頼むから良くなってくれよKramer 250G, Aluminum Head

私は1990年代に青春時代を過ごした。ギターが大好きだったので、「ヤングギター」やら「ギターマガジン」やらを毎月心待ちにして読んでいた。あの頃はヘミメタマンセーの時代だったので、ギター雑誌の表紙は必ずと言って良いほど早弾き系のヘビメタギタリストが飾っていた。

当時は、そういうヘビメタギタリストにはほとんど興味がなかった。ヴァンヘイレンさえもあまり興味がなかった。当時は、流行っているというだけでその音楽を聞かなかったような気がする。そういう天の邪鬼な少年だった。ヘビメタを聴かずにカントリーブルースやらアーバンブルースばかりを聴いていた。当時流行っていたロックを聴くにしても、レニークラビッツやらのオールドスクールなロックを聴いていた。おかげで友達は少なかった。

なぜ、あの頃もっとヘビメタを聴かなかったのだろう。ヘビメタもなかなか奥が深いのに。あの頃聴かなかったこともあって、私は今になってもヘビメタはあまり好きになれない。耳がああいう音楽に慣れていないのだ。

20代の後半にギターショップで勤めていた。そこは、ヘビメタもののギターばかり扱うギター屋だったので、日夜ヘビメタギタリストのシグネチャーモデルやら、Jackson、 Charvel、Kramer、Hamerなどのギターを買い付けたり売ったりしていた。その店に入った頃は、ヘビメタについては何も知らなかったけれど、ひと月もすればヘビメタギタリストについて詳しくなっていた。それでも、店にあるギターを欲しいとは思わなかった。ヘビメタのギターはネックが薄くてフロイドローズのトレモロユニットが付いているので、それだけで弾き辛そうで食指が伸びなかった。

あれから、10年ほど経ち、ここにきてあの頃売っていたようなヘビメタもののギターになんとなく惹かれている自分に気づく。それも、あの店にあったような王道のものではなくて、ヘビメタ時代のギターメーカーの黎明期の作品たちだ。

とは言っても、Jackson、Charvelはどちらも初めからかなりヘビメタよりのギターを作っていて、なかなかハードルが高い。HamerとKramerはあの時代を代表するギターだけれど、ギターそのものの作りが凝っていて面白い。Hamerはビンテージのギブソンのようなサウンドが出る上に、ギブソンよりも弾きやすい気がするし、Kramerはアルミネックという独特のスペックだ。

先日、お世話になっているギター屋に行くと、Kramerのアルミネックギターが入荷していた。壊れていて、ひどい改造が施されているということで、ギター屋もさじを投げているようだった。ペグはボロボロに壊れているし、アルミネックのためネジ穴が合わないペグは使えない。ピックガードがひどく改造されており、オリジナルのピックアップは外されている。ジャンクとして、そのギターを引き取ってきた。

Kramerのアルミネックにはもちろんトラスロッドは仕込まれていないのだが、ネックがひどく反っている。そのまま弦を張ると原稿が5ミリでも音がビビってしまう。トラスロッドが入っていれば、ロッドを回していくらでも調整ができるのだが、そういったものは入っていないので、仕方がないので、時間をかけて万力で修正している。かれこれひと月ほど万力をかけているが、なかなか矯正されない。誰か、このネックの修正の方法で良いやり方をご存知の方がいたら教えて欲しい。

ヘッドは、トラビスビーン時代のヘッドの流れをくむバルタンヘッド。

これが、また、なかなか凶暴で良い。

このギターをなおすには半年以上かかりそうなきがする。治ったところで、どこで使うんだ?という疑問もあるけれど、歴史の片隅で忘れ去られている名作ギターであることは確かだ。私は、どうもこのような不当に低い評価を受けているギターに弱い。

ヘビメタ専門のギターを作る前の独自路線だった頃のKramer。まったく、美しいギターだ。このギターを振り回して世界を変えてやろうとか、そういう気分にならないのもこのギターの損なところだ。ギターというのは多かれ少なかれそういう側面がないとむかし少年だったおじさんの心を熱くさせない。もしKramerのネックがうまいこと治ったらこいつの悪どい改造を活かして、悪どいギターに仕上げてやろうと思っている。

 

少年の頃の夢を叶えるために今も生きている。Stevie Ray Vaughan and Double Trouble. Stevie Ray Vaughan!

少年の頃の夢はStevie Ray Vaughanになることだった。そのために、ダボダボのシャツやらブルーのスーツ、ウエスタンブーツ、テンガロンハットが必要だった。それより何より、サンバーストのボロボロの60年代のストラトが必要だった。

当時中学生の自分には、どれも手に入らないものだった。ただ一つ、ソンブレロみたいな帽子は、札幌の島村楽器に5,000円ぐらいで売っていたので、買おうと思えば半年分のお小遣いを貯めたら買えなくもなかったが、やっぱり買わなかった。それでも、スティーヴィーレイヴォーンに憧れていたので、とりあえずタワーレコードに行った。札幌のタワーレコードのラックには、Stevie Ray Vaughanのコーナーがあった。あるにはあったのだが、そこにはCDが一枚しか入っていなかった。それは「Live Alive」というタイトルのライブ盤だった。

Stevie Ray Vaughan and Double Trouble. Stevie Ray Vaughan!

というアナウンスと同時に爆音でワウのかかったギターが鳴り響くライブ盤だった。私は、飽きもせず、そのCDを何度も聴いた。その頃は、彼がやっている音楽がちっともわからなかった。特に、ブルースという音楽がわからなかった。どこが良いのかちっともわからなかった。それでも、ジャケ写がカッコ良かったので、何度も何度も聴いた。

あの、ワウがかかったギターのインストも、よくわからなかった。それでも、彼のギターがどうしてあのように力強くなるのかは不思議だったし。あのようなストラトの音も憧れだった。ジミヘンも同時期に聴いていたけれど、ジミヘンはまあ、想定内の音楽だったので、がっかりした。スティーヴィーレイヴォーンはもう、何が何だかわからない大きな波のようなものがあった。その波の中でギターが鳴りまくる。それだけで私には十分かっこよかった。だから、その当時から彼のギターをコピーしようとは思わなかった。コピーできるわけがなかった。あれは、ギターとは別の楽器だった。

35歳を過ぎて、30代もかなり後半になって、私はフェンダーの彼のシグネチャーモデルを手に入れた。中古で、ケースなし、傷だらけの不恰好なギターだった。トラスロッドをいっぱいに回しても、若干順反りという、いかにもスティーヴィーレイヴォーンという一台だった。さすがフェンダー、トラスロッドいっぱい回して順反りというところまで再現しているのか!となんとなく興奮した。やっぱり本物のフェンダーは違う。再現しようという心意気が違う。

その頃メインで使っていた64年製のフェンダートレモラックスにぶち込んで鳴らしてみた。なんと、いとも簡単にあのスティーヴィーのような音が出るではないか。フロントとセンターのハーフポジションにセレクターを固定して、ボリュームとトーンをいっぱいにあげて、0.11のゲージの弦を張って、思いっきりピッキングしたら、あの頃「Live Alive」から聞こえてきていたあのストラトの音がする。私はチューブスクリーマーを使わないのでわからないけれど、アンプのボリュームを上げれば上げるほど、あの音に近づく。

そのギターを手に入れてから数年経つが、いつも私はそのギターを部屋の片隅に立てかけている。チューニングは半音下げにして、いつでも彼のフレーズを弾けるように。

そして、今日、古本屋に行くと、一冊の楽譜 ギタースコアが売っていたので手に取ってみた。「Super Guitarist スティーヴィーレイヴォーン」この本こそ、私が初めてStevie Ray Vaughanというギタリストを知った本だった。2,200円と、すこし高いので、迷ったが、結局買ってきた。このスコアを見て、またスティーヴィーレイヴォーンのギターフレーズのコピーをしようと思う。また、挫折するだろうが、なんて言ったって私のギター小僧人生はこの一冊の本から始まっている。

Mosriteの中でもなかなか人気の出ないMark V

今回もギターの話になってしまい恐縮だが、Mosriteの Mark Vについて少々。

モズライト マークVと聞いて、「ああ、あれね」とすぐにピンとこられる方はかなりのギター通、もしくはモズライト通だと思います。そこまで言わなくても、モズライト マークVなんていうギターは、有名人が使っているわけでもなく、みんなが知っているべきようなモデルではないですから、わざわざ調べないと知らないモデルと言えるでしょう。

モズライトといえば、オフセットボディー、ジャーマンカーブのVenturesモデルが有名ですが、あのモデルの派生モデルも色々と作っているのです。ホローボディーのコンボなんていうモデルもありますが、ソリッドボディーのモデルもMark IIとかMark Vとかを作っています。

私はどうも、あまり日の目を浴びることのなさそうなギターというのが好きな性分らしく、どうもそういうギターばかり欲しくなってしまいます。そういう、不人気ギターは人気モデルよりも少しだけ割安というのもありますが、実際買うとなると、やはりそれなりの値段はしますから、かなりの覚悟がいります。しかし、不人気モデルは市場流通量が少ない。少ないから、見つけたら、もう2度と再会することができないかもしれないと思ってしまいます。まあ、大抵の場合、中古ギター屋に長年ぶら下がっているようなものが多いので、べつに急いで買わなくてもいいのでしょうが、なぜか「欲しい」と思ってしまいます。

「不当」に低い評価を受けているモデルが好き、と言うか、そういうモデルをなんとか悪の手から救ってあげたいと思いギターを買ってしまうことがしばしばあります。

このMosrite Mark Vも言ってしまえばそういう一台と言えるのかもしれません。モズライトが欲しいとおっしゃっている方に何度かお会いしたことはありますが、そういう人たちは普通のベンチャーズモデルが欲しいと言っているわけで、決してMark IIやらMark Vをほしいと言っているわけではない(いや、そうとも言い切れないか)。普通のベンチャーズモデルは、見た目もかっこいいし、何よりあのベンチャーズが使っているあのモデルだ。そこにきて、Mark II、Mark Vに関して言えば、ベンチャーズが持っているところはほとんど見たことがない(いや、アルバムの裏ジャケとかで持っているんだけれど)。だから、みんなあんまり欲しがらない。

しかしですね、 Mark V、これが実物を見てみると、なかなかいいギターなんです。まず、作りがチープ。これは、エレキのロールスロイスと呼ばれているモズライトですが、Mark Vやら Mark IIに関して言えば、これはエレキのトラバントか、というほどチープ。ネックバインディングもなければ、ネック材の取り方も、木材を最小限使って作ってます、と言う感じで好感が持てる。そして、モズライトの看板とも言えるヘッドが妙に小さい。

この、チープさが良い。エレキのロールスロイスは恐れ多くてなかなかライブなんかに持ち出すのに気が引けますが(じっさい練習にも持って行ったことはないな)、このMark Vであれば、もう、キャンプにでも持っていけそう。

チープな作りなのですが、プレイアビリティーはまさにモズライトそのもの。ネックグリップの細さ、フレットの低さなんかは、モズライトの上級機種と同じです。この辺はさすが、量産モデルのくせに丁寧に作っております。ペグもクルーソンを使っているし、ブリッジも、ローラーブリッジでこそないけれど、モズレーユニットが付いている。えらい、手抜きをしながらも、ちゃんとしたものを作っている。

それじゃあ、このギターに不満な点はないか、と聞かれると、それはないわけではないわけで。色々あります。

まず、ネックジョイント、17フレットジョイントなのは良いけれど、ボディーのデザイン上、17フレット以上はもう、「弾くな」と言われているのかと思うほど弾きづらい。クラシックギターでももっとハイポジションは弾きやすいだろうかと思われる。まあ、このギターでバリバリソロをとってやろうとか考えていないから、それは別に良いんだけれど、17フレット以上が弾きづらかったら、

ベンチャーズが弾けないだろ!!

仕方がないので、コードカッティング専門に使っています。

それと、このピックアップ。ハムバッカーなのかなんなのか分解したことないのでわからないんだけれど、音には不満ありませんが、ハムにしてはどうもノイズが大きい気がします。モズライトのピックアップってそもそもノイズは大きめなのでけれど、それを解決しようとしてわざわざハムバッカーにしたのだったら、もう少しノイズが小さくなってくれても良かったのではないか。

まあ、私はプロのミュージシャンじゃないから多少のノイズはどうでも良いのだけれど、今日のノイズが少ないピックアップに比べたら、なかなかのものです。

そういうわけで、全く不満がないかといえば、なくはないのだけれど、1965年という時代を考えれば、世の中のギターがロクでもない方向に傾きつつあった時代に(これは、私の個人的な見解ですが)モズライトはよく頑張っていたな。

何よりも、このギター見た目が良い!と、いつも結局見た目が良いで落ち着いてしまうのだけれど、ギターなんてある程度のクオリティーを保っていたら、あとは見た目が重要です。この、控えめなジャーマンカーブが美しい。高級感が出ない範囲ギリギリのラインのジャーマンカーブ。不恰好とも言えるデザインも良い。こういう不恰好なデザイン、現代人はなかなか作れません。セミーモズレー、よくこれでOKしたなというぐらい洗練されていないデザイン。これが、良い。

モズライトといえば、とりあえず、ベンチャーズなんだろうけれど、モズライトギターの元祖Joe Maphisがこれを弾きまくっていたらさぞかっこいいだろうな。いっちょ、このギターでカントリー旋風を吹かせてやりたいと思わせられる一台です。

Nationalって言ったって、電気屋じゃないよ。ギターだよ。バタヤンのギターだよ。

このところ楽器の、とくにギターの話ばかりで恐縮だが、今日もギターについての話。

Nationalというギターブランドをご存知でしょうか。ギターメーカーとしてのNationalはかなりの老舗で、1920年代からあるようです。ドブロ社の創業者として有名なジョン・ドピエラという方が創業したナショナル社はリゾネーターギターをジョージ・ビーチャムと開発し、一躍有名になったようです。

なので、Nationalのギターといえば、ご存知の方はまずリゾネーターギターを思い浮かべるかと思いますが、私の手元にあるナショナルのギターはリゾネーターではなくて、エレキギターです。ナショナルブランドののエレキギターとして有名なのは、ファイバーグラス製のニューポートという60年代に発売されたギターが有名で、ビザールなギターの代名詞とも言える品物です。このニューポートというエレキは、デザイン以外特に特筆すべきこともないギターなのですが、ホワイトストライプスのギタリスト、ジャックホワイトが弾いていたことで一躍知られるようになりました。

ニューポートは、当時は安物のギターだったのでしょうが、今となってはヴィンテージ市場でかなりの価格になっているかと思います。そういった、高価なギターはなかなか手が出せないので、私は所有しておりませんが、なかなか気になるギターではあります。

私の持っているナショナル製のエレキは、Val Trolという名前で、おそらく1958年製のものです。バタヤン(田端義夫)が同じく1950年代のナショナルのギターを愛用しておりましたが、ネックジョイントの仕様などにているところがあります。

なんと、ネックジョイントがネジ一本でついている。よくもまあこれで強度が出せているなと感心するもんです。フェンダーなんかの4点止めのボルトオンネックに慣れている私たちには、このボルト一本止めというのは、なんとも不安なものですが、バラしてみると納得します。

このギター、ネックにトラスロッドは入っておらず、その代わり、ちょうどのこヤスリのような、かなりごっつい金属の補強構造がネックに仕込まれています。この補強構造がそのままネックジョイントまで伸びていて、ボディーにがっちりはまるようになっています。そのがっちりはまった金属板をボルト一本で締め上げてネックを固定しているのです。そのため、糊を使わずに、ボルトオンでネックが固定されています。

とは言っても、やはり、ネジ一本で止まっているだけあって、ネックのジョイント角なんかは、なかなか不安定なところがあります。一度、ヘッドのところにストラップを通して使っておりましたが、なんともチューニングが安定しないと思っていたら、ストラップがネックを引っ張ることで、ジョイント角がずれていました。

そういうこともあって、弦のテンションはかなり緩めにセッティングされております。スケールが56センチの超ショートスケールということもあり、かなり太いゲージを張っていても弦のテンションは緩めです。

肝心の音の方はどうかと申しますと、これがまた曲者。

まず、このギター ピックアップはネック側についたハム一発のように見えますが、実のところ、ネック側のピックアップはシングルピックアップで、ブリッジ下にピエゾピックアップが仕込まれております。これが、オリジナルの仕様です。

ネック側のピックアップは、そのまま単品じゃ使えないほど、モコモコ。ブリッジのピエゾピックアップは、ピエゾというせいもあって、出力が極端に小さく、サウンドは驚くほどジャリジャリ。こちらもそのままでは使えません。

仕方なく、セレクターをセンターの位置に合わせ、ネックピックアップ、ピエゾピックアップをミックスで使います。そうすると、なんとなく使えるような、使えないようなサウンドになります。一体、このギターの発売当初はどういうシュチュエーションでこいつを使っていたのでしょう。

そういう、結構な問題児ですが、なんともデザインがいい。木製ボディーにはジャーマンカーブが入っており、なんとも美しい。ショートスケールのネックに、馬鹿でかいヘッドがなんともお洒落。

ヘッドのナショナルのロゴがまた、目立って素敵です。

ペグは、おそらくこのギターのために特注で作られたであろう、クルーソン製。結構良く出来ています。

ものすごい、B級ギターで、外で使う機会はまずなかろうかと思いますが、寝る前に寝室で爪弾いていると、なんとも侘しい気分に浸れます。この儚い生音が、私をセンチメンタルな気分にさせます。何度も手放そうかと思いましたが、どうしても惜しくて手放せなかったギター。National Val Trol。

また、寝床で、じっくり爪弾いてやろうかと思って、部屋の隅のギタースタンドにいつも立ててあります。

落ち着いて、安心して聴けるJames Taylor

James Taylorこそ、いつ聴いても疲れない音楽を提供し続けているソングライターの一人だと思う。疲れないというだけでなく、癒しのようなものを提供してくれる。

作品が多いので、全てを聴いたわけではないけれど、私のレコードラックには入っている彼の作品は、どんな時でも安心して聴ける。時として、すこし刺激が少ない気がするから物足りなくも思うのだけれど、疲れている時や疲れが取れない日々に聴くのにはちょうど良い。

音楽はある程度の刺激があったほうが面白い。モダンジャズはスリリングなアドリブによる対話がなければ面白くないし、クラシックだって緊張と緩和のバランスの中でドラマチックに変わりゆく音楽の世界を楽しめたほうが面白いと思う。ロックなんかは、これは刺激を求めて聴いているようなもんだし、私の好きなカントリーミュージックなんかは比較的刺激が少ない音楽だとは思うけれど、ロック同様の刺激的な側面がある。

ジェームステイラーの音楽は、そういう側面から聴くと、ちょっと物足りないと感じる。彼はギター弾き語りで淡々と歌う。バックを固めるミュージシャンもそれを意識して比較的おとなしいアレンジの中、危なげなく曲を盛り上げる。彼の作品はセルフプロデュースが多かったかどうだったかは忘れたけれど、どの作品もそういった落ち着いてまとまっている。我々リスナーもそれを期待して聴いているわけだし、レコードもそれを裏切らない。そのバランス感覚の上に、ジェームステイラーの音楽は常にあると言って良い。

だから、どの一枚でも良い。疲れた時にレコードショップで彼のアルバムを手にしたらまず問題なく、そういう、落ち着いてまとまった作品を聴くことができる。

思えば、私が初めてジェームステイラーの音楽に出会ったのは、中学1年の時だった。担任の先生が朝のホームルームの際に、彼の学生時代のお気に入りの曲として「You’ve got a friend」をかけてくれた。私は、一度聴いた時からそのサウンドが好きになった。その頃から、私は疲れていたのだろうか。

そして、それから25年以上が経った今でも、彼のCDをかけたりレコードに針を落とすとあの時と同じサウンドを聴くことができる。彼の音楽は、私が歳をとっても、印象が変わらない。それだけ、どこか強く芯が通った音楽なんだろう。