Chet Bakerというスタイルが紡ぎ出される

このブログではChet Bakerのことばかり書いているような気もするけれども、チェットが好きなのだから仕方がない。チェットベーカーというジャズミュージシャンの妖しさに惹かれてしまうのだ。

ジャズとしては、前衛ではないし、むしろ保守的で70年代に入っても、未だ50年代のスタイルを変えず、ひたすらトランペットを吹き続けていた。共演者が替わっても、そこにはチェットベーカーの音楽があった。

CTIでジムホールのサイドマンとして参加したアルバムでもそれは同じで、そこにはひたすらチェットベーカーの音楽が存在している。もちろん、ジムホールのリーダーだから、ジムホールの音楽なのだけれど、そのジムホールの世界の中で埋もれることなく、むしろかえってそこにはっきりとチェットベーカーの音楽がうき上がる。チェットベーカーが前に出てくるのではなく、かれの音楽がバンドのサウンドとして鳴るのだ。

同時期にチェットベーカーのリーダーで、ほぼ同じメンバー(とは言っても、ピアノは違うし、ジムホールも参加していないのだけれど)で録音したアルバム「She was too good to me」と聴き比べてみてもそこにある音楽がいかに変わらないかがわかる。これはCTIのサウンドというわけだはなく、紛れもなくチェットベーカーの音楽である。なぜなら、その曇った感じ、けだるい感じ、それでいてフレッシュで若々しい感じがチェットの音楽であることを主張しているからだ。

主観的な表現になってしまったが、チェットベーカーの音楽にはどうしても、主観が入ってしまう。それは、かれの音楽が主観を求めるからだ。あなたは、それをどう聴くか、がこの音楽の一番重要なところなのだ。彼の音楽は紛れもなく50年代のハードバップの焼き直しであるのに、聴いていると、それがジャズであるとかポピュラー音楽であるとか、そういったことはどうでもよくなる。ジャズが苦手な方には単なるジャズにしか聞こえないかもしれないけれど、私にとってそれは単なるジャズではない。それは、一つの音楽のスタイルだ。ジャズのスタイルではない、音楽のスタイルなのだ。

彼のマーチンのコミッティーから、コーンの38Bから、ブッシャーのアリストクラートから、ゲッツェンのカプリから、バックのストラディバリウスから紡ぎ出されるのは単なるジャズではない。それは、バンドの音楽そのものをチェットベーカーというスタイルに染め上げるうねりなのだ。その、少し頼りなく、太く曇ったうねりが、スタイルを作り上げている。

嘘だと思うなら、ぜひJim HallのConciertoを聴いてみてほしい。そこに見つかるのは、チェットベーカーの音楽だから。

ちなみに、このアルバムでチェットはConnのConnstellationを吹いているはずです。音は、その後にBuescherを吹いている時と、ほとんど変わりません。弘法筆を選ばずを地で行った人だったのでしょう。けれど、若い頃に使っていた Martin Committee Deluxeは自分でマーチンの工場に出向いて、10数本のなかから選定したそうです。

チェットベーカーは楽器にこだわりがないように思えて、実は結構こだわっていたのかもしれません。割と色合いがはっきりしない、よく言うと表現の幅が広い楽器を長く愛用していた人です。

ジャズ初めての人に胸を張って勧められるアルバム Chet Baker 「It Could Happen to You ~ Chet Baker Sings」

チェット・ベーカーは若いころハンサムだったから、なんだか音楽の部分で割り引かれて見られているともう。私が勝手に言うのも失礼だが、損しているともう。若いころのチェットって、あらためて聴いてみると、とても心にしみる音楽をやっている。

人気があったことは確かだし、トランペッターとしての腕も確かだから、当時からそれはそれは高評価されていただろうけれども、これがもっとブサイクな顔をしていたら、聴衆にもっと純粋に音楽を聴いてもられたと思う。ブサイクだったら雑誌の人気投票では上位には入らないかもしれないけれど、それでもやっぱり高く評価されていると思う。

若いころのチェット・ベーカーはなんだか、「いい男」部分が強調されてしまい、アルバムのジャケットなんかがどうも安っぽくなってしまっているような気がする。まあ、中身もそんなに硬派な感じじゃないのだけれど、チェット・ベーカーは硬派じゃないからいいのだ。

歌も、歌えちゃったりするから、どうもそういう軟派なイメージがついてしまっている。音楽自体は40代にヨボヨボになってからの音楽と変わらないのだけれど、若いころはパッケージのせいか、どうもその軟派さに磨きがかかっている。磨きがかかっていて、一見つるつるピカピカしてしまっている。本当は若いころからいぶし銀系の音楽をやっているんだけれど。チェット・ベーカーの若いころのレコードがいぶし銀と評されることはほとんどないんじゃないか。

勿体ない。

例えば、「It could happen to you~Chet Baker Sings」なんて、歌もののレコードなのに、歌が、なんだかナヨナヨしているから、軟派なレコードだと思われがちだ。本職のはずのトランペットのソロもやけに短い。トランペットを吹いていない曲さえある。確かに、これは一聴して軟派なレコードである。

しかしながら、やっている音楽は案外渋い。リズムセクションはやけに豪華で、ノリノリだし、チェットの歌も(スキャットも)ノリノリである。ノリノリでいて、ノリだけで聞かせるのでは無く、ときにしっとり、ときにパリッと聴かせる。

もっと聴きたいと思わせるところまでで抑えられている。「チェットの音楽の魅力を余すところなく聴かせます」という、アルバムではなく、ちょっといいところを匂わせて、指の間から流れ落ちる砂のようにするすると消えて無くなってしまうような音楽だ。この、いいところを匂わせるセンスが素晴らしい。

一曲一曲の収録時間も短いし、聴きやすいのが尚更いい。こんな演奏は各曲10分も聴かせられるような類いの音楽では無く、短めにさらっと聴くのがちょうどいい。そして、収録曲が全曲スタンダードで、曲数も多いので、ジャズの初心者から楽しめる。こういう、ジャズがわたしにはちょうどいい。初めて聴くジャズがこのアルバムだっていう人は、とても羨ましい。それこそジャズの英才教育である。

いきなりローランド・カークから聴き始めても構わんのだが。