The Poll Winnersの”Straight Ahead”

ギター、ベース、ドラムスのギタートリオといえば、The Poll Winnersがその基本形であり完成形を作ったと言っても過言ではないのだけれど、どうも、ギタートリオについて語るとき、ポールウィナーズを持ち出すのはなんとなく気恥ずかしい。どうもポールウィナーズはど真ん中すぎて、ひねりがない。

しかし、やはりポールウィナーズは良いのだ。間違えなく良い。

なんと言っても、メンバーがすごい。ギターのバーニーケッセル。この人は、ジャズギターの生き字引。ギターでできるジャズの全てをやり尽くしたんじゃないかというほど、なんでもできてしまう。早いフレーズも、ダブルストップも、コードソロもなんだって完璧にこなしてしまう。それでいて、アドリブがとても歌心があり、何度も聴いているうちにくちずさめてしまうくらい心に残る。私は、器用なミュージシャンはあんまり好きじゃない方なのだが、バーニーケッセルは別格。大好きである。バーニーケッセルが嫌いだというギタリストがいたら会ってみたい。いったいそいつは、どんなギタリストが好きなのか。ジャズギターといえば、一も二もなくバーニーケッセルである。

ベースのレイブラウン、ドラムスのシェリーマンはなにもあらためて語るまでもない。常に、ジャズシーンのトップを走り続けていた名手である。それぞれがリーダーとして数々の傑作を出している巨匠である。もう、私が何か語れるような方々ではない。

近頃、暑い毎日が続き、夏バテになってしまい、自宅にいる時間の大半を寝て過ごしている。つねに、だるくて眠たいのだ。そのためかなんなのか、自宅でほとんど音楽を聴かない日々が続いた。音楽を聴く時間があったら、寝て過ごしていたいのである。そのぐらい眠たい。

しかし、昨日、すこし体力が出てきて、ジャズギターの雑誌をみたりしていたら、急にギタートリオを聴きたくなったのだ。それで、急いで御茶ノ水に行って、ハーブエリスのトリオ作を買って聴いてみたのだが、どうも、しっくりこない。ハーブエリスも好きなのだが(彼のシグネチャーモデルすら持っている)、どうも、こう音符が整然としていて、危なげないギタートリオでスリルがない。スリルがないのは、いまの私にはとても喜ばしいことなのだけれど、スリルがないだけでなく、ハーブエリスはちょっと小綺麗なところがある。それが、今の私にはちょっと物足りなかった。

仕方ないので、前から持っているThe Poll Winnersの”Straight Ahead”のCDを引っ張り出してきて聴いてみた。

これが、やっぱり、すごく良いのである。

何が良いかって、まず、トリオとしての安定感。この安定感は、各々が安定しているというのとも違って、各々は比較的自由にやっているのだけれど、トリオとしての全体の安定感がすごいのである。バーニーケッセルが前に出てきたら、あとの二人はそのバックをガッチリ固める。ケッセルがブルージーなフレーズを弾き始めると、あとの二人もピッタリそれに合わせる。ダイナミクスのつけ方も心得ていて、ギターが単音で弾いている横で、レイブラウンが前に出てきて、ビートをリードする。シェリーマンはいつも細かいフィルインをうまいこと混ぜながら、ギターとベースと対等に音楽を作り上げていく。ピアノトリオだと、ピアノの権力がもっと強くなってくるから、なかなかこういう風なバランスにはならない。どうしても、ベースやドラムスがもっとバリバリ頑張ってしまう。頑張って自己主張をしてこないと、ピアノと対等にはいかない。そのおかげで、ピアノトリオの方が音楽のメリハリは出てくるのだけれど、このリラックスした中でのスリリングなインタープレイという図式は出来上がらない。まあ、ギタートリオだって、こういうアンサンブルを実現できるのはポールウィナーズぐらいなんだけれど。

私は、ポールウィナーズのCDを全部で5作持っているのだけれど、この人たち、他にも出しているのかな。とにかく、その5枚とも全てパーフェクトで(曲選とかは、けっこう変なのもあるんだけれど)、ギタートリオって世の中もうThe Poll Winnersだけで十分なんではないかと思ってしまうぐらいだ。

夏バテしている中でも、十分に聴いて楽しめるアルバム。The Poll Winnersの”Straight Ahead”

 

ピアノレスのワンホーンカルテット Art Farmer Quartet “Interaction”

ピアノレスのワンホーンカルテットというのもたまには悪くない。

私はもともとジャズのピアノというものをあまり一生懸命聴いてこなかった。ジャズの世界には凄腕のピアニストはたくさんいるのだけど、じゃあ凄腕だったらかっこいいかと言うと、必ずしもそうではない。ジャズのピアニストには、上手いのだがグッとこないという人が多い気がする。それは、ピアニストが悪いわけではなく、ピアノという楽器のせいであるような気もする。

ピアノという楽器は、両手の10本の指をフルに使って演奏できるもんだから、一気に弾ける音符の数も多い。そのせいもあってか、バンドはピアニストに多くのものを求めがちになる。和音やら、メロディーにとどまらず、メロディーラインに呼応するハーモニー、ベースライン、リズム(ノリ)、バンド全体のダイナミクス、その他多くのものをピアノという楽器に頼ってしまう。そのためもあってか、ピアノがしっかりしていると、他のメンバーがテキトーでも音楽は成り立ってしまったりする。それに乗じて、ピアニストはピアノ一台でいろいろなことをしようとしてしまいがちである。ピアノ一台で、ビッグバンドのようなサウンドを出したり、複雑なリズムを組み合わせて弾いたり、とにかく大忙しである。

私は、きっとそういう大忙しの音楽が好きではないのだろう。大忙しでも、良いものは良いのだけれど、そういう良いのは少ない。どうもテクニックや、実験的な野望のようなところばかりが目立ってしまい、肝心の音楽の面白さが伝わってこない。

そういう事情もあって、ピアノもののジャズはあまり積極的に聴いてこなかった。

今夜も、ピアノレスのワンホーンカルテットを聴いている。アート・ファーマー(フリューゲルホルン)カルテットの”Interaction”というアルバムだ。このころのArt farmer Quartetはジム・ホールがギターを担当していて、ピアノレス編成でやっていたようだ。ピアノが入っていない編成だと、やっぱりちょっとおとなしい音楽になってしまうのだけれど、その分アート・ファーマーの渋い(燻し銀の?)フリューゲルホルンが引き立つ。

ラッパ、ギター、ベース、ドラムスといった編成で録音されたアルバムはあんまり他に持っていないけれど、晩年のチェット・ベーカーも同じような編成で何枚かライブ盤を吹き込んでいる。あれはあれで暗くて好きなんだけれど、アート・ファーマーはもうすこしどっしりと構えていて、音楽が危なげない。音符の数は最小限に抑えられているんだけれど、そこでできることをとことん追求している。それでいて、音楽に無理がなく、面白い。小難しくなく、技巧的でもない。アート・ファーマーもうまいこと考えたもんだ。なかなか、こういう次元で音楽を作りこめる人は少ない。

カルテットのメンバーそれぞれが、「出過ぎない」ように気を使っている様がみてとれる。リーダーのアート・ファーマーに気を使っているのか。それにしては、アート・ファーマー本人も地味である。

決して派手な音楽ではないのだけれど、そこに、一応盛り上がりのようなものもないわけではなく、良いバランスを保っている。アルバム一枚を通してじっくり聴くのはちょっと辛いかもしれないけれど(時々、間延びしたような雰囲気にもなる)、何かやりながら聴くには悪くない。

アート・ファーマー、自分のリーダーアルバムはこういう地味なラッパ吹いているのが多いんだけど、サイドマンとなると、結構吹きまくっていることもあるんだよな。結構気苦労も多かっただろうな。

2000年代に生き残ったYamaha CP-70

Yamaha CP-70という楽器をご存知でしょうか。70年代の終わり頃に発売された鍵盤楽器です。いわゆるエレクトリックピアノ(エレピ)です。RhodesピアノやWurlitzerピアノと違い、このエレピは本当にピアノと同じく、弦をハンマーで叩いて音が出ます。Rhodesはタイン(トーンジェネレーター)という棒を叩いて、それをピックアップで拾い音を出すのに対して、このYamaha CP-70はグランドピアノの小さいの見たいな構造になっていて、そのピアノの弦のブリッジ部分にピエゾピックアップが付いていて、そのピックアップから拾った音をプリアンプで増幅して音が出ます。

今は、ステージや練習スタジオで使う鍵盤楽器と言えば、本物のアコースティックピアノを使える現場をのぞいては、デジタルピアノやらデジタルシンセサイザーでいくらでも事足りますが、70年代後期にはそういった便利なものはほぼ皆無で(無くはなかったですが大変高価で)エレクトリックピアノを用いておりました。

エレクトリックピアノの歴史は結構古く、ベヒシュタイン社が1920年代の終わりにネオ・ベヒシュタインというエレクトリックピアノを作っておりますが、この楽器は、大きさがグランドピアノと同じぐらいで、到底持ち歩きのできるような代物ではありませんでした。そのあと、50年代になって、Wurlitzerがエレクトリックピアノ110型を出し、エレクトリックピアノははじめて持ち運びが可能なサイズになります。60年代にハロルド・ローズがフェンダー社と共同開発したFender Rhodesピアノを出します。このローズピアノが先に挙げたウーリツァーと並びエレクトリックピアノの定番となりますが、ウーリツァーもローズもアコースティックピアノの音とはかけ離れた音色です。まあ、その音色はその音色で私は好きなのですが。

そんな中、アコースティックピアノの音に限りなく近い(とは言っても別物なんですが)音色が出せるエレクトリックピアノとして、ヤマハは70年代の中盤にCP-70を発売します。これが、結構良く出来ていて、鍵盤部分のアクションはグランドピアノと同じもの(ダブルエスケープメントアクション)が使われております。実際に弦が張られてますから、場所もとるのですが(小型のグランドピアノの2/3ぐらい)まあ、アコースティックピアノに比べると小型と言えます。

70年代から80年代にかけてはステージ上のピアノと言えば、このCP−70が定番で、ジャズのピアノトリオでさえCPシリーズ(73鍵のCP−70もしくは88鍵のCP−80)を使ったりしていました。コンサート調律師さんたちも、このころはステージの調律と言えばCPばかりだったという話も聞きました。まあ、本物のグランドピアノをステージに上げるのは大事ですが、このCPは本体が鍵盤部分と弦が張られている部分の2つに分かれて、持ち運びが楽です。とは言っても、各部60キロぐらいありますが。

最近は、デジタルピアノが安くなったので、このCPは全然ニーズがなくなってしまい、新品はもちろんとっくに廃番になりましたが、CP−70の中古に至ってはネットオークションで5万円ぐらいで手に入ります。もはや楽器と言うよりも、粗大ごみぐらいの扱いです。

それで、このCP−70を一台購入してみました。

グランドピアノと同じアクションを使っているだけあって、鍵盤を押さえた感触はピアノそのものです。ハンマーがゴムでできているので、アタック感はアコースティックピアノとは違いますが、それでも、まるでグランドピアノを弾いているかのような感覚で弾けます(73鍵ですが)。

この、CP−70を今でも演奏しているミュージシャンは少ないのですが、イギリスのKeaneというバンドのピアニスト、ティム・ライス・オクスリーは今でも頑固にCP−70を弾いております。Keaneというバンドは、ボーカル、ピアノ、ベース、ドラムの編成で、ロックバンドとしては、ギタリストが入っていない珍しいバンドなのですが、サウンドはいかにも2000年代のUKロックというサウンドです。私は、あまりこういうサウンドは好みではないのですが、現存するCP-70(CP−80か?)を使っている貴重なピアニストなので、聴いております。アコースティックピアノと似ているけれど、微妙に異なるCPのサウンドが聴けてそこそこ満足です。

Keaneのデビューアルバムとセカンドアルバムを持っておりますが、同じようなサウンドで落ち着いていて、なかなか聴いていて悪い気はしません。時々、こういう音楽も悪くないな、と思って聴いております。いわゆるアメリカンロックとも違った、ちょっとスタイリッシュなサウンドで、2000年代に青春時代を送った方々には、こういうサウンドが懐かしいのではないでしょうか。私もその世代に近いのですが、こういうサウンドは、あの時代良く聴きました。懐かしいです。

エレピサウンドの、一つの定番として、聴いてみることをお勧めします。