私のメインキーボード CP−70B

私は、ピアノをまともに弾けない。ピアニストに憧れたこともない。きちんとピアノを練習したこともない。

弾けないけれど、鍵盤楽器は7台ぐらい持っていて、自宅にはグランドピアノすら置いてある。そのあたりのピアニストなんかよりも、鍵盤楽器に関して言えばずっと恵まれた環境で生きている。

なぜそんなにたくさん鍵盤楽器があるのかというと、かつてピアノメーカーに勤めていたこともその一因ではあるのだが、それよりもそもそも楽器というものが好きだからという方が正しいのかもしれない。鍵盤楽器は、ドを押せばドの音が出るし、ドミソと弾けばCメジャーコードが鳴ってくれる。これほどありがたい楽器はない。

そんなに、たくさんの鍵盤楽器に囲まれて、何をしているのかといえば、歌を歌う時の伴奏楽器として使っている。

伴奏と言っても、大層な伴奏を弾くこともできず、左手はもっぱらベース音(ルート音)を、右手はもっぱらコードを四つ打ちで弾いているだけなのだけれど、ピアノというのはよくできた楽器で、それだけで歌の伴奏としては、最低限の役目を果たしてくれる。そのためだけに、ピアノを持っているのは、すこしばかり贅沢なことなのだけれど、ピアノの音を鳴らしながら歌っていると、何か、自分がレイチャールズかビリージョエルにでもなったかのような気分にさせてくれる。

ピアノの良いところは、自分を一瞬ロックスターや、ソウルシンガーにしてくれる、それだけではない。私はギターも弾くのだけれど(こっちも腕の方はからっきしであるが)ギターではおよそ鳴らせないような難しいコードもピアノであれば押さえることができる。例えば複雑なテンションコード、ギターであればある程度コードのフォームに習熟していないと、どの指をテンションノートにあてがうか、などと考えながら押さえなければならないところを、ピアノであれば、ある程度曖昧にすることができる。

それと同時に、コード理論の基礎もピアノがあれば簡単に納得できてしまう(キーをCに置き換えると尚更わかりやすい)。

私は、楽譜も読めない。

全く読めないというわけではないのだけれど、ベートーベンの悲愴の2楽章の一小節目を読もうとして、15分で諦めたぐらい読めない。あの、オタマジャクシが上下に2つ以上出てくると、何が何だか分からなくなってしまう。

しかし、コード表は読めるので、コードとメロディーだけであればなんとか押さえることができる。なので、さしあたり独りで弾き語りをする分には特に問題はない。全く、コード表記を考えた人は偉大だっと思う。まさに、私のような楽譜音痴のためにあれは存在しているのかもしれない。

そのため、楽譜はろくに読めないくせに、たくさん楽譜を持っている。大抵、ポップスの楽譜には、ちゃんとした譜面の上に、メロディーラインと、コードが記されている。そのため、本物の楽譜の方は読めなくても、楽譜を持っていると、だいたいのメロディーと、和音がわかるので、自分で楽しむ分にはある程度用をなす。

もちろん、難しいキーの曲は伴奏ができない。例えば、#やら♭なんかがたくさんついている曲は、そのままでは弾けない。

それでも、ポップスの曲の多くは、ラウンドミッドナイトのような変なキーの曲はそれほど多くはないので、不自由はしない。

そんな私が普段一番よく使っているのが、ヤマハのCP−70Bという電気ピアノだ。これは、80年代にヤマハが作った楽器で、実際に弦が100本以上張ってあり、キーボードアクションもグランドピアノと同等のものが使われている。鍵盤は73鍵しかないが、私の使い方では十分である。持ち運びができるように、足をとって、2つに分かれるようにできており、合計120キログラムの楽器が、なんと、60キロの箱2つになる。電気ピアノなので、弦の振動をピックアップが拾ってくれ、出そうと思えばアコースティックピアノでは到底かなわないような、ものすごい爆音も鳴らせる。アンプの電源を切っておけば、サイレントピアノとして使える。まさに、夜でも練習できる小さなグランドピアノである。

私にとっては、夢のピアノである。

このCP−70Bという楽器は、すでに製造されてから40年近くが経ってしまっているので、いろいろな不具合も出てきてはいる。電源がうまく入らないことがあったり、イコライザーがうまく効かないことがあったり。それでも、普段使う分には特に不自由を感じたことはない。

鍵盤には一部割れが補修された跡があり、外装の皮も剥がれてはきている。なにより、このピアノの上に、楽譜やら、エフェクターやら、愛用のカメラやレンズやら、はたまた服用している薬の袋やらが無造作に、うず高く乗せられているので、決してきれいな外見を止めているわけではない。しかし、私はこの楽器が手元にあって本当に良かったと思っている。普段、いつでも弾けるように、パソコンの置いてある机から振り返れば、すぐに弾ける状態にしている。

そもそも、私はヤマハというメーカーの楽器はどうも魅力を感じないのだけれど、このCP−70Bだけは別物である。音そのものはそれほど良いわけではないけれど、その独特のサウンド、鍵盤のタッチ、無駄に大きな図体、何をとっても素晴らしい楽器だと思う。多くのポップスミュージシャンが、このCP−70という楽器をメインキーボードにしているのも頷ける。

購入した時は、本体価格より運送費の方が高くついてしまったぐらいだが、これからも、末長く大切にしていこうと思っている。

2000年代に生き残ったYamaha CP-70

Yamaha CP-70という楽器をご存知でしょうか。70年代の終わり頃に発売された鍵盤楽器です。いわゆるエレクトリックピアノ(エレピ)です。RhodesピアノやWurlitzerピアノと違い、このエレピは本当にピアノと同じく、弦をハンマーで叩いて音が出ます。Rhodesはタイン(トーンジェネレーター)という棒を叩いて、それをピックアップで拾い音を出すのに対して、このYamaha CP-70はグランドピアノの小さいの見たいな構造になっていて、そのピアノの弦のブリッジ部分にピエゾピックアップが付いていて、そのピックアップから拾った音をプリアンプで増幅して音が出ます。

今は、ステージや練習スタジオで使う鍵盤楽器と言えば、本物のアコースティックピアノを使える現場をのぞいては、デジタルピアノやらデジタルシンセサイザーでいくらでも事足りますが、70年代後期にはそういった便利なものはほぼ皆無で(無くはなかったですが大変高価で)エレクトリックピアノを用いておりました。

エレクトリックピアノの歴史は結構古く、ベヒシュタイン社が1920年代の終わりにネオ・ベヒシュタインというエレクトリックピアノを作っておりますが、この楽器は、大きさがグランドピアノと同じぐらいで、到底持ち歩きのできるような代物ではありませんでした。そのあと、50年代になって、Wurlitzerがエレクトリックピアノ110型を出し、エレクトリックピアノははじめて持ち運びが可能なサイズになります。60年代にハロルド・ローズがフェンダー社と共同開発したFender Rhodesピアノを出します。このローズピアノが先に挙げたウーリツァーと並びエレクトリックピアノの定番となりますが、ウーリツァーもローズもアコースティックピアノの音とはかけ離れた音色です。まあ、その音色はその音色で私は好きなのですが。

そんな中、アコースティックピアノの音に限りなく近い(とは言っても別物なんですが)音色が出せるエレクトリックピアノとして、ヤマハは70年代の中盤にCP-70を発売します。これが、結構良く出来ていて、鍵盤部分のアクションはグランドピアノと同じもの(ダブルエスケープメントアクション)が使われております。実際に弦が張られてますから、場所もとるのですが(小型のグランドピアノの2/3ぐらい)まあ、アコースティックピアノに比べると小型と言えます。

70年代から80年代にかけてはステージ上のピアノと言えば、このCP−70が定番で、ジャズのピアノトリオでさえCPシリーズ(73鍵のCP−70もしくは88鍵のCP−80)を使ったりしていました。コンサート調律師さんたちも、このころはステージの調律と言えばCPばかりだったという話も聞きました。まあ、本物のグランドピアノをステージに上げるのは大事ですが、このCPは本体が鍵盤部分と弦が張られている部分の2つに分かれて、持ち運びが楽です。とは言っても、各部60キロぐらいありますが。

最近は、デジタルピアノが安くなったので、このCPは全然ニーズがなくなってしまい、新品はもちろんとっくに廃番になりましたが、CP−70の中古に至ってはネットオークションで5万円ぐらいで手に入ります。もはや楽器と言うよりも、粗大ごみぐらいの扱いです。

それで、このCP−70を一台購入してみました。

グランドピアノと同じアクションを使っているだけあって、鍵盤を押さえた感触はピアノそのものです。ハンマーがゴムでできているので、アタック感はアコースティックピアノとは違いますが、それでも、まるでグランドピアノを弾いているかのような感覚で弾けます(73鍵ですが)。

この、CP−70を今でも演奏しているミュージシャンは少ないのですが、イギリスのKeaneというバンドのピアニスト、ティム・ライス・オクスリーは今でも頑固にCP−70を弾いております。Keaneというバンドは、ボーカル、ピアノ、ベース、ドラムの編成で、ロックバンドとしては、ギタリストが入っていない珍しいバンドなのですが、サウンドはいかにも2000年代のUKロックというサウンドです。私は、あまりこういうサウンドは好みではないのですが、現存するCP-70(CP−80か?)を使っている貴重なピアニストなので、聴いております。アコースティックピアノと似ているけれど、微妙に異なるCPのサウンドが聴けてそこそこ満足です。

Keaneのデビューアルバムとセカンドアルバムを持っておりますが、同じようなサウンドで落ち着いていて、なかなか聴いていて悪い気はしません。時々、こういう音楽も悪くないな、と思って聴いております。いわゆるアメリカンロックとも違った、ちょっとスタイリッシュなサウンドで、2000年代に青春時代を送った方々には、こういうサウンドが懐かしいのではないでしょうか。私もその世代に近いのですが、こういうサウンドは、あの時代良く聴きました。懐かしいです。

エレピサウンドの、一つの定番として、聴いてみることをお勧めします。