新しい職場で、なんとか働くぞ。 図太く働くぞ。

明後日から新しい仕事に就く。

明日もその関係でちょっと会社の人に会うことになる。これが、結構不安である。不安ではあるけれども、不安は具体的な不安ではないから、ちょっと横に置いておいて、そのかわり行動しようと思う。行動していないと、どうしても余計なことを考えてしまい、不安になる。ただ、そんな気持ちになっているだけでは不毛である。だから、とりあえず明日から行動することを目標に一日一日をこなしていくしかない。

あたらしい仕事場というのは6年ぶりである。思えば、6年前初出社した職場は、営業の方々や社長が出張中で誰もいなかった。誰もいなくて、アドミニストレーターだけポツンと座っていた。もう一人、お客さんの窓口役の人がせっせと電話を取っていた。それだけだった。

それから、数ヶ月間、いや、数年間、これといった担当業務もなく毎日が過ぎていった。

この先俺はどうなるんだろう?どんな仕事をすれば良いのだろう、と考えながらも、毎日が過ぎていった。憧れの職場だったから、それで3年ぐらいは持ちこたえた。けれど、3年を過ぎたぐらいから体調を崩してしまった。初めは、月に一度休むぐらい、それからだんだんと朝出社できなくなった。朝、遅刻する毎日が続いた。

もう、次の仕事ではあんなふうにはなりたくない。おもえば、今までの過去8年ぐらいはそんな調子で、ゴロゴロと坂を転がり落ちるような働き方しかできなかった。病気を言い訳にして、甘えていたところも少なからずある。

今度の仕事からは、ダメになる前に、自分で軌道修正しよう。頑張りすぎない。頑張りすぎて、自分が崩れてしまったら、結果として会社に迷惑をかけてしまう。会社でいくら一生懸命働いても、いきなり自分が倒れてしまうと全てが帳消しになってしまう。帳消しどころか、マイナスになってしまう。

それでは、結果としてだれもハッピーにならないではないか。だから、今度からストレスとうまく付き合いながら、随時自分にブレーキをかけながら働いていきたい。

仕事以外のことは、とりあえず仕事が落ち着くまでは我慢しよう。無理はしない。あんまり欲張らない。また体調を崩してしまうと、結局自分の好きなこともできない。やる気が起きなくなってしまう。結局、少しずつでも継続していくのが一番の近道なのだ。

だから、これからの働き方の目標は下記の通りだ。

・不安を感じても、不安に押しつぶされない。不安が何に起因しているか定式化してみる習慣をつける。

・病気を言い訳に仕事の手を抜かない。病気を言い訳に使わない。

・無理はしない。仕事でいっぱいいっぱいの時は、息抜きも頑張りすぎない。

・辛くなった時はマインドフルネスを思い出す。実践する。

・できないことは、都度勉強する。勉強をやめない。勉強も無理しない。

以上、の目標で頑張っていきたい。

読書のウォーミングアップの友 河合隼雄 「大人の友情」

河合隼雄の「大人の友情」を読んだ。

このところ、ずいぶん調子が戻ってきて、やっと本を読めるようになった。療養中ということでいくらでも時間はあるのだけれども、時間があるからといって読書ができるというわけではないらしい。時間がいくらあっても、読書をするためには気力と体力が必要だ。気力と体力がなければいくら活字を追いかけても何も頭に入ってこない。

2ヶ月に渡る入院生活の中で、本は読んでいたけれども、一部の小説を除いてほとんど読書ができなかった。三島由紀夫の「豊饒の海」は全巻読破できたが、読んで心に残ったのはそのぐらいで、あとは途中で投げ出したり、読んでもちっとも頭に入ってこなかった。

退院して、前田専学の「インド思想入門」と、「中村元の仏教入門」を買って読んではみたけれども、どうも最後までは読めなかった。読んでいても何も頭に入ってこないのだ。それでも、まあまあ楽めはしたのだけれど、けれどもやっぱり何も頭に残らなかった。どちらもとても良い本なのだが。

ひと月前ぐらいから徐々に体力が戻ってきて、旅行に行ったり、求職活動を始めたりした。求職活動をするうちに、今までの寡読を反省し、できるだけ本を読むようにした。それも、いままであまり読んでこなかった類の本を。

はじめは、家にあった学生時代の講義の副読本を読んだ。ブランドマーケティングについての本だ。石井淳蔵の「ブランド 価値の創造」を読んだ。面白かったので、つづいて同じく石井淳蔵の「営業が変わる」を読んだ。

内容を咀嚼しきれてはいないけれども、どうやら現代の企業の営業は営業マンの個人の力にたよる営業スタイルではダメで、大きな営業プロセス(潜在顧客の発掘から、クロージング、アフターサービスまで)で営業活動を段階別に図式化し、そのプロセスの中にショールームや技術者を活用しながら営業を行い、営業マンにはその中でサービスとお客様のニーズの関係づくりをする役割を果たすということが求められているというようなことだった。これは、どんなに小さな規模の営業体制でも応用できると思う。うちの会社には管理部門と営業部門しか在りません。技術部門は在りません。と言うことであれば、その会社は技術部門の作り出す商品やサービスとお客さんの「必要なもの」との関係づくりを商品としているので、おのずから、営業部門の役割は定義される。そして、営業活動の何を管理すれば良いかがわかる。

上記の事項は、私が読んでみて感じたことであるので、実際に書かれている内容と相違はあるのだろうけれども、営業マン個人の「売り込むスキル」に頼っている会社をどうにかしたいと思っているマネージャーさん、営業マンの方であれば、読んでみる価値はある本だった。

営業マンをほとんど経験していない私は、営業という業務の基礎を勉強できた。

同時進行的に、守屋洋の「孫子の兵法」を読んでいる。一度読み終わったのだが、この類の本は一度読んだだけでは、読んだつもりになるだけなので、もう一度初めからサラサラと読み直している最中である。すぐに使える知識ではないけれども、役に立つ知識である。

それで、ちょっと疲れてしまい、カンフル剤として河合隼雄の「大人の友情」を読んだ。

大人の友情、それこそ私に欠けていたものなのだ。大人の友情関係が構築できなくて、人間関係でトラブルを起こしてしまう。

河合隼雄は、じゃあ、どうしなさい、とかこうしなさいとは言わない。そうではなくて、「人間関係・友達関係でこういうことあるでしょう?」「それは、こういう心理に起因する感情なんですよ」というアドバイスをくれる。もちろん、紹介されている様々な友人関係での悩みのケーススタディーには、「結局こうなりました」というところも紹介はされている。しかし、それがあなたにとっての正解ですとは言わない。

「そうですか、そうですか。そういう悩みありますよね」「それはとても難しいもんだいですねえ」と読者の話を聞いてくれるのだ。そして、河合隼雄のほうからその問題に結論を出さない。いろいろなケースを紹介し、それぞれのケースの解説はしてくれるのだけれど、それらのケースの解決案は、あなたの問題の解決策ではないかもしれない。それで良いんだ。というのが作者のメッセージなんだと思う。

この本も、一度読んだだけでは頭に入ってこないので、時間をおいて、もう一度読んでみたい。

それぞれの、章も長くなくさらりと読めてしまう。文庫ということもあり、パラグラフが短いので電車で読んだりするのに丁度良い。忙しくて、友達関係の悩みにいちいち向き合っていられない人、忙しくなくても、どのように友人関係との悩みと向き合えば良いのかわからない人(みんなそうか)、ぜひ、この本を読んでほしい。

そして、読んだら感想を聞かせてほしい。

物語のおしまいまででは聴いてはいけない

上海の街で、ほかに遊ぶところもしらず、またJz Clubに行った。

今夜も美味しいマティーニを2杯も飲んでしまった。バーテンダーは一昨日とは違う方だったけれど、2杯目には美味しいマティーニを飲ませてくれた。マティーニは好みが分かれるから、バーテンダーとの探り合いが必要なんだろうけれど、本当は2杯も飲むようなカクテルではないから、一杯目でどうなのかで決まると思う。

ファーストステージは渋いジャズの演奏だった。

渋い、というのも渋すぎるぐらい渋かった。とても純粋なジャズを聞けたようで、嬉しかった。

10時半からのセカンドステージは打って変わってファンクバンドがホーンセクションを加えて演奏した。おそらく、土曜日だからちょっとサービスして、ノリの良い音楽をチョイスしているのだろう。のっけから、Bill wihtersの曲やら、ドゥビービブラザーズのファンクナンバーが飛び出して、お客さんをのせていた。

ここに至ると、私も知らない街の住民ではなくなる。おなじみの曲に誘われつい乗ってしまう。

銀座のケントスで遊んでいた時代のことを思い出し、憂鬱な気分になり店を出た。

クリス・クリストファーソンの歌に、物語の終わりまで聞かせないでくれという曲がある。このまま、上海のJz Clubを思い出の場所にしておきたかった。そして、それは、店を出た時にかなったと思う。

言葉の通じない街の居心地の良さ

言葉の通じない街の方が居心地が良いのではないか。

上海に旅行に来て三日目、街を歩いていても、何を書いてあるのかさっぱりわからず、店に入ってもさっぱりわからず。地下鉄に乗ってもさっぱりわからず。土地勘がなく仕方がないから、タクシーに乗ってもさっぱりわからず。さっぱりわからないまま3日間が過ぎた。

まだ、繁華街しか行っていないけれども、これが住宅街とかになるとさっぱりわからず具合がさらにますのではないだろうか。

店に入って、値段がわからないというのも困ったものだ。こっちの人たちは商品に値札をつける習慣がないのか、それとも、客を見て値段をつけているのか、さっぱりわからないけれども、値札が付いていない店が多い。逆に、値札が付いている店は外国人向きの高い店と、飲食店ぐらいか。タクシーはメーターが付いているから、値段が分かって大変よろしいが、そう贅沢にタクシーばかり乗ってもいられないし、タクシーに乗ったところで、どこに行けば良いのかさっぱりわからない。

この、さっぱりわからなさ加減が海外旅行の良さなのか。

わからんが、確かに周りの人が何を話しているのかわからないのは心地いい。ほとんど買い物もしないので、こっちから何か話しかける機会もないし、会話をしなくても不自由はしない。むしろ、会話をしなくて良いから、独りになれるようでとても助かる。

東京の暮らしに居心地の悪さを感じていた私には良い刺激になっているのではないかと思う。

泊まっている宿が、もうすこしマシなところだったら、もっとゆっくり滞在したいのだが。

写真よりも言葉の方が強いんじゃないか

上海の星光撮影機材城にある写真書籍店で、上海の写真家と思われる路汀の「尋常」という写真集を買った。

名前も、写真集の題名も漢字変換で出てこなかったので、正しい題名はなんという漢字なのかはわからないけれども、店にあった上海の写真集で一番気に入ったので買った。

この、路汀という写真家は、詩人のような人なのかわからないけれども、写真のキャプションとして詩のようなのが書かれている。

こういう時に、中国語を勉強しておけば良かったと後悔するのだ。

良い写真集を見つけても、いったいこの写真家が誰なのか、書かれているキャプションが何を語っているのか、まったくわからない。わかるのは、掲載されている写真が好きかどうかだ。

この写真集に載っている写真はどれも、日常のスナップだ。そのスナップがさりげなくて良い。写真は言語化できないからこそ、中国語を介さずとも見ることができる。これは、とても便利なことなのだが、便利なだけではダメだということがこの写真集を買ってわかった。結局は、言葉が一番大事なんじゃないか。

Jz Club 上海で素晴らしいマティーニを飲んだ

上海のJz Clubに行ってきた。

夜10時からテナーチームのライブがあって、それを聴いてきた。

何よりも、素晴らしかったのは、Jz Clubのマティーニが美味しかったこと。今まで飲んだマティーニのなかで一番素晴らしかった。マティーニ一杯で1600円ぐらいしたけれども、まあ、旅先での出費だから、お財布には痛いけれど、その価値はあった。素晴らしいバーテンダーがいる。黒いシャツに、黒のダブルのベストを着た、素晴らしいバーテンダー。

演奏も良かった。テナーサックス二人がリーダーで、特にピアノが良かった。上海のジャズシーンは六本木のジャズクラブぐらいレベルが高い。聴いているこっちが圧倒されてしまう。こんなに圧倒されたのは、いつか御茶ノ水  Naruで五十嵐一生のライブを聴いた以来か、そのあと、森田珠美のライブを聴いて以来か。

とにかく、Jz Clubは良かった。

明日から、マティーニの上手いバーテンは日本に行くというから、残念だけれど、また滞在中に行きたい、

東京に居心地の悪さを感じたので上海に来た

昨日から、上海に来ている。

数週間前から東京の街を歩いていると、なぜだか気まずい思いをするようになった。特に、いつも足を運ぶ、上野や銀座はにいると息苦しい。元気だった頃は上野、銀座にいると心地よかった。なぜ心地よかったのかはわからないけれども、なんだか自分の居場所があるような気がした。

体調を崩して、仕事も辞めてしまうと、そういう街を歩いていると、なんだか気分が落ち着かない。その街での、自分の役割を失ってしまったかのような気分がする。

それで、いっその事、役割も何もないような、あえて言うと「旅行者」との立場で街を歩くと少し気分が良いのではないかと思い、上海に来た。場所を上海にしたのは、航空券が22,000円と安く、移動時間も3時間半、時差も1時間だったからだ。

昨夜遅くに、宿について荷物を降ろした。宿は、Vintage Shanghai Lane Houseというところで、古いアパートの一室のような場所で、フロントもなく、エレベーターもなく、結構ゴチャゴチャしたところにあるのだけれども、宿泊費にそんなにお金をかけていられなかったので、これは仕方ない。ドミトリーというわけでもなく、個室だし、ダブルベッドもシャワーもついている。一泊7000円は少々高い気もするけれども、仕方ない。幸い、Wi-Fiがついているので、インターネットは出来る。

フィルム40本を持ってきて、予備のためコンパクトデジタルカメラも持ってきた。やることがないから、写真でも撮りながら、ゆっくり過ごそうかと思っている。

フィルムは、行き帰りの飛行機の荷物チェックでX線のチェックでかぶったりしないか心配だが、まあ、かぶった時はかぶったで仕方ない。なにより、長尺フィルムを詰め替えてもってきたから、税関で怪しまれないかが多少心配ではあるけれども、今までだって、長尺フィルムを持ってきている人はいるだろうから、まあ、大丈夫なんじゃないかと勝手に思っている。

上海は土地勘もないし、何より中国語はできない。

昨夜、飲み物と食べ物を買いに宿の近所の商店に行ったけれども、英語はまったく通じなかった。ミネラルウォーターだと思って買ったペットボトルは、サイダーだった。ビールを買ったら、栓抜きが必要だったので、仕方なく近所の別の酒屋に栓抜きを譲ってもらった。食べ物は、パック入りのホルモンの串焼きみたいのをかった。栓抜きも入れて20元だった。400円弱ぐらいか。まあ、悪くない。

とりあえず今日は、上海の街がどんなところなのか、歩いてみようと思う。

今更ながら、自分にとっての社会での自分の役割について考えている。 不毛である。

半年以上前から体調を崩してしまい、その後、少しずつは回復してきているのだが、まだ調子が悪い。幸いにして、命に関わる病ではないので、その点は恵まれているのだが、仕事は失ってしまった。これ以上会社に迷惑をかけるわけにもいかず職場復帰をあきらめてしまったのだ。

まったくだらしないもので、37歳にして住宅ローンも30年ほど残っているというのに無職である。これは、思いのほか、いや、思った通りつらい。金銭的につらいというのもあるけれど、働いていないと社会に属していないようでつらい。

仕事はなくても、家庭があるからいいではないか、家の中でやるべき役割を果たせばいいではないか、とおっしゃる方もいる。信じられないことに、そういうことを平気な顔をしていう。奥さんに働いてもらって、専業主婦になればいいではないか、などといわれたりする。

家庭の中で、専業主夫をするということがいかにストレスフルかを想像してみてほしい。専業主夫なんて私にできるわけがない。わたしは、仕事を通して社会と繋がっていたいのだ。そして、現金を稼ぎながら社会と繋がっていたい。現金を稼がない仕事に社会的役割を見出すことができない。

そういうわけで、はやく新しい仕事を探して働きたい。なまじっか前職に愛着がありプライドを持って働いていたので、次の仕事がどうなるか今後自分に何ができるのか不安である。何れにしても、前職ほどいい仕事に巡り会えるとは今は思えない。半ば失恋のあとのようなやぶれかぶれな気分である。

そうしているうちに、街を歩くことに臆病になった。街を歩いていると、自分がいかに自分にとって無意味な存在になってきているかを痛感させられるのだ。自分はなんの役にも立てないということを強く感じ、なんの役割を持たない自分の定義を自分自身ができなくなり、虚しくなるのだ。もはや、社会にとっての自分の存在意義なんてこの際どうでもいい。どうでもよくはないけれど、とりあえず置いておいて、自分にとって、社会での自分の存在意義を問えなくなってしまっているのだ。

とくに、東京のように住み慣れた街を歩いていると、その虚しさが身に染み渡ってくる。社会が様々な作用によって有機的に機能しているのを感じて、そこから外れてしまった自分を恥じてしまうのだ。これは、純粋な意味での恥の感覚だと思う。このような存在になってしまい恥ずかしい、消えてしまいたいと思うのだ。

だから、この際、自分の存在なんて元からない街に身を置きたい。かつて、役柄を与えられていた舞台に、役柄をなくして突っ立ているのはつらい。恥ずかしい自分が目立ってしまう。むしろ、よそ者としての役柄を演じれる場所に身を置くか、役割なんかに無頓着になれるところに突っ立っていたい。

この欲求が無責任で、わがままであることは承知している。そんなことを言う前に、はやく仕事を探して働け、と自分に言いたい。しかし、社会の中で、役柄を持たなくなってはじめて、社会での役割なんかについて考えたりしている。できることならもうすこし、このことについて考えていたい。ぐずぐずと考えていたい。あと二週間ぐらい考えていたい。

一旦働き始めてしまえば、そんなことはなんの意味も持たなくなるのかもしれないけれど。近頃は、そういう不毛なことで悩んでいる。

ラジオが流れてくるギターアンプをどうにかしたい一心で勉強 木村哲 「真空管アンプの素」

ここ数日、前職の元同僚の真空管アンプをいじっていた。Epiphoneの40年代のギターアンプである。

修理していたといえば聞こえがいいけれども、実際は、完全に修理できる知識がなく、テスターで、電圧や抵抗値等を測りながら、やっとのこと音が出るようになった程度だった。そもそも、インターネット上を探しまくったのだが、回路図が見つけられず、似た回路のアンプを元に、チェックしたので、かなり怪しいチェックとなってしまった。

そもそも、電圧増幅管に6C6という、使ったこともない真空管が使われている。76という聞きなれない真空管も使われている。もう、ワケがわからない。なんとなく、大雑把な回路はわかったのだが、そこに何ボルト流れてるのが妥当なのか、とか、何オームの抵抗が妥当なのか、全然わからない。わからないから、なるべくオリジナルのパーツを残しながら、やられているパーツだけ交換した。

真空管はどれもへたっていた。へたっていたが、予算が許す範囲だけ交換した。

幸い、オリジナルの状態からほとんどパーツは交換されておらず、助かった。入力から出力までを、ザーッと目視したが、回路の変更等もなかった。だから、助かった。

助かったは助かったのだが、音は出ても、盛大なノイズが載る。電源からのノイズのようなのだが、ジー、という音がとめどなく流れる。これにはマイッタ。真空管アンプの動作の正確な知識がなく、似たような回路のアンプの回路図とにらめっこしながら弄っているわけだから、正確にどこがノイズの原因かはわからない。

電源周りの平滑回路の電解コンデンサーの容量を上げてやれば、ある程度はマシになるのかもしれないけれど、ワケがわからなくならないようにできるだけオリジナルのパーツと同じ値のものをえらんで交換した。

それでも、ノイズは収まらない。どこかアース不良があるのかもしれないし、それすらよく分からない。そもそも、ハンダが古いせいか、いくら熱しても外せなそうなところもあった。パーツを熱でダメにしたくないので、外すのを諦めた箇所もある。

そんなんだから、とても中途半端な修理になってしまった。

そもそも、初めは音が全く出ていない状態から、音は出るようになって、ボリュームとトーンコントロールはできるようになったのだけれども、ノイズは除去できなかった。心残りである。

もう一つ、困ったことがある。

このアンプが、ラジオを拾うのである。

アンプの電源をいれて、真空管があったまると電源ノイズが聞こえ始め、アンプ側のボリュームを上げると、ラジオ番組がかかる。洋楽なんかが流れてきて、ギターを弾いて一緒にジャムセッションできてしまうのではないかというくらいの音量でラジオがなる。こりゃ、入力信号を増幅しすぎなんじゃないか、と思うくらいラジオが流れる。ワケがわからない。

そんなわけで、アンプのチェックの大半をハングル語講座を聞きながら行った。アンプの勉強というよりも、ハングルの勉強になった。

これじゃあ、一体、ギターアンプなのか、ラジオなのか、どちらともつかない。どちらにしても、できの悪い代物になってしまった。

大変心残りであるが、今の私の知識ではこれ以上修理はできない。悔しいので、真空管アンプの基礎から勉強しなおすことにした。

木村哲さんという方の、「真空管アンプの素」、基礎の基礎から解説されていて、とてもわかりやすくて良いです。

2020年に東京でオリンピックを開催するのをやめてほしい。

2020年に東京でオリンピックを開催するのをやめてほしい。

観光客が来てくれるのはありがたいが、オリンピックのおかげできてくれる人たちなんて限られていると思うし、むしろオリンピック開催を返上して、他の観光資源に予算を割けばいいと思う。

新しいものを増やすのでは無く、今あるものを残し、震災なんかでダメになってしまったものを修復したりしてほしい。そっちの方が長い目で見て、私には嬉しい。

オリンピックなんかやらなくても、新しいものは生まれるし、無理に新しいものが生まれる土台を作ったところでいいものが遺るとは限らない。それより、今あるものを大切にした方が、新しいよいものが生まれる土台が固まるのではないだろうか。

私は、急激な変化が嫌いだ。オリンピック開催のために急速に変化する東京を見たくない。新しい建物ができるのも嫌だ。そういったことで、一時的に地価が高騰したり、不動産価値が上がってみたところで、長い目で見るとたいして意味はないと思う。

新しい大規模な商業施設が出来たり、新しい公園ができるのは真っ平御免だ。そういうものができると、一時的に街は賑わい、公園は人であふれるかもしれない。そういうこと自体が嫌だ。

不景気がいやなのはわかるけれど、一過性の好景気は、躁鬱病の躁状態のようなもので、その後必ず深く沈む時が来る。

そういう、大きな波を呼び込むのでは無く、低く安定していても暮らしていける社会づくりをしていった方が結果として住みよい世界が生まれるのではないかと思っている。なんの根拠もないけれど。

私には、どうしても、戦争ができない代わりにオリンピックを開催しよう、と偉い人たちが考えているとしか思えない。