写真よりも言葉の方が強いんじゃないか

上海の星光撮影機材城にある写真書籍店で、上海の写真家と思われる路汀の「尋常」という写真集を買った。

名前も、写真集の題名も漢字変換で出てこなかったので、正しい題名はなんという漢字なのかはわからないけれども、店にあった上海の写真集で一番気に入ったので買った。

この、路汀という写真家は、詩人のような人なのかわからないけれども、写真のキャプションとして詩のようなのが書かれている。

こういう時に、中国語を勉強しておけば良かったと後悔するのだ。

良い写真集を見つけても、いったいこの写真家が誰なのか、書かれているキャプションが何を語っているのか、まったくわからない。わかるのは、掲載されている写真が好きかどうかだ。

この写真集に載っている写真はどれも、日常のスナップだ。そのスナップがさりげなくて良い。写真は言語化できないからこそ、中国語を介さずとも見ることができる。これは、とても便利なことなのだが、便利なだけではダメだということがこの写真集を買ってわかった。結局は、言葉が一番大事なんじゃないか。

60年代のスタイルの写真作品からの橋渡し Mitch Epstein「Recreation」

70年代に入ってから、写真家の多くはカラーの作品を発表するようになった。正確には1969年にWilliam Egglestonがジョン・シャーカフスキーに出会い、1976年にニューヨーク近代美術館で個展を開くまで、美術館でカラー写真をアート作品として取り上げられることはほとんどなかったと言える。

カラーフィルム自体は30年代にはすでに開発されていて、1941年にはコダックがカラーフィルムの現像サービスを開始している。そのあと、60年代に入って世間一般ではカラー写真を撮ることは普及していたのだが、アート作品としてカラー写真が取り扱われることはごく数例を除いてなかった。

1964年にGarry Winograndがグッゲンハイムの援助を受けアメリカ中を旅した際の写真がTrudy Wilner Stackによって「Winogrand 1964」という書籍になって2002年に発行されたのだが、その中にはカラーの写真がたくさん掲載されているから、ウィノグランドは60年代には既にカラー写真で作品を制作していたということだ。その書籍の表紙になっている写真もカラー写真である。それでも、60年代にはアート写真の分野でカラー作品は一般的ではなかった。

70年代のカラー写真作品が纏められて「The New Color Photography」という展示になり紹介されたのが1981年である。この展示によって、1970年代はカラー作品の勃興の時代(いわゆるニューカラーと呼ばれる時代)と定義されたと言えるだろう。「The New Color Photography」ではエグルストンを始めとする70年代を代表する多く(40人ぐらいか)の写真家の作品が紹介された。

カラー写真作品の歴史については、他にもっと詳しいサイトがあるので割愛するが、Mitch Epsteinも1981年の「The New Color Photography」で紹介された写真家の一人で、カラー写真の作品を70年代に制作していた。

Steidlから発行されているミッチ・エプスタインの「Recreation」という写真集には、彼の初期のカラー作品66点が纏められている。

この作品集がちょうど60年代の写真と70年代の写真をつなぐ写真で構成されていて面白いのだ。写真が撮影されているのは1973年から1988年ということだから、70年代と80年代に作成された写真なのだが、それらの写真には60年代の写真の潮流が残っている。そして、同時に確かにそこには70年代のニューカラーの時代性も見えてくるのだ。

彼はウィノグランドに師事したというし、この写真集からはウィノグランドの写真に影響を受けていることは見て取れる。ウィノグランドの60年代の作品のようなスナップショットの手法が用いられ、行楽に興じる人々が撮られているのだが、これらの写真はそれだけの枠に収まってはいない。

同じくニューカラーの時代の写真家Joel Sternfeldの写真のような傍観する視点も飛び出してくるのだ。スタンフェルドは大判カメラを用いて撮影していたので、いわゆるスナップショットではなく、画面の中で写真が構成され、整っている。写真の中で「何かが起きている」のだが、スタンフェルドはそれを淡々とカメラに収める。

エプスタインの写真には、ウィノグランドのスナップショットの要素とスタンフェルドのような淡々とした視線の両方の要素が織り混ざる。そして、そこにエプスタインの写真の持つ精緻さも加わる。

この写真集に掲載されている作品は35ミリカメラで撮影されたものと人から聞いたが、とても35ミリとは思えないぐらい緻密な写真も多い。6×9だという話も聞いたことはあるが、正確にはわからない。

私は、しばらくこれらの写真は5×7インチかそれ以上大きなフィルムで撮られた写真だと思っていた(スナップショットだからそれは無理なんだが)。それほどまでに、整頓されていて、どっしりした写真が多いのだ。もしかしたら、大判カメラで撮られた写真も混ざっているのではないかとも思う。

しかし、ここで重要なのは、使用されたカメラではなく、その作品のあり方だと思う。写真作品のあり方が確かに移り変わっていくその時代が、ここでは示されている。かすめ取られたようなスナップショットから、整頓された画面へと転換されているその間がこの写真集には収められているのだ。

出会いと別れの季節に 「Arrivals & Departures The airport pictures of Garry Winogrand」

もう桜の咲く季節になってしまった。

毎年この時期になるとなんだか知らんがウキウキした気分と同時に憂鬱になる。また、一年が過ぎてしまったのだ。桜が咲いてしまうと、一年が経ったことを確かに感じさせられる。また、春が来たのだ。

春のウキウキ感はなんら根拠のない高揚感である。ただ春だからムズムズ、ウキウキする。もしかしたらこれは季節に対する動物的な反応なのかもしれない。人間も動物だとしたらまあ、長い冬眠から覚めなければならない時期なのかもしれない。もし植物にも共通した感覚なのだとしたら新芽が芽生える時期なのかもしれない。まさか私の心身が植物にまで共通しているところがあるとは考えにくいが。

それに対して、春の憂鬱には根拠がある。

何もできなかった一年間。達成感のない一年間。ムダに歳をとってしまった一年間。そういったものを一気に思い起こさせられる。そういう、敗北に対する憂鬱なのだ。春は憂鬱で然るべきものなのだ。

これはどんなに充実した一年を過ごしたとしても感じてしまう敗北感なのかもしれない。私が社会人の1年目を終えた歳の春も、同じように憂鬱だった。花が咲いて、また訳も分からず一年が過ぎてしまったと思った覚えがある。ただガムシャラに過ごした一年を振り返って、サラリーマンという因果な身分になった自分を呪うと共に、自分を支配する仕事というものへの敗北感と、その仕事も満足に身についていない無力感があった。

まあ、あんまりネガティブなことばかり書くのはよそう。暗い気分になってしまう。

そういえば、春は、出会いと別れの季節ということになっている。世間一般では。

確かに、私も、最初に入った会社では4月1日に人事異動とか入社式とかがあって、「出会いと別れ」があった気がする。それより前に遡ると、学校に通っていたわけだが、3月は卒業式、4月になると新学期である。新学期はクラス替えやら、授業の履修登録、入学式なんかもあってまさに出会いと別れがあった。

あれはあれでよかった。なんとなく体系的に一年という期間を心や体が把握できた。

出会いと別れというのは、生きているにおいて必要な要素だと思う。出会いも別れもないような生活を1年ぐらい続けていると心が鈍ってしまう。

Garry Winograndの撮影した空港の写真を集めた「Arrivals & Departures」という写真集がある。この本は編集者のAlex Harrisと写真家のLee Friedlanderがウィノグランドの残した空港で撮影されたスナップ写真(ほとんどが未発表作品)を選び集めて本にしたものである。2004年、ウィノグランドの死後約20年後に出版された。

空港といえば、まさに「出会いと別れ」の場であるので、こういう季節に空港でのスナップ写真を見るのにはちょうどいいかなあなどと思い、本棚から出してきた。タイトルの「Arrivals & Departures」も、まさに「出会いと別れ」という感じがした。

写真集を開いてみて、掲載されている約90点の作品を見た。確かに出会いと別れの舞台は確かにそこでは展開されている。出会いは、多くの場合が笑顔で、別れは多くの場合寂しい顔をしている。

しかし、まあ、この本を見て印象に残ることはそういうものではない。むしろ、空港にいる人々の虚ろな表情、そして、空港という施設そのものの曖昧で雑多な空間の風景が心に残る。

空港っていうのは、出会いや別れだけでなく、待ったり、手続きしたり、移動したり様々なことが同じ空間で行われている。そこに集まる人々は皆大抵は虚ろな表情をしている。出迎える時と、見送りの時にはニコニコ、シクシクしたりするけれども、あとはただ機械的に移動しているか、列に並んだり、椅子に座ったりして待っている。そういういろいろなことが同時進行的に行われているのが空港という場所なのだ。

空港はそういう意味では街中よりも特殊な空間である。街中ではこれほどたくさんの出会いと別れはないし、待つということもこれほど多くはない。そのような特殊な環境での人々の様子が写真にどう写るのかがここでは示されている。

私の印象としては、街中で撮られたウィノグランドのスナップ写真に写る人たちのほうが表情に多様性がある。空港の人たちはみんな似たような顔をしている。ニコニコ、シクシクしている人たち以外は皆同じような虚ろで黄昏たような表情をしている。街中の路上はもっといろんな人が写っている。街頭には、怒りとか、侮蔑とか、苛立ちとかそう言った攻撃的な表情も登場する。この本における空港の写真ではそう言った表情はほとんど見られない。

これは、写真を選んだハリスとフリードランダーが意図したことなのかもしれない。ウィノグランドの写真の中ではかなりドライで、どちらかというと知的な写真群である。乱暴に分類してしまえば、感覚で捉えられるような写真ではなく、見て考える写真である。見てすぐに驚いたり、恐れたりする類の写真ではなく、観察してから感じる写真である。瞬間で感じるのではなく、見る側の心の中でドラマがある写真とも言える。

ウィノグランド自身が同じく100枚弱の空港の写真を選んで本にしていたら、一体どんな写真集になっていただろう。そこに写る人たちはどんな表情をしていて、空港はどんな空間として写っていただろう。もっと感情に訴える写真集になっただろうか。それとももっと冷たい印象の写真集になっただろうか。

おそらく、彼が作ったとしても、こんな空港のシーンが繰り広げられると思う。彼の死後20年が経過してセレクトされた写真であっても、空港というのはもとよりこういう場所だから、これがウィノグランドが見た空港の風景だったのではないだろうか。

ただ、写真集というのは二、三枚でも違う写真が入ってくるだけで印象が変わるものだから、是非ウィノグランド自身のセレクションの空港を見てみたい。

私の思っている東京の姿ではない 内堀晶夫「街  Tokyo 1976−2001」

東京に住むようになって17年になる。最初の6年間は国立市に住んでいた。23区内ではなかったけれど、私のような田舎者にとっては十分東京である。札幌に住んでいた頃は、茨城、群馬あたりまでは東京という認識だった。その認識は今でもあまり変わらない。

上京してきた頃と、この街の印象はあまり変わらない。新宿、渋谷、池袋、銀座、六本木どこもここ17年間でさほど変わったという印象は受けない。もちろん、東京スカイツリーや、六本木ヒルズを始めとする新しいランドマークは建ったけれども、そんなものは人波、繁華街、住宅街に埋め尽くされた東京という大きなイメージをほとんど変えることはない。

東京は大きな繁華街が数珠つなぎにいくつもあり、その周りにどこまでも果てることのない住宅街が連なっている。駅と駅の間で家並みは途絶えることなく、山手線、中央線、京王線、小田急線その他ほとんどの電車が、家並みの隙間を切り裂くように走っている。これほど電車・地下鉄網が発達した街も珍しいだろう。

そんな東京を写した写真集を紹介したい。

内堀晶夫の「街  Tokyo 1976−2001」という写真集を見た。

20cm角ぐらいの、比較的小ぶりな写真集だ。見開き両ページに1点ずつ掲載されているので、写真の点数は多い(70枚ぐらいか)。小さな写真集のわりに見ごたえのある本である。

東京の街角でのスナップ写真が載っている。街で人物を撮った写真である。一枚一枚の写真の説明はとくについていないので、いつどこで撮られた写真なのかは、写真から推し量るしかない。だいたいどのあたりで撮られたのかがわかる写真もあるのだが、どの写真も私の知っているような東京の姿ではない。

この本の「街  Tokyo 1976−2001」というタイトルから、写真はおそらく1976年から2001年の間に撮られたものだと思う。私が東京に来たのは2000年のことだから、ほとんどの写真は私の知らない時代の東京だ。そういう前提で見ても、ここに写っている街はどれも違和感がある。妙に古い感じがするうえに、どこか異国の街の日常を垣間見ているような気がする。私の住んできた東京はこんな風な違和感のある「生活感」はない。こんなではない、もっとなんでもない日常、一言で言うとつまらない街である。この写真集に登場する街も、あんまり楽しい街ではなさそうだけれど。

巻末に添えられている文章によると、この写真家は東京都国分寺市に住むサラリーマンとのことだ。そう言われると、立川の写真が何点か載っていた。

こういう写真を見ると、東京っていう街は人によってずいぶん見え方が違うんだと思う。ここに住む人にとって、それぞれ街の見え方は大きく変わるんだろう。私の東京の見え方は地方出身者の視点からのものなのかもしれない。泉谷しげるが

ものめずらしい見世物はすぐ飽きて、自分だけが珍しくなってく

と歌っていたけれど、確かに、東京に住むようになって17年目でも、未だに自分はこの街から浮いてしまっているのではないかと恐れることがよくある。自分だけが特別というのとも違う、自分が「遅れている」というような感覚か。

巻末に内堀晶夫さんは長野のご出身だと書かれているけれど、同じく東京の出身ではない自分に、東京はこんな風には見えない。

まあ、この写真集で提示されている東京は、この写真家に東京がどう映っているかではなくて、写真が東京をどう捉えたかであるということは言えるんだけれど。それでも、ここに写っている東京は異国の街のようだ。

良くできすぎているドキュメント 「エルスケン 巴里時代」

YouTubeでContemporary photography in the USAという80年代のドキュメンタリーを見ていた。10分弱のシリーズでいくつかあるようなのだが、Garry Winogrand、Mark Cohen、Joel Meyerowitzのストリートフォトグラフィーを解説しているすごく面白く、実際の撮影現場に密着していて何だか知らんが感心してしまった。まあ、偉大な写真家直々の言葉が聞けるんだから、感心したなんていうのもおこがましいのだが。

それで、インターネット上でWinograndやらMark Cohenの写真を何枚か見たりしていたのだが、どうもその写真の力強さに負けてしまい、本棚にある写真集までは見る気がしなかった。ウィノグランドとメイロウィッツの写真集はいくつか本棚に入っていて、結構好きで何度も開いているのだが、特にウィノグランドは写真に強いインパクトがあり、そういつでも見れない。

それで、もう少し親密な感じがする写真を見たくなり、たまたま本棚で目に付いたEd van del Elskenの「エルスケン 巴里時代」という写真集を手に取った。エルスケンが1949年にアムステルダムからヒッチハイクでパリに出てきた当初から「セーヌ左岸の恋」時代までの写真が収められている。そして、エルスケン自身によるものだろうと思われる(違うのかな)説明文がそれぞれの写真につけられている。エルスケンの写真家になっていく過程がこの説明文から窺い知れる。

初めの頃は路上で寝ている酔っ払いや浮浪者なんかを撮っているのだけれど、写真の距離感が近い。ただ傍観している写真ではなく写っている人たちに歩み寄ろうとしている。道行く人々や群衆を撮った写真の中でも、そういう親密さのようなものを感じさせるものがある。

ポスターを撮った写真がいくつか載っているのだが、ポスターを撮る時もエルスケンの眼差しはポスターの前を通る人、座る人たちに向けられている。本人は貧乏で大変だったらしいが、なんだか微笑ましいぐらい幸せそうな写真である。「セーヌ左岸の恋」が退廃的で仄暗い感じすら持っている中でも、この暖かい眼差しは変わらずにある。もし、この暖かい眼差しがなければ「セーヌ左岸の恋」はもっと悲惨な印象を受ける写真集になっていただろう。

この写真集の後半に「セーヌ左岸の恋」の写真も収められている。

それらの程よくドラマ仕立ての写真と説明文を読んでいると、印象的な構図も手伝ってエルスケンの視点に立っているかのような錯覚をおぼえる。というよりも、彼が作り出した「エルスケン」という登場人物の視点だ。写真だけでも十分ドラマチックであるとともに、説明文を読むとそれぞれの写真がつながる。写真一枚一枚が、写真家と写っている人物との親密さを感じさせる。そして、その一方で、こう言っては失礼だがちょっと良くできすぎている感がある。

その、ちょっと良くできすぎている感は、映画やテレビドラマのそれとも少し違って、歌謡曲のそれのような感じがする。

写真集の冒頭に戻り、酔っ払いや浮浪者の写真を見返しても、実際のエルスケンが何を感じ、何を見たのかについては、はっきりとはわからない。私が感じることは、この偉大な写真家が一貫して被写体との「近さ」を持っていたということと、日常でありながらも非日常的で非現実的な世界が垣間見られるということだ。

面白い写真集は数多あるけれど、古臭さも含めて、こういう写真集を作れるのはエルスケンだけなんじゃないか。

ファインプリントの大家には申し訳ないが The Aperture history of photography series 「Wynn Bullock」

こう言ってしまえばミもフタもないんだけれど、写真集というものでみる写真と、展示のプリントで見る写真は大きく異なる。当然、見た時の印象も異なる。写真集で見た時はいまいちピンとこなかった写真も、展示プリントで見てみるとなんだか結構インパクトのある写真だったなんていうこともある。逆のこともある。まあ、いい写真は写真集で見ても展示で見ても大抵はいいんだけれど。

これは、写真集というのが印刷で、プリントは印画紙に焼いているという違いもあるのかもしれないけれども、最近は展示プリントも印刷のことが多いし、写真集の印刷の質も上がってはきている。

だから、この印象の違いは、本というフォーマットで自宅や本屋で見るのと、ギャラリーや美術館での展示というシチュエーションの違いと、一枚のプリントにかかっている手間(クオリティーか)の違いからくるのかもしれない。

こんなことを考えたのは、今手元にApertureから出ている「The Aperture history of photography series」という写真誌に残る有名な写真家の作品を写真家ごとに一冊づつの本にまとめたシリーズの「Wynn Bullock」の刊があり、それをめくっていてふと思ったのだ。

Wynn Bullockはモノクロの美しいプリントを作ることで有名な人で、この写真集も、その美しいプリントを印刷で再現しようとしている。濃く引き締まった黒と、なめらかなグラデーションを再現するグレーと、スーっと浮き出るような白を再現するのに、結構頑張っている。そして、印刷にしてはなかなか善戦している。印刷のコントラストも高めで、本の値段の割によく再現されていると思う。

Wynn Bullockのオリジナルプリントを一度どこかの美術館で見たのだが、本物のプリントはやはりこの本の印刷とは次元の違う凄さがあった。黒の深さが思っていた以上で、写真はここまで豊かに黒を表現できるのかと驚いた。個人的にはアンセルアダムスのプリントよりもインパクトが強く、圧倒された。

かといって、この写真集「The Aperture history of photography series」ではWynn Bullockの写真を楽しめないかというと、そういうわけでもない。この本でも十分彼の写真を見て楽しむことはできる。この写真集のページをめくるだけで、いかに彼がこの世の質感や風景の中のコントラストにこだわったかが伝わってくる。それだけではない、彼の写真の世界は、まるでこの写真世界が本当は私たちの見ている世界と全く別の場所に存在しているのではないかというような感覚になる。写っているものそのものが何かという問題よりも、どう写っているかに目がいく。彼が写しているのは、確かに現実の世界なのだろうが、この世には存在しない架空の世界になっているのだ。

この写真集でも、そういう世界を感じることができる。一点一点のインパクトという意味ではオリジナルプリントの方が強いかもしれないけれど。むしろ写真集の方が、まとまった数点を繰り返し見ることができるという意味では、彼の写真世界に浸ることが容易にできるというメリットがあるとも言える。印刷で、プリントの凄さを見せつけられないが為に、写真のテーマの方に目が向くというか。いや、Wynn Bullockの作品は美しいプリントも含めて作品のテーマなんだろうけれど。

この際、一度、印刷のクオリティーの低い本で Wynn Bullockの作品をじっくり見てみたい。その時、今まで見えなかった Wynn  Bullockが見えてくるかもしれない。

不謹慎の許されない世界が見えてきて怖い After 9/11 Nathan Lyons

よく、社会を賑わすような事件や、災害があると、必ずそのことをネタにした不謹慎な発言をされる方がおります。
そうすると、今の時代だとインターネットやなんかで「コイツ不謹慎な発言しやがって」とのように広がったりします。それで、その元の発言をした人が有名人だったりすると釈明会見をしたり、ブログやSNSだと、そこが荒れたりします。

これはまあ、被害者とかの気持ちになってみると弾劾されるのはある意味仕方ないことで、だいたい社会を揺るがす事件の場合、マスコミや社会の大多数は被害者・被災者の味方をするもんです。それは全然異常なことではないと思います。

しかしながら、時間が経って見返したとき、それらの「不謹慎な発言」の一部が事件や災害への人々の反応の異常さや、事件の本質をついた発言だということがあります。そのときは不謹慎だったけれども、後で考えてみるとあいつなかなか深いことを言っていたんだな。なんて思ったりします。

これが、小さな事件だと不謹慎で済みますが、戦争とか革命とか国家を巻き込んだ事態だと「反逆」だとか言われてしまって、最悪国によっては投獄されたりします。

堀田善衛の「若き日の詩人たちの肖像」なんかは、二二六事件から開戦までに行われた左翼狩りについてシニカルに書かれておりますが、あれ、時間をおいて書かれているからいいものの、本当に「若き日」当時にあんなことを大っぴらに言っていたら留置所に置かれるだけでは済まなかったでしょう。けれども、ちょっと不謹慎な視点があの小説ではとても重要な構成要素なのです。不謹慎も、時間をおくととても重要性を持ってくる一つの例と言えましょう。

ニューヨークの同時多発テロ(9/11)、あれは21世紀の恐ろしい幕開けとして私の記憶に残っています。あの後に続く世界中で勃発した戦争も恐ろしいですが、すべての引き金になった9/11は、私個人にも、社会的にも暗い影を落としました。あの時は、一体これからどんな戦争に巻き込まれるんだろう、世界大戦が始まるな、と思いました。そして、ある意味それは本当になり、戦争の舞台となっている地域は限られていても、世界中が巻き込まれる戦争につながりました。

あの9/11の後の、アメリカのメディア、メディアに映されるアメリカ人、身の回りのアメリカ人の知り合いの反応は皆一緒でした。

「アメリカは倒れない!」

「アメリカには神がついている!」

「アメリカを愛している!」

皆、そう叫んでいました。文字通り叫んでいる人も何人も見ました。テレビでアメリカのメディアが取り上げられる時、そこには必ず星条旗が掲げられてました。

戦後教育のせいか、愛国心というものにちょっと気恥ずかしさがある私には、どうもその9/11の後の「星条旗」に違和感を覚えました。同じことが日本に起きて、みんな自宅の前に日の丸を掲げたりしたら、違和感を憶えるだろうな。なんだかずいぶん暮らしにくい世の中になった気がするだろうな。ちょっと「はしたない」って思ってしまうかもしれないな。と、正直思いました。

それから10年が経ち、日本で東日本大震災(3/11)が起きました。「福島の復興」の力の入れようには9/11の「星条旗」と似たものを感じましたが、家の周りに日の丸が並ぶことはありませんでした。やっぱり、私の感覚だとこうだよな、家のベランダに日の丸は掲げないし。福島を利用して一旗上げることは何度か考えたけれども、「I love 福島!」みたいなリアクションはしませんでした。周りの目が怖かったので、あんまり東北地方について不謹慎な発言はしまいとは思っておりましたが、福島で困っている人たちよりも、自分の家が停電になったら嫌だな、とか、駅が暗くて嫌だなと思ってました。

東京の地下鉄の駅の照明が間引かれた時も、どうせこれは「義理」でやっているのであって、実際のところ照明を間引かなくたって電力は足りるんじゃないかって思ってました。家の電気も節約しようとはちっとも思わず、普通に使ってました。震災の夜、私は消費電力70Wぐらいの真空管アンプのテストをしました。アンプのノイズが止まらなくなっていて、私にとっては地震よりもアンプのほうが重要だったのです。

けれども、そういうことをあまり人前では言わないようにしました。不謹慎だと言われるのが嫌だったからです。インターネットの掲示板やら、ヤフーニュースの掲示板なんかでは、やっぱり不謹慎な発言をしたと言われ弾劾されている方々がいました。

今日、本棚を見ていたらNathan Lyonsの「 After 9/11」という写真集が目に入りました。9/11の後にニューヨークを始めとする大都市や、地方都市の街角でショーウィンドーや看板に掲げられた星条旗や、ハクトウワシ、アメリカへのメッセージ、テロの被害者へのメッセージを撮影した写真集です。まさに、9/11の後にテレビやメディアで見たアメリカ人のリアクションが写っていました。

私自身、なぜこの写真集を買ったかを覚えていないのですが、写真自体はとってもかっこいい写真が多数収められております。Nathan Lyons、さすが「社会的風景に向かって」のディレクターです。60年代のそういった時代の写真につながる、ちょっとシニカルな視線を感じます。写真集の印刷も、ちょっとコントラストが高めで、それも60年代の「社会的風景」な写真を思わせます。

ただ、星条旗というモチーフはとても強いイメージを持たせるので、ここに収められた写真は、あの9/11の後のアメリカ人の強いリアクションを私に思い出させます。そして、その強烈な印象で一色に染まったアメリカの社会の窮屈さがとても心に引っかかります。

だって、窮屈でしょう。こんなに愛国心一色に街が染まっていたら、不謹慎なことは言えない。そして、不謹慎なジョークで笑えない。みんなキオツケをして同じ方を向いているような感覚です。

きっと、このNathan Lyonsの世界はフィクションなんだろうけれど、いや、フィクションであって欲しいんだけれど、そう思う一方で、やっぱり現実にこうなっていそうだから怖い。フセインさんのいた頃のイラクが何考えているかわからないイメージで怖かったのと同じぐらい、この、みんなキオツケをして同じ方を向いていそうなアメリカの社会イメージが怖い。

そういう、怖くて窮屈なイメージのものを見てしまうと、不謹慎なことがある程度許容される世の中の方が、バリエーション豊かなものが出てきていいと思います。

ちょっと引いた視線から、1920年代の「日常」 le passé composé Les 6×13 de Jacques-Henri Lartigue

いわゆるアート写真集は、本自体が大判で値段もはるものも多くそうおいそれとは買えない。高くて重くてかさ張るものをどんどん買っていると、破産するか家の床が抜ける。そういうことは世の中では贅沢とか、道楽とか呼ばれている。

ずいぶん前に何かの雑誌で、小津安二郎が、浪費と贅沢は違うよ、贅沢は心のためになるよ、浪費っていうのは何の役にもたたないものに金を使ったりすることだよ、みたいなことを言っていたと読んだが、写真集を買うのは小津のいう「贅沢」としていいもんなのかどうなのか。どうも写真集を買っても「心のたし」になるのだろうかどうなのだろうか。

それでも、私は時々写真集を買う。大抵は写真家の作品集のような写真集を買う。時々「ジャズミュージシャンの写真集」とかも買うけれども、ほとんどは写真家の作品集、いわゆるアート写真集を買う。なぜ買うかというと、何かあった時のためにそういう本を手元に置いておきたいがためだ。

「何かあった時」というのは、どうしてもその写真が見たくなった時である。気分が滅入った時とか、妙に気分がいい時とか、腹がいっぱいになってちょっとくつろぎたい時とかにふと妙に写真集をめくりたい時が来るかもしれない。そういう時は永遠にこないかもしれないのだが、それでもこれはと思うものがあった時は買う。大抵は買ったら安心してあまり見ないのだが、写真集は写真だけ見ると15分もあればパラパラと一冊見ることができるので、ある意味手軽に一遍のドラマを、異国の光景を、日常の気づかなかった瞬間を、ある程度まとまった形で堪能できる。

話が長くなってしまうので、とりあえず手元にある一冊を紹介する。

Jacques-Henri Lartigueの作品集「le passé composé」。ラルティーグがパノラマカメラで撮った作品を纏めた本である。

ラルティーグは幼少の頃(20世紀の初めの頃)からかなりの量の写真を撮っていて、本人は自身を写真作家という認識じゃなく「写真愛好家」ぐらいに思っていたのかもしれないけれども、そういうことはこの人の写真にプラスに働いていると思う。

この本に掲載されている写真からも、技巧的なことを極めようとか、誰にも撮れないものを撮ろうとか、自身の内面を写真で再構築しようとかそういう強い意図は感じられない。

まあ、結構裕福な家庭の生まれの方だから、結果としてちょっと浮世離れしているところはあるんだけれども。例えば写っている車(おそらく自家用車)がやけに高級車だったり、自家用飛行機が写っていたり、家族(恋人?)の格好がずいぶん立派だったりする。

けれども、写真自体はすごく普通の動機から撮影されている。記念写真、カーレースを観戦している時に撮られたもの、旅先でのスナップ、スポーツをしている時の写真なんかだ。全てが1920年代に撮られている。

レルティーグのカメラは壊れていたのか、収められている多くの写真の左側が暗くなっている。フィルムの一部が感光してしまい写真の一部が白く飛んでしまっているものもある。そういうところも含めて「プロフェッショナル」な写真じゃなくて良い。むしろそういうところがこの写真集の親しみのわくところだ。

彼の日常、いや日常の中でも「ちょっとお洒落をして出かけている時」の光景が、6X13というちょっと非日常を想起させるフォーマットに収まっている。そういう光景を約90年後に垣間見ることにより、その世界に感情移入はできないのだが、そこに強く惹きつけられる。すごく楽しそうでなんだか幸せそうありながら、ふとしたところで陰鬱でもあるなんだか不思議な日常に魅せられるのだ。

「いやー、いい時代だったんだよ」

とか、一見そういう写真なのかと思うと、それだけでもない。「いい時代の写真」ということだけではまとめられない。それはパノラマというフォーマットのせいもあるのだが、そういう問題だけでもない気がする。実際ラルティーグはかなり巧妙にこのパノラマというフォーマットを使いこなしている。技巧的な問題で収まりが悪いということはあまり感じない。むしろ、ラルティーグのカメラの視線の定まり方がちょっとその場面を引いて眺めていてそれがこの写真集のある種独特の世界観を作っているのだ。ちょっと冷静な視線というか、他人に見せることを前提にしているのかどうかはわからないけれど、写真が傍観している。それが、ふとしたところで感じる陰鬱さにつながっているのだろう。

この写真集に入っている写真はとても静かで、パンチが強くないものばかりなので、ちょっと疲れた時なんかに時々めくってみている。

大きさはだいたい25cm×25cmぐらいで、写真点数は40点。5〜10分ぐらいでパラパラと全ての写真を見ることができる。ボリュームが多すぎないこともこの写真集の良いところだと思う。