ピアノ伴奏の理想形(私の中で) Randy Newman 「 Live」

ピアノ弾き語りというのにすごく憧れる。

ピアノ弾き語りといえば、Billy JoelとかElton Johnが有名。ああいう風に自分の歌をピアノ弾き語りで歌えたらどんなに素敵だろう。あの、ピアノという持ち歩けなくて、嵩張る、不自由な楽器を選ぶのもなかなか素敵なことだと思うけれど、なんといってもピアノのあの現代ではありふれた音色で伴奏をして歌を歌うというのがいい。

もともと私はピアノの音が嫌いだった。幼少の頃ピアノのレッスンを受けたが、今は全く弾けない。そのことがコンプレックスになって、ピアノの音を聞くと嫌な気分にすらなっていたのだ。そもそも、ピアノのレッスンというのが忍耐を強いるものであり、嫌だった。テキストみたいのがあって、その通りに弾かなければいけない。「間違え」というものが歴然と存在していて、その音符ではない音を弾いたり、異なったリズムで弾けば間違えである。そして、その間違いを起こさないために延々と練習しなくてはいけない。間違えると、教官に怒られたりする。

ピアノのレッスンについて覚えているのは、音楽というのは辛く苦しいもので、練習をしなければ絶対に上手くならないということを、間違えるたびに再確認したことだ。そのこともあって、中学校に入るまで音楽はどちらかというと嫌いだった。

中学に入り、エレキギターを買った。今度は、誰にも習わずに、エレキギターを弄った。練習したのではなく弄った。コードの押さえ方とかについては、きちんと音がなるように我流で何度も練習したが、その他についてはほとんど真面目に練習しなかった。そのために、それから25年が経った今でも、まともにギターは弾けない。ギターソロというものが弾けない。ヘビメタの早弾きももちろんできない。ジャズやクラシックは弾けない。しかし、自分が楽しめる程度には引くことができる。誰にも聴かせることのできるクオリティーではないけれども、ギター弾き語りで歌を歌うことはできる。

ギターに慣れ親しんだら、音楽コンプレックスが軽減してピアノの音も嫌いではなくなった。二十歳頃のことである。それでも、ジャズのピアノトリオなんかを聴けるようになったのは30歳をこえた頃からである。20代の時に遅ればせながらビリージョエルなんかを聴きだして、ピアノ弾き語りに憧れをもった。いつかピアノを買っていじってみたいと思った。

その夢が叶って、35歳の時に自宅にピアノを買った。電子ピアノの音だとすぐに飽きて弾かなくなると思ったので、アップライトピアノを買った。生ピアノは音量の調整とかができないのでいい。誠にピアノらしい。ピアノは「小さな音も大きな音も出る」という意味でその楽器の名前がついたそうだが、今日、東京都内の住宅街でピアノを弾くとかなりうるさい。小さい音で弾こうとしてもうるさい。幸い、自宅が高架線沿いなので、多少のうるささは許される環境なのだが、うちの中にいる家族には十分うるさい。

そのうるさいピアノを、弾けもしないのにいじっているのである。誰に習うこともなく、気が向いたときに、歌詞カードとコード表だけを頼りに弾き語りの、伴奏の部分だけ我流で練習している。もう少し慣れたら、弾き語りの伴奏の仕方の教則本でも買ってこようかと思ったりもするが、きっといつまでもそこまで上達する日は来ないだろう。

理想のピアノ弾き語りはRandy Newmanである。Randy Newmanの「Live」というアルバムの弾き語りのスタイルがいい。ピアノが必要最低限の伴奏を行い、小難しいことはせず(実際のテクニック的には難しいのかは知らんが)、ソロは殆んど弾かず、歌の伴奏に徹している。元ピアノ嫌いとしてはピアノ伴奏の入り口であり、理想像である。

ランディニューマンの唄も歌詞もとっても良い。英語の歌詞の内容は正確にはわからないが、聞き取れるだけでユーモアと皮肉に富んでいて、それが結構差別的だったりするのだが、ランディニューマンの力の抜けた歌い方がそれをすんなりと歌い上げている。社会にメッセージをぶつけてやろう!という感じではなく、静かに嘲笑い哀しむというような歌だ。実際、彼の代表曲は政治的にも、社会的にもかなりヤバい内容の歌詞だったりするのだが、そんな曲が差別の対象とされている人さえもつい口ずさんでしまうような、不思議な魅力がある。

彼みたいに自然なピアノ弾き語りができるのであれば、別に彼の歌が歌えるようにならなくても構わない。

ビリージョエルのようにキリッとはしていないし、レイチャールズのようにソウルフルでもない、ジェリーリールイスのように乱暴でもないが、そういうトレードマークのようなものや、スタイルというものともまた違ったところで、ピアノというものの一つの魅力を最大限に発揮しているピアノプレーヤーだと思う。

ピアノを買って2年が経ち、未だ全く上達していない私は、今夜もRandy Newmanの「Live」を聴く。