空は晴れ渡っていたが、寒い日だった。家族で浅草寺にお参りに行ってきた。何も考えず、無心に祈った。何も願かけることなく、無心に。
私は、宗教というものを殆ど信仰していない。信仰がないというのとも違うが、かといって、何処かの寺の檀家ではないし、教会に通っているわけでもない。結婚式もしなかったので、自分が葬式を迎える時、どこのなんの宗教で葬式をするのかもわからない。きっと、別れの会のようなもので済ますのだろう。
これは、私に限ったことではなく、私の家族は誰も、特定の信仰がない。それでも、寺社仏閣にお参りに行ったり、教会でクリスマスを祝ったことすらある。もしかすると、日本国内の世間一般の家庭は私の家のように宗教と付き合っている方が多いのかもしれない。
私が、慶応の法学部を受けた時、面接というのがあった。その面接で、私は、高校時代の留学経験について話した。留学経験と言っても、2年に満たない短い留学ではあったが、私はオーストラリアの高校に通っていたことがある。オーストラリアで何か特別な勉強をしたわけではないので、正確には留学ではないが、その短い滞在で、私は大きな経験をしたと思っている。それは、自分が日本人であるということを強く感じたことだ。
日本人のアイデンティティーという表現をその面接で使ったのは少し大げさだったかと今では思うけれど、高校時代の私にとってはそれは日本人としてのアイデンティティーと呼べるぐらいの一大事だった。自分は、オーストラリア人ではない。移民でもないし、一時的にここに間を借りて住んでいるだけの日本人である。という思いを強くした。
その、日本人のアイデンティティーとは何ですか?私に面接官は聞いた。私は、それをすぐに言語化できずに、言葉に詰まりそうになった。例えば、英語ができないとか、そういうことであれば、日本人のアイデンティティーとは言わない。例えば、ひたすらお辞儀をしてしまうのも、日本人のアイデンティティーとは言えない。けれども、そういうことが重なり、自分は確かにここに住むだけの、異国の人間だと強く感じたのだ。
その一つの側面は、自分は信仰というものを殆ど持たないということであろうか。もしくは、宗教というものに囚われずにものを考えることができるということだろうか。それが、日本人のアイデンティティーという言葉を使ったことの象徴的な一面です。と、その面接で、何だか日本語らしくない表現をしてしまった。
例えば、向こうの人たちは、キリスト教徒であればキリスト教徒の習慣があり、仏教徒と自分を表現する人に対しては、異色な存在として扱う。ちょうど、私の友人が、自分を仏教徒だと表現していた。日本から数珠さえ持ってきていた。単身高校に通うためにオーストラリアに来たのに数珠を持ってくるぐらいだから、確かに仏教徒である。彼は、私の滞在中は仏教徒らしいことはなにもしていた様子ではなかったが、確かに自分のことをそう表現していた。
私は、そのとき信仰を持たなかったというよりも、ホストファミリーに合わせていた。私のホストファミリーは、一応キリスト教徒だったのかもしれないが、教会には通っておらず、全くそれらしいそぶりも見せなかった。けれども、何かの機会に祈る時には十字を切っていたし、イースターを祝ったりと、キリスト教徒の習慣をこなしていた。私は、それに合わせ、イースターを祝ったり、ホストファミリーの祖父にあたる人が亡くなった際には、十字を切って祈った。
そのように、習慣を合わせていたことは、その時の自分にとってなにも意味があったわけではないが、十字を切りながらも、キリストの救いなどについては信じてはいなかったし、自ら教会に行こうとも思わなかった。
以前にも書いたが、私の実家は両親がキリスト教徒である。父の方は、洗礼は受けているらしいが殆ど信仰していないのと同義なぐらいなにもしないが、母は毎週一応教会には通っているようだ。だから一応キリスト教徒ということになる。
しかし、その一方で、家に坊さんを招いて、般若心経を唱えさせたりしている。数年前に他界した祖母のためとは言え、家には仏壇があり、坊さんが年に一度や二度やってくるのは滑稽だ。実家の人間も、私と同程度に宗教に無頓着なのかもしれない。ことによっては私以上に。
それで、私である。
浅草が近所なので、時々浅草に行くのだが、その際は必ず浅草寺にいきお参りをする。妻などは、うちのホームテンプルは浅草寺だと言っている。そうか、私はもしかすると仏教徒なのかもしれないなどと思うのだけれど、実のところ、浅草寺が何宗の寺なのかなど考えたことはない。
ただ、人にその話をすると、宗教を冒涜しているように聞こえるのが嫌なので、私は普段、祖母の宗派であった浄土宗であるということにしている。
年の暮れで、とりとめもない話になってしまったが、浅草寺を詣りそんなことを考えた。