大きな世界観を作り上げている。それぞれの言葉は聴いていて難解な印象は受けないし、むしろわかりやすい。この辺が夏目漱石の「草枕」よりも胃に優しい。飲み込み、消化しやすいのだ。

いろいろな知識、世界観が無理なく一つのアルバムに収まり、それを過剰にひけらかすことなく、嫌味でなく、それでいて刺激的で、バラエティーに富んでいて、楽しませてくれる。語彙の用い方の一つの理想型である。

「赤心の歌」という邦題をつけた人もすごいと思う。「赤心」なんて言葉、普段はあまり使わない。というより、このアルバムのタイトルでしか使っているところを見たことがない。見たことがないけれど、「Naked Songs」の邦訳として、とてもぴったりだ。こういうところで語彙が試される。

夏目漱石がアル・クーパーを聴いたらどう思うだろう。「草枕」を書き直すとかもしれない。いや、そんなことはないか。語彙の豊富さでは夏目漱石に軍杯が上がるからな。

Jim Campilongoとテレキャスターのギラギラ、ビリビリした関係

私の好きなギタリストにはテレキャスターというギターを愛用している人が多い。

ジェームスバートンやジェリードナヒュー、ヴィンスギル、ブラッドペイズリー、ジムメッシーナなんかのカントリー系の音楽をやる人たちの多くはテレキャスターをメインに使っているし、ロック寄りのギタリストでロイブキャナン、ダニーガットン、エイモスギャレットもメインで使っている。ブルースではアルバートコリンズ有名だ。今はアコースティックギター一辺倒になったトミーエマニュエルもかつてはテレキャスターをメインで愛用していた。

上記に挙げたギタリストのアルバムをよく聴く。きっとテレキャスターのサウンドが好きなんだろう。

私は特に、カントリー系の音楽が好きなので、そういうサウンドに偏る傾向にあるのだと思う。今のカントリーのギタリストの間ではテレキャスターをメインに使うことがかなりの割合で定着しているのだろう。

1950年代の初頭にテレキャスターが出てきた頃はまだ、 GibsonのフルアコやGuildのフルアコを始めとするギターをメインとしていたギタリストも多かった。マールトラヴィスなんかはGibson Super 400やGuildの特別オーダーのフルアコを使っていた。ドンギブソンもGibsonのSuper 400を使っていた。チェットアトキンスはずっと Gretschとエンドース契約をしていたのでGretschを使っていた。他にも、ジョーメイフィスなんかはMosriteのダブルネックを使っていた。Mosriteのヴェンチャーズモデルの元となったギターはジョーメイフィスのために作られたモデルだったと言っていいだろう。

マールトラヴィスの粒が揃った暖かくて甘いGibsonのサウンドも、チェットアトキンスの使う芯がくっきりしていながら太いGretschのサウンドも好きだ。テレキャスターではなかなかああいうサウンドは作れないだろう。

けれど、トレブリーで、サスティンが短くて、ジャキジャキしたテレキャスターの音はなかなか他のギターでは再現できないのも確かだ。

ジムカンピロンゴというギタリストは、ノラジョーンズがボーカルをやっていたバンドのThe Little Williesのメンバーとしてその名を知られている。彼はテレキャスターのそういうジャキジャキ、ギラギラ、ビリビリしたサウンドを前面に押し出している人なのだ。

The Little Williesではベンドやスイープピッキングなんかを駆使して、軽快なカントリーのギターを聴かせてくれるのだが、彼のトリオのアルバム「heaven is creepy」では、もっと泥臭く、生々しいギターサウンドを聴かせてくれる。The Little Williesの曲を聴いて、ギターの音が気に入った方には、是非聴いてほしいアルバムだ。

2012年12月号のギターマガジンの特集でジムカンピロンゴ直伝のカントリーギターフレーズのレクチャーが掲載されていたので、ギターを演奏される方は見てみると面白いと思う。

かなり目立つギターのサウンドでありながら、バンドの中にうまくとけ込む不思議なところがある。The Little Williesの曲を聴いていても、ギターがうるさいという印象はないのだが、確かに存在感のあるリードギターである。

今、一番ギラギラ、ビリビリしたカントリーリックを弾けるギタリストの一人である。一度、生で聴いてみたいが、まだ聴いていない。

安定してまとまっているGibson L-50 と 暴れん坊な Chaki P-1

ピックアップの付いていないアーチトップギターが好きで、今までに何台か所有してきた。いわゆるピックギターと呼ばれるギターだ。

ピックギターは、フラットトップのアコースティックギターと違って、ちょっと詰まったような鳴りがする。詰まったところからパーンと音が弾け出るような感覚だ。

この弾け出る感覚が気持ちよくて、GibsonのL−50という、1950年代に作られた廉価版のギターをいつも手元に置いてある。これを爪弾くと、ピッキングの強さによって丸い音になったり、ジャキジャキした音になったりするので、その感触に魅せられる。ネックグリップが程よく太くて弾きやすいのも良い。

L−50は年代によって色々と仕様が違って、一度30年代製のものを触ったことがあるけれど、バックがフラットなせいもあってか、まっすぐ前に出てくるような音がしてとても良かった。値段も20万円しないくらいだったので、もしもお金があったらきっと買っていた。ネックグリップも、もっと太いかと思っていたのだが、50年代のものとさほど変わらず、ネックヒールに近い部分が若干太めかというぐらいだった。本当にいいギターだった。Gibsonは廉価モデルでもあれだけいいギターを作れるんだからすごいと思う。

40年代製のシルクスクリーンのスクリプトロゴのやつを弾かせてもらったこともあるけれど、あれも良かった。値段は30万円近くしたらしいけれど、音に個性があって魅力的な楽器だった。音がジャキジャキしてくるまでのキャパシティーが広い楽器で、単音で普通にピッキングすると丸い音がするのだが、強くストロークするとジャキジャキ鳴った。トラスロッドは入っていたが、ネックは50年代よりもちょっと太めで、握りごたえがあった。

50年代のモデルは、今の所どれもハズレがない個体に当たっている。その中で一番気に入った一台を買った。私が持っているのは確か58年製だったと思うが、シリアルが消えかかっていてよく分からない。トップが単板プレス成形のモデルだ。

もう一台ピックギターでよく使っているのが ChakiのP-1という日本(京都)製のギターだ。ギブソンのコピーのヘッドシェイプなのだが、ボディーサイズは17インチでL−50よりも大きめだ。

私が持っているChakiにはどこにも品番らしいものは記載されておらず、仕様からおそらくP−1だと推定している。

総ラミネイトボディー、つまりベニヤ板で作られているギターだ。ネックはメイプルでエボニー指板。この、P−1というギターは憂歌団の内田勘太郎さんが使っていたから有名になった。決して高級なギターではないし、値段もそんなに高価ではないのだが、少量生産のため、あまり市場に出回らない。

Chakiは人気があるらしくて、ヤフオクなんかでもそこそこいい値段が付いているけれど、当たりハズレが多いのは確かだ。いや、ピックギターそのものがかなり当たりハズレがあっていいのを見つけるのは難しい。実際に買ってしばらく弾いてみないと判らない箇所もあるけれども、実際に一度手にとってみれば良し悪しは大体わかる。

今まで7〜8台のChakiを試奏してきたけれど、どれも全然鳴らなかった。ならないうえに、ジャキジャキだけはしているので、どうも低音が物足りなかった。それか、音がこもりすぎの個体が多かった。

私が持っている個体も、ちょっと個性が強くて、うまく鳴らすにはコツがいる。弱いピッキングで鳴らすのが難しい。強くピッキングするとバーンと鳴るのだが、音がものすごく暴れる。ギブソンのような上品なまとまりはない。

けれども、この暴れる感じと、弱いピッキングでチープになる感じが好きで、手元に置いている。きっと、メイプルネックにエボニー指板という組み合わせと、総ベニヤ板のボディーがこの音の大きなファクターなんだと思う。こう言うギターはテキトーに作ってもなかなか作れない。チャキの老舗ながらのノウハウが詰まっているんだろう。

プロとして現場で使うわけでなく、自宅で爪弾く程度なので、こう言うギターはとても良い。持っていて本当に良かったと感じる。できることならいつまでも手元に置いておきたいギターだ。これだけ、自分の好みにあった暴れ方のするギターは見つからない。

あと、 チャキは製造の年代によって造りやパーツのクオリティーがまちまちで、70年代ぐらいのチープなやつが好きだというファンが多いらしいのだが、私個人としてはもっと新しいグローバーペグが付いて、エボニー指板の仕様のモデルが好きだ。フレットの仕上げが全然違うので、70年代のモデルはリフレットしたほうがいいかもしれない。

Take me out to Bethlehem ハワードマギー 「チェリー味の人生」

ベツレヘムというジャズのレーベルのレコードは20代半ばにあるまであまり聴かないできた。

どちらかといえば、 ジャズといえばPrestigeやBlue Note、 Savoyなんかのアルバムを中心に聴いてきた。いわゆるジャムセッション的な内容のアルバムが好きだったのもあるけれども、CD化されているアルバムの量がPrestige、 Blue Noteは圧倒的に多かったのもその理由だ。  VerveもCD化されているアルバムが多い。

CD化されているアルバムは、いわゆる名盤や定番が多いからあまりハズレがない。だから安心して聴いてきた。

数年前から、ベツレヘムのアルバムの廉価版のCDがたくさん出てきた。それに乗っかって、試しにベツレヘムのアルバムを買って聴いてみた。Howard McGhee、Ruby Braff、Jonah Jones、Charlie Shaversを聴いてみた。トランペットのリーダ作ばかり何枚か買って聴いてみた。ギターものも何枚かは買ってみたけれど、とりあえずトランペットのリーダ作を重点的に聴いてみた。

結論として、ベツレヘムは内容がよくまとまっているアルバムが多い。いわゆるジャムセッションものではなくて、ちゃんとアレンジされているものが多い。編成も比較的大人数なものが多い。ストリングスものも多い。

私が持っているものもがストリングスものに偏っているというせいもあるけれど、どのアルバムも、よくできていて結構聴かせる。アルバムを一枚通してなかなか聴かせる。

特に、Howard McGheeの「Life is just a bowl of cherries(チェリー味の人生)」なんかは、吹きまくるバップトランペッターのイメージがあったハワードマギーがストリングスをバックに静かに聴かせる。決してトンがることなくメロディーを朗々と唄う。

彼の別のアルバムで、Blue Noteの「Nobody knows you when you’re down and out」でも彼の朗々としたトランペットを味わえるけれど、この「Life is just a bowl of cherries」の方がソフトでファットでダークなトランペットをじっくりと聴かせてくれる。大人のアルバムに仕上がっている。ハワードマギーのトランペットのダンディーな一面を十分に味わうことができる。

けれども、一方でちょっとわざとらしさというか、作り物くささがあるアルバムなんだよな。確かに、いいアルバムなんだけれど。ここまでアルバムが良く出来上がっていて、ハワードマギーが危なげなく吹いているのを聴くとちょっと興ざめであることは否めない。ハワードマギーのアルバムには一曲ぐらい攻めの曲が入っていてほしい。テクニック的にどうこう言うような曲というよりは、もっと毒のある曲があっても良い。

今まで買ったベツレヘムのアルバムの中では結構多くに、この作り物くささがある。

けれども、そういうアルバムも持っていて損はないということも、一方では確かで、時々聴きたくなる。こういう危なげないよくできたアルバムを。そして、気がついたら愛聴盤になっていたりするんだよな。

ジェリーリードとランブリンジャック

フィンガースタイルのギタリストが近年、とは言ってももう15年ほど前からだけれど再評価されてきて、トミーエマニュエルやらマーティンテイラーやらをはじめとしてすごい上手い人がたくさんいる。日本にでも打田十紀夫さんとか大御所の名前を頻繁に目にするようになった。

そういう人たちのアルバムも好きで聴くけれど、どちらかというと、もっとフォーク寄り、カントリー寄りのアルバムを好きで聴いている。

カントリーではマールトラヴィスとかチェットアトキンスをはじめとして、いろいろすごい人がいる。やっぱり、この二人のパイオニアがカントリーのフィンガーピッキングではすごいと思うけれども、個人的にはジェリーリードのギターが好きだ。特に、彼が弾き語りで弾く時のちょっと凝った運指のコードやベースラインとかがかっこいいと思う。

ジェリーリードは、曲もたくさん書いていてアルバム曲の大半はオリジナル曲だ。たまにカバーもやるのだが、そのカバーがすごくいい。ジェリーリード節に再調理されているカバー曲なのである。アルバムもたくさん出しているけれど、今すぐにCDで手に入るのはあまり多くない。中でも「Nashville Underground」というアルバムの最後から2曲目に入っている「Hallelujah I love her so」が好きでよく聴いている。

ギターと歌だけでここまで表現豊かに歌えるっていうのがすごい。ジェリーリードの歌声っていうのは、比較的素朴な歌なのだけれど、ギター伴奏と一緒に聴くとジェリーリードの音楽の世界の広さが伝わってくる。

この人、すごいギターソロも弾けちゃう人なんだけれど「Hallelujah I love her so」のソロは、控えめだ、まるで余興で弾いているんじゃないかっていうほどの力が抜けている。

アルバム一枚聴いてしまうと、結構ギターはうるさいアルバムに仕上がっているのが、よく言えばジェリーリードのいろいろな面が詰まっている、チェトアトキンスなんかと共演版を何枚も出しているので、それを聞いてみるのもいいかもしれん。

フォークの世界じゃ、断然ランブリンジャックエリオット。このおじさんがまちがえないギター弾き語りを提供しくれる。ギターの腕は天下一品であるが、アルバムでは、あくまでもシンガーとして「フォースソングを」歌っている、

この人も、ギター一台と歌で、飯を食っているだけあって、安定して聴くことできる。

どうやら、私はこういうフィンガーピッキングの音楽が好きなようだ。

カーターファミリースタイルのピッキングから、ギャロッピングもなんでもこなしながら歌を歌う。実に器用なシンガーなのだが、歌も素朴でいい。

ギターもこのくらい弾けたら、きっと楽しいだろうな。

私の思っている東京の姿ではない 内堀晶夫「街  Tokyo 1976−2001」

東京に住むようになって17年になる。最初の6年間は国立市に住んでいた。23区内ではなかったけれど、私のような田舎者にとっては十分東京である。札幌に住んでいた頃は、茨城、群馬あたりまでは東京という認識だった。その認識は今でもあまり変わらない。

上京してきた頃と、この街の印象はあまり変わらない。新宿、渋谷、池袋、銀座、六本木どこもここ17年間でさほど変わったという印象は受けない。もちろん、東京スカイツリーや、六本木ヒルズを始めとする新しいランドマークは建ったけれども、そんなものは人波、繁華街、住宅街に埋め尽くされた東京という大きなイメージをほとんど変えることはない。

東京は大きな繁華街が数珠つなぎにいくつもあり、その周りにどこまでも果てることのない住宅街が連なっている。駅と駅の間で家並みは途絶えることなく、山手線、中央線、京王線、小田急線その他ほとんどの電車が、家並みの隙間を切り裂くように走っている。これほど電車・地下鉄網が発達した街も珍しいだろう。

そんな東京を写した写真集を紹介したい。

内堀晶夫の「街  Tokyo 1976−2001」という写真集を見た。

20cm角ぐらいの、比較的小ぶりな写真集だ。見開き両ページに1点ずつ掲載されているので、写真の点数は多い(70枚ぐらいか)。小さな写真集のわりに見ごたえのある本である。

東京の街角でのスナップ写真が載っている。街で人物を撮った写真である。一枚一枚の写真の説明はとくについていないので、いつどこで撮られた写真なのかは、写真から推し量るしかない。だいたいどのあたりで撮られたのかがわかる写真もあるのだが、どの写真も私の知っているような東京の姿ではない。

この本の「街  Tokyo 1976−2001」というタイトルから、写真はおそらく1976年から2001年の間に撮られたものだと思う。私が東京に来たのは2000年のことだから、ほとんどの写真は私の知らない時代の東京だ。そういう前提で見ても、ここに写っている街はどれも違和感がある。妙に古い感じがするうえに、どこか異国の街の日常を垣間見ているような気がする。私の住んできた東京はこんな風な違和感のある「生活感」はない。こんなではない、もっとなんでもない日常、一言で言うとつまらない街である。この写真集に登場する街も、あんまり楽しい街ではなさそうだけれど。

巻末に添えられている文章によると、この写真家は東京都国分寺市に住むサラリーマンとのことだ。そう言われると、立川の写真が何点か載っていた。

こういう写真を見ると、東京っていう街は人によってずいぶん見え方が違うんだと思う。ここに住む人にとって、それぞれ街の見え方は大きく変わるんだろう。私の東京の見え方は地方出身者の視点からのものなのかもしれない。泉谷しげるが

ものめずらしい見世物はすぐ飽きて、自分だけが珍しくなってく

と歌っていたけれど、確かに、東京に住むようになって17年目でも、未だに自分はこの街から浮いてしまっているのではないかと恐れることがよくある。自分だけが特別というのとも違う、自分が「遅れている」というような感覚か。

巻末に内堀晶夫さんは長野のご出身だと書かれているけれど、同じく東京の出身ではない自分に、東京はこんな風には見えない。

まあ、この写真集で提示されている東京は、この写真家に東京がどう映っているかではなくて、写真が東京をどう捉えたかであるということは言えるんだけれど。それでも、ここに写っている東京は異国の街のようだ。

ブルースの泥臭さ、粘っこさをほんのり感じる Lou Rawls 「Live」

ブルースの香りが強いアルバムはどうも暑苦しいアルバムが多い気がする。爽やかなブルースのアルバムというのもないわけではないけれど、たいていは暑苦しい。

戦前のブルースの一部や、ラグタイムなんかはそうでもないけれど、シカゴブルース、テキサスブルースの50年代以降のやつなんかは熱演が多いせいか、爽やかという類の音楽ではない。

ブルースというジャンルに入っていなくても、ジャズやソウルのアルバムでもブルースの香りが強いと、だんだん爽やかという世界から遠ざかる。どちらかというと、泥臭く、粘っこい音楽になりがちだ。

そんなことをLou Rawlsのアルバム「Live」を聴いていて思った。

このアルバムは、ジャズ専門のレコード屋で購入した。Lou  Rawlsはジャズシンガーというよりも、 R&Bやソウルシンガーとして知られているのかもしれないけれども、このアルバムはジャズのバンドをバックに歌っている。それでも、内容は泥臭いブルースのアルバムに仕上がっている。

ギターのHerb Ellisがブルージーなフレーズをバッキングで入れていて、あれ、ハーブエリスってこんなにブルース臭いギター弾く人だったっけ、と思ったりする。

それでも、ジャズのスタンダード「The shadow of your smile」や「The girl from Ipanema」なんかもやっているので、一応ジャズのアルバムと分類されているのだろう。けれども、それらの曲でも、ブルースを思わせる節回しが出てきたり、ノリもジャズというよりもブルースに近い。

そのせいもあり、かなり暑苦しくなりそうなところではあるけれど、不思議とそこまで暑苦しくもない。まあまあ、程よい暑苦しさである。だからこそ、ブルース独特の泥臭さや粘っこさを再確認した。

十分熱いアルバムではあるんだけれど。けれど、そこにジャズのちょっとモダンな響きが加わり、ブルースとしては暑苦しい部類ではない。ジャズとしては、ちょっと泥臭い部類だけれど、いわゆるハードバップの暑苦しさではない。

こういうアルバムを、どういうタイミングで聴こうかと、ちょっと扱いに困っていたのだけれど、改めて聴いてみると。そこまで聴くシチュエーションを選ぶようなアルバムではなかった。

どんな時にでも聴いて心地いいとか、聴いてリラックスできるという類のアルバムではないけれど、ジャズを聞き飽きた時や、本気の「どブルース」アルバムを聴こうという気分になれない時なんて聴いてみると新たな発見があると思う。ブルースとはもしかして本来結構楽しいもんなんじゃないか、とか、ジャズのフォーマットでブルースをやると、こんなに雰囲気が変わるんだなあ、とか思いながら聴いている。

それと、このルーラウルズというおっさんは物凄く強いビートを感じる。ジャズの人たちがいう「スイングする」という言葉があっているかもしれない。バックのバンドも物凄くスイングする。

そういうこともあって、このアルバムは「ジャズ」のアルバムとして扱われているのだろう。

そういう、どっちつかずのアルバムは、扱いに困ることもあるが、案外このアルバムのような名盤も多い。

贅沢な癒しを提供してくれるBobby Darinの I won’t last a day without you

音楽に癒しを求めることは悪いことじゃない。

音楽を一生懸命にやっている人の中には、「俺の音楽は癒しなんかじゃない」という方もいるかもしれないけれど、それはやっている側の意見で、受け止める側にはそれぞれの受け止め方があっていい。

「これは、絶望を表現した音楽です」なんて言われたって、その中に希望を見出せるリスナーだっていてもおかしくない。むしろ、プレーヤーやプロヂューサーなんかが意図した形とは違う受け取り方がしやすいのは音楽のいいところの一つだと思う。

例えば、フリージャズなんかは、はっきり言って普段聴かない人には何が何だかわからない。ノイズなんかもそうだろう。ああいう音楽は、受け止める側に委ねられている場合も多いので、より一層、自由に自分の感受性の思うままに音楽を感じればいいと思う。

だから、疲れた時に聴く音楽と一言で言っても、様々な音楽でありうる。人によっては、ヒーリングミュージックとしてそれ専門に出ている音楽を聴く方もいるだろうし、クラシック音楽だったり、ジャズだったり、場合によってはヘビメタを聴いて落ち着くというのもあるだろう。そういう私も、疲れた時だからこんな音楽を聴くと決めているものはない。

逆に、これを聴くと必ず癒されるという音楽もない。いくらヒーリングミュージックとして売られている音楽でも、聴いていて嫌になってしまうことはあるし、時にはゴリゴリのジャズ、ハードバップなんかを聴いて癒されることもある。松田聖子を聴いて癒されることもある。

けれども、癒される確率が高い音楽は存在する。

Bobby Darinが歌う「I won’t last a day without you」がそうだ。

この曲はオリジナルの、カーペンターズの歌ったバージョンが有名だ。名ソングライターのロジャーニコルスとポールウィリアムスの共作だ。

毎日毎日たくさんの見知らぬ人に会わなければならない。私と関わりのない人たちと。それに、耐えられるほど強くはないんだ。

だから、この世界にいつも私のことを想ってくれて頼りになる人がいると思えることはとても嬉しい。そして、あなたはいつもそこにいてくれる。

という歌い出しの歌詞からして、都会の暮らしに疲れた私を励ましてくれるかのようでいい。

カーペンターズのバージョンもいいけれど、ボビーダーリンのバージョンはちょっとけだるくて、レイドバックしていて、優しくつぶやくようで気に入っている。ボビーダーリンはどんな曲を歌わせても上手いシンガーだけれど、この曲のアレンジは特に彼の歌のスタイルに合っているのだと思う。バックバンドにホーンもストリングスも入っていて、バックコーラスも入ってとても豪華なアレンジメントだ。

ジャズのスタンダードや、ミュージカルの曲、ポップスやフォークのカバー、何を歌わせてもボビーダーリンは上手い。レイチャールズのようにソウルフルに歌えるし、フォークソングの素朴さも出せる。ビッグバンドをバックに歌っても映える。こんな器用なシンガーはなかなかいない。そんなに器用でいながら、彼にはスタイルがある。

そういう、素晴らしいミュージシャンが提供する「癒し」は安定感がある。「いつでもどこでも癒しに行きます!」というような力強さすらある。

「I won’t last a day without you」は「Darin 1936-1973」という彼の死後リリースされたアルバムの1曲目に入っている。このアルバムでは、ボビーダーリンの様々な側面を聴くことができる。入っている曲も様々なスタイルの曲で、カーペンターズのカバーだけでなく、ランディーニューマンやボブディランの曲もカバーしているし、彼の代表曲にもなったジャズのスタンダード「 Moritat」も入っている。所謂コンピレーションアルバムの位置付けでありながら、一枚のアルバムとして通して楽しめる。

「I won’t last a day without you」を聴いて、余力があるときはアルバムを最後まで聴いている。

「Grant Greenのオルガントリオ」の魅力が詰まったクインテット作 「Am I Blue」

Grant Green、John Patton、 Ben Dixon、のトリオやこの3人がリズムセクションをやっているアルバムは、間違いない。グラントグリーンの ハードバップ時代のサウンドの一つの完成形がこのトリオでの録音だと思う。

グラントグリーンは様々なオルガンプレーヤーと共演しているギタリストだ。John Pattonの他にもBaby Face Willette、Jack McDuff、Larry Young。彼らと演っているアルバムも良い。それぞれが個性派ぞろいのオルガンプレーヤーである。名盤も多い。その中でもJohn Pattonと共演しているアルバムを推す。

グラントグリーンがお好きな人は、「Live at Lighthouse」なんかのもっとファンク色の強いアルバムの方が良いというかもしれない。確かにあれもすごい。すごいけれども、聴いていてちょっと疲れる。熱い演奏は聴いていて疲れるもんだ。

その点、ジョンパットン、ベンディクソンとグラントグリーンは熱くなっても、騒がしくない。おそらく、グラントグリーンが音数の少ないプレーヤーであるというのに併せ、ジョンパットンがノリはいいけどやや控えめなオルガンがいいんだろう。ソロも、不器用な感じがするぐらいあんまり派手なことはやらない。というよりも、ジョンパットンのソロは、ほぼシンプルな単音フレーズと、それらのフレーズの繰り返しによって成り立っている。けれども、絶妙なところで入ってくるバッキングも不器用な彼のソロも、オルガンジャズの魅力に溢れている。

そこに、ベンディクソンのドラムが絡む。ベンディクソンはきちんと盛り上げるドラマーである。すごく派手なドラマーじゃないけれども、曲にきちんとアクセントをつける。タメの効かせ方なんかは、もの凄いものがある。

グラントグリーンの寡黙でありながら雄弁なギター、ジョンパットンの不器用でありながら美味しいところを押さえているオルガン、絶妙なアクセントをつけてくるベンディクソンのドラムのバランスが、聴いている者を心地よくしてくれる。

このメンバーでの演奏をとりあえず、一枚聴いてみたいという方にオススメのアルバムはGrant Greenの「Am I Blue」。トランペットにJohnny Coles、テナーサックスにJoe Hendersonが入っています。フロントの二人ももちろんソロをとりますが、ソロの尺も短めで、管楽器がバリバリいう感じのジャズではなくて、ブルージーで、ゴスペル調の曲もあり、ほのぼのした感じがしてきます。

あくまでも、グラントグリーンがリーダーで、管楽器の二人はホーンセクションのような立ち回りをしているけれども、そのアレンジがまたこのアルバムのリラックスした雰囲気を作っている。グラントグリーンが弾くリードギターっていうのもとてもシンプルで自信に満ち溢れていていい。

このトリオで、もっとアルバム作ってくれたらよかったのに。

まあ、いつまでもこのサウンドばっかりもやってられなかったのだろうけど、Blue Noteレーベルの宝石のようなトリオです。騒がしくも、静寂でもないジャズ、これがジャズのある意味最も美味しいところなんじゃないかと近頃は思うのです。

見えてなかった東京の貌

昼過ぎに銀座に出てぶらぶらした。銀ぶらである。今日は折しも3月11日だった。

東日本大震災から6年目を迎える今日、銀座はいつもの週末のように混んでいた。海外からの観光客が半数ぐらいいた。中央通りは歩行者天国になっていたのだが警察官が各交差点に4〜5人づつ立っていた。通りすがりのお兄さんが、警官に「今日何かあるんですか?」と聞いていた。

確かに、あれだけたくさん警官が目を光らせていたら「何かある」と思うのが普通だ。天皇陛下や、マイケルジャクソン、トランプさんみたいな有名人が来るだとか、社会的にもインパクトが大きいパレードやデモがあるだとかじゃなければ、あんなに警官はいないだろう。

2時45分過ぎに三越と和光の前の交差点を横断していたら、和光の時計塔の時計の鐘が何度か鳴り響いいた。それに合わせて交差点の周りにいた人だかりがピタッと立ち止まり黙祷を捧げていた。きっと地震の起こった時間だったんだろう。

あの黙祷のために銀座に集まった人たちのことを思うと、いったいどういう気持ちでここへ来たのか、イマイチよくわからなかった。黙祷を捧げるなら自宅の仏壇の前でもいいだろうし、わざわざ銀座に来なくてもいいような気がする。

それでも、確かに彼らは銀座に「集まった」人たちだった。偶然居合わせたという感じではなかった。だから、きっと和光の時計塔には何かいわくがあるのだろう。

私自身は、あの震災に何の思い入れもなかった。東京も揺れはしたが、その後何事もなかったかのように戻るまでに1月もかからなかった。ただ、地下鉄の駅の電気がちょっとだけ暗くなったというだけだった。暗くなったと言われても、元からあの明るさでも誰も文句は言わないであろう明るさだった。それで、勤めていた会社も、地震の1週間後ぐらいからは何事もなかったのように普段の仕事に戻った。

地震のあった当日は、新宿でで人に会う約束をしていた。会社は日本橋にあったのだが、5時を過ぎた頃、会社の同僚に「俺、ちょっと新宿で待ち合わせしてるもんで、今日は早くあがります」というと、「きっと今日は会えないと思うよ、この状態じゃ」と言われた。

会社を出ると確かに、新宿に行くのは無理そうだった。地下鉄は止まっているし、何より歩道が人波で満員電車のようにぎゅうぎゅう詰めになっている。100メートル歩くのに10分はかかりそうな程だった。

2時間強で自宅にたどり着いた。

それが私の震災の記憶だ。それ以降はほぼ通常の日常に戻った。2週間ぐらい停電の可能性をほのめかされたり、スーパーの棚が空っぽだったりしたが、食べるものに困ったり、飲み水に困ったりすることはなかったし、ほぼ不自由も感じなかった。

それよりも、その頃、せっせとギターアンプを直していた。真空管アンプが発振するようになっていたのだ。震災を挟んで、そのアンプの修繕をしていたのだが、程なくして修理が完了したのを覚えている。本当に良かった。

東京はそんなもんだったから、被災したという実感はなかった。東京近郊でも地面の液状化で大変だったところもあるようだったが。

そういう震災があった最中、ワイワイやっていたら不謹慎だというようなことをいう方々がいたが、そういう人たちの気持ちがわからなかった。そんなことを言っていたら、毎日のように戦争や、自然災害、凶悪犯罪は起こっているのだから、年がら年中喪に服してなきゃいけない。そんなことをやるよりも、ワイワイやったり、エネルギーを消費して景気をよくしてやった方がどれだけ世のため人のためになるか。

原発だって、震災の後ずいぶん騒いでいた人がいたけれど、どうもピンとこなくて一部のアーティストやジャーナリスト、文化人の話題のネタの為だけに存在しているもんだと思っていた。まあ、ありがたく電気を使わせてもらっているという事実は厳然とあるわけだが、それ以上の感慨はなかった。原発で騒ぐ気持ちはわかるけれど、それよりも私は通りを埋め尽くしている凶器である自動車について、どうにかした方がいいと思う。私の自宅のすぐ横を幹線道路が走っているので、私にとっては交通事故の脅威の方が原発の脅威よりも切実だ。

あと、地下鉄も満員のホーム危ないし、ホームに傾斜ついてたりしていて車椅子の人ホームから落っこちる危険性高いから、ホームドアつけたほうがいいと思う。私には結構切実な問題だ。

しかし今日、銀座に行ってみて、黙祷を捧げる人たち(被災者と呼んだ方がいいのか)を見て、ああ、東京にも被災した実感を持っている人たちがこんなにいるんだなあと、その「量」を目にすることができた。

きっとあの中には、福島や東北地方から避難してきた人たちもいたんだろう。そういう意味では、東京も被災したのかもしれない。私がそれを見えていなかっただけで。

街には、普段見えない貌が潜んでいて、こういう時に垣間見えるんだな。