デートというよりもライブを聴いたような気分になる「A Jazz Date with Chris Connor」

クリス・コナーがジャズデートしようって言うので、これは光栄だと思い楽屋についていったら、楽屋は随分狭くって、そこらじゅうに楽器がゴロゴロ転がっていた。清潔とは懸け離れた世界で、クリス・コナーが置いていったと思われる化粧道具が乱雑に鏡の前に置いてあって、その鏡っていうのも、鏡台なんて立派なものじゃなくって、ただ壁に鏡がかけてあるだけで、その下に化粧道具やひげそりなんかを置けるように小さな盆のようなものが壁から突き出ている。

そんな楽屋の中で、私は、どうしたものかと佇んでいた。どう考えても、これはデートなんていう感じの雰囲気ではない。どちらかというと、彼女に汚い楽屋を掃除するように言われた掃除夫のような立場である。

そうしているうちに、楽屋の入り口の垂れ幕のようなものがゴソゴソ動いて、ジョー・ピューマが入ってきた。なんだか知らないけれども、随分改造された古いギターを持っている。

「お前、部外者だろ。こんなところで何してる!」

とジョー・ピューマが言うので、私は何してるとも言えないで、とりあえず口に出た言葉、すみません、と一言つぶやいた。

素直にすみませんとだけつぶやいたので、こいつは大したやつじゃない、クリス・コナーの取り巻きの一人だろうと思い、ジョー・ピューマはすぐに私に関心がなくなったのか、ギターでアーティ・ショーの古い曲のイントロを弾きだした。

そのポロポロという音色があんまりにも素晴らしかったので、ああ、これはいいレコードになるなと直感した。ツヤのある、美しい短いイントロを弾いたら、初めのコードをストロークした。

クリスコナーが歌い出したら、どっからともなくオスカー・ペティフォードがベースで伴奏をつけはじめた。しばらくしたら、ビブラフォンだのフルートだのが入ってきて、静かにオブリガートを入れてきた。おお、これこそ、アルバムの一曲目にぴったりな曲調だ。一曲目から爽やかに騒がしい演奏が多い昨今のレコードの中で、こういうスローテンポの曲から入ったら、素晴らしいではないか。と思っているうちに、曲が終わった。

クリス・コナーは二度ほど咳払いをして、またマイクの前に立って、何もなかったかのように二曲目に入った。その時、すでに私は観客席に座っていた。観客席から彼女を眺める方が気分が高揚した。彼女は天性のエンターテイナーなのだろう。

二曲目はジョー・ワイルダーのトランペットと、アル・コーンのサックスのイントロから始まった。やけにノリのいい曲である。ジョー・ワイルダーが、随分しっかりしたフカフカしたサウンドで吹いていて、アル・コーンのサックスも機嫌がいい。ああ、これがスイングかしら、などと思いながら聴いていたら、アルコーンが短いソロを吹いた。

三曲目、四曲目と進むうちに、ジョー・ワイルダーが引っ込んだりラッキー・トンプソンが出てきたりしたけれど、彼女のバックを支えるバンドは、相変わらず安定している。それほど大人数の編成ではないのに、まるでビッグバンドをバックに歌っているように感じることもある。何より、リズムが締まっていて、小気味良いのだ。

「Fancy Free」というあんまり聞きなれない曲があったけれど、何だか可愛らしいアレンジで、これはそもそもデートだったんじゃなかったか、こんなにお客さんとして楽しんでたらデートじゃないなと思い始めたけれど、まあ、この際いいことにしよう。

6曲目のミドルテンポの曲、これも誰の曲だったか知らない「 All I need is you」をやったところで休憩。短いながらもソロ回しも良かった。ジャズを聴きに来たっていう気分がした。

ああ、続きを続きを聴きたいけれど、今夜は母ちゃんが肉じゃが作ってくれてるってさっきメール来てたから、私は、帰ろうということにした。本当はジョー・ワイルダーのトランペットもっと聴きたかったし、B面になったらまたジョーワイルダーが出てきて、安定したソロを聴かせてくれるんだろうけれど、また、今度聴けばいいか、とA面だけ聞いてターンテーブルからレコードを取り上げた。

裏ジャケを見ると、どうもB面には「Lonely Town」なんかが入っているみたいだ。

そうだ、思い出した、このアルバム前も聴いたことあったぞ。前回も、クリス・コナーにジャズデートしましょうって言われて、ヒョコヒョコついていった。その時は、母ちゃん、あんた外でご飯食べてきなさいって言ってたから、そのまま最後まで聴いたんだった。その時はCDで聴いたから、ボーナストラックなんて入っていて、エロル・ガーナーの「Misty」なんかも聴いたっけ。このアルバムはライブ盤じゃないのに、ライブを2セットとアンコールを聞いたような気分になったんだった。

「Misty」はちょっとムード音楽みたいなサウンドで、ジャズデートっていうのとは趣が違ったからレコードでは外されていたんだろうな。

クリス・コナーの「A Jazz Date with Chris Connor」、ボーナストラックはなくてもいいかもな。