懐かしのあの店から Barney Kessel “Live at Sometime”

学生の頃は時々ジャズのライブを聴きに行った。

今はビルボード東京だとかCotton Clubとか、いろいろと大物が出るジャズクラブがあるけれど、私が学生の頃はまだそういう店はなかったんじゃないか。いや、あったかもしれないけれど、行ったことがなかった。ブルーノート東京に何度か行ったことがあるくらい。それも、高いから、学生券で聴いたような気がする。

そもそも、学生時代を国立で過ごした私は、東京の西側(多摩地区)からほとんど出ることがなかった。いつも、国分寺のT’sという友人がマスターをやっていた店に行ったりしていた。新宿まで出て行くのも2月に一度くらい。普段なら足を伸ばしても吉祥寺ぐらいが関の山だった。

吉祥寺にサムタイムというジャズバーがあって、今もあるんだろうけれど、そこにはよく行った。月に一度ぐらいは行っていた。サムタイムで五十嵐一生のカルテットやらを聴きに行っていた。当時はジャズ研でトランペットを吹こうと思っていたので、ジャズのライブもトランペットものばかりを聴きに行っていた。五十嵐一生、日野皓正、高瀬龍一、松島啓二を何度か聴きに行った。トランペット以外のライブはあまり聴きに行かなかった。川嶋哲郎をなんどか聴いたけれど、それぐらいか。

サムタイムはいつもスケジュールをろくすっぽ確認しないでふらりと行った。チャージが1,500円と安かったことと、お酒も安かったことも手伝い、学生でも入りやすい店だった。今はいくらになっているのかわからないけれど、とにかく、安くライブが聴けてふらりと入れる貴重なジャズバーだった。

今日、御茶ノ水のディスクユニオンに行ってバーニーケッセルのCDを見ていたら、Barney Kessel “Live at Sometime”というCDがあった。そういうCDがあるということはジャズ研の後輩に聞いていたのだけれど、現物を見たのはこれが初めてだ。ジャケットを見ると、なんとも懐かしいサムタイムの店の壁の前のテーブルにバーニーケッセルが腰かけている写真で、ついつい買ってしまった。

家に帰ってCDプレーヤーでかけてみると、これが案外録音も悪くない。それに、バーニーケッセルだ。間違いない演奏である。あの、なつかしい吉祥寺の店で、バーニーケッセルがライブをやったと思うと、感慨深いものがある。

バーニーケッセルの演奏は、期待通りでリラックスしていて良い。コード弾きでメロディーラインをなぞっていく感じとか、単音で弾くソロも、なんとも渋くて良い。

バーニーケッセルのギターは、サムタイムぐらいの広さの店で聴くのが一番合っているような気分になる。スタジアムやら、野外会場で聴くよりもすこし小さめのハコで、ゆっくりウィスキーでも傾けながら、真剣にならずに聴いていると、この音楽の良さが体に染み渡ってくると思う。

また近いうちにサムタイムに行ってみようかな。

The Poll Winnersの”Straight Ahead”

ギター、ベース、ドラムスのギタートリオといえば、The Poll Winnersがその基本形であり完成形を作ったと言っても過言ではないのだけれど、どうも、ギタートリオについて語るとき、ポールウィナーズを持ち出すのはなんとなく気恥ずかしい。どうもポールウィナーズはど真ん中すぎて、ひねりがない。

しかし、やはりポールウィナーズは良いのだ。間違えなく良い。

なんと言っても、メンバーがすごい。ギターのバーニーケッセル。この人は、ジャズギターの生き字引。ギターでできるジャズの全てをやり尽くしたんじゃないかというほど、なんでもできてしまう。早いフレーズも、ダブルストップも、コードソロもなんだって完璧にこなしてしまう。それでいて、アドリブがとても歌心があり、何度も聴いているうちにくちずさめてしまうくらい心に残る。私は、器用なミュージシャンはあんまり好きじゃない方なのだが、バーニーケッセルは別格。大好きである。バーニーケッセルが嫌いだというギタリストがいたら会ってみたい。いったいそいつは、どんなギタリストが好きなのか。ジャズギターといえば、一も二もなくバーニーケッセルである。

ベースのレイブラウン、ドラムスのシェリーマンはなにもあらためて語るまでもない。常に、ジャズシーンのトップを走り続けていた名手である。それぞれがリーダーとして数々の傑作を出している巨匠である。もう、私が何か語れるような方々ではない。

近頃、暑い毎日が続き、夏バテになってしまい、自宅にいる時間の大半を寝て過ごしている。つねに、だるくて眠たいのだ。そのためかなんなのか、自宅でほとんど音楽を聴かない日々が続いた。音楽を聴く時間があったら、寝て過ごしていたいのである。そのぐらい眠たい。

しかし、昨日、すこし体力が出てきて、ジャズギターの雑誌をみたりしていたら、急にギタートリオを聴きたくなったのだ。それで、急いで御茶ノ水に行って、ハーブエリスのトリオ作を買って聴いてみたのだが、どうも、しっくりこない。ハーブエリスも好きなのだが(彼のシグネチャーモデルすら持っている)、どうも、こう音符が整然としていて、危なげないギタートリオでスリルがない。スリルがないのは、いまの私にはとても喜ばしいことなのだけれど、スリルがないだけでなく、ハーブエリスはちょっと小綺麗なところがある。それが、今の私にはちょっと物足りなかった。

仕方ないので、前から持っているThe Poll Winnersの”Straight Ahead”のCDを引っ張り出してきて聴いてみた。

これが、やっぱり、すごく良いのである。

何が良いかって、まず、トリオとしての安定感。この安定感は、各々が安定しているというのとも違って、各々は比較的自由にやっているのだけれど、トリオとしての全体の安定感がすごいのである。バーニーケッセルが前に出てきたら、あとの二人はそのバックをガッチリ固める。ケッセルがブルージーなフレーズを弾き始めると、あとの二人もピッタリそれに合わせる。ダイナミクスのつけ方も心得ていて、ギターが単音で弾いている横で、レイブラウンが前に出てきて、ビートをリードする。シェリーマンはいつも細かいフィルインをうまいこと混ぜながら、ギターとベースと対等に音楽を作り上げていく。ピアノトリオだと、ピアノの権力がもっと強くなってくるから、なかなかこういう風なバランスにはならない。どうしても、ベースやドラムスがもっとバリバリ頑張ってしまう。頑張って自己主張をしてこないと、ピアノと対等にはいかない。そのおかげで、ピアノトリオの方が音楽のメリハリは出てくるのだけれど、このリラックスした中でのスリリングなインタープレイという図式は出来上がらない。まあ、ギタートリオだって、こういうアンサンブルを実現できるのはポールウィナーズぐらいなんだけれど。

私は、ポールウィナーズのCDを全部で5作持っているのだけれど、この人たち、他にも出しているのかな。とにかく、その5枚とも全てパーフェクトで(曲選とかは、けっこう変なのもあるんだけれど)、ギタートリオって世の中もうThe Poll Winnersだけで十分なんではないかと思ってしまうぐらいだ。

夏バテしている中でも、十分に聴いて楽しめるアルバム。The Poll Winnersの”Straight Ahead”