妻がピアノを練習しているところ、初めて見た

我が家には、楽器が沢山ありまして、そのわりに誰も大して楽器の演奏は得意ではない。

我が家にはと書いたが、まあ、ほぼすべての楽器は私が購入したものなので、楽器を弾かねばならないのは私自身なのだけれど、私自身あまり楽器を一生懸命弾いたりはしていない。

ここ10年ぐらい、楽器関係の仕事をしているもんで、商売柄日々素晴らしい楽器に出会うことが多い。仕事だけでなく、実はアマチュアのバンドにも所属しており、そこでカントリーミュージックを演奏している。これだけ聞くと、さぞ何か音楽を盛んに演奏してそうなのだけれど、私自身何か得意な楽器があるかというと、特にこれといって盛んに演奏できるよな楽器はない。

中学2年の頃に、エレキギターというものを初めて手にして、それ以来ギターは爪弾いたりはしているのだけれど、ここ10年以上ちっとも上達していない。むしろ、ギターの腕は落ちている気がする。とても、人前で披露できるようなレベルではない。よく、いろいろな方に会うと、「楽器、音楽の方はからきしダメで」とか言っている人に限って、ちょっとギターを持たせると「神田川」なんかをそこそこ上手いこと弾けたりするもんだが、私は「神田川」すら上手いこと弾けない。それこそ、「神田川」ぐらいいざという時のために練習しておけば良いのだけれど、それが悲しいかな練習しとけば良いような曲はちっとも練習できない。なんとなく、やる気が続かないのだ。

けれども、音楽というものは人一倍好きで、実家の両親なんかはちっとも理解してくれないのだけれど、高校の頃から演歌でもオペラでも何でも好きで聴いていた。高校時代は街に良いコンサートホールが出来たばかりで、高校の先生から演奏会の招待券なんかをもらったり、時々はお小遣いを工面して自分でチケットを買ったりして、そのホールに足繁く通っていた。ジャズのライブにも何度か行ったりして、ジャズの詳しいことはわからないながらも、ジャズというのはどうも心を震わせる音楽であるなぁなどと感じていた。

大学生になり、迷わずモダンジャズ研究会に入り、本格的に楽器を演奏してやろうかとも考えたことがあったが、選んだ楽器がよくなかった。トランペットを選んだのだが、トランペットっていう楽器はそれ自体とても難しい楽器で、ちっとも思うように音は出ないし、音程を取るのも、指使いも難しい。それで、すぐ挫折して、ギターに専念すればよかったのだろうが、結局幽霊部員になってしまい、楽器の練習からは遠のいてしまった。

今考えてみれば、大学時代にきちんとギターを練習していれば、それなりの腕前になったかもしれないのだが、あの頃はギターを練習するということが、一体どのようなことをすれば良いのかがわからずに、結局ちっとも練習せずじまいで長い大学生活は終わりを告げた。

それから、サラリーマンになって、にわかにギターを買い集めるようになった。初めは、つまらない社会人生活のはけ口と言えば良いのだろうか、ストレスの解消の一環として、B級ヴィンテージギター(グレッチとか)を買い集めていたのだけれど、新卒の安月給ではギターなんか買っているとすぐに破産してしまうので、何度も危ないところだった。

新卒では結構堅い会社に入って働いていたのだが、結局5年も務めるまえにやめてしまい、楽器に関わる仕事に就いた。楽器屋というところは、とにかく給料が少なくて、新卒の安月給をさらに下回る、超安月給、東京都の決められた最低賃金よりも数段低い条件で働いていたのだが、それ以来、本当に安い月給、ボーナスなしの職場で今まで働き続けている。今考えてみれば、新卒で入社した時が一番年収は高かったかもしれない。

今の職場でも、サラリーマンをやっているのだけれど、何でこんな給料でここまで働かされているんだと思うような仕事である。今の倍もらったところで、高校の同級生たちの年収には遠く及ばない。それでも、自分の好きな楽器業界で勤めているのだから、仕方がないと半分諦めに似た気持ちで働いている。

そんな、私の生活を支えてくれているのが、妻だ。

彼女は、これといって音楽が好きというわけでもなく、楽器も嗜むわけでもないのだけれども、私が音楽やら楽器が好きだということは人一倍理解してくれていて、世界の誰よりも、そんな私を応援してくれている。私が楽器屋で働くようになって以来、パートに出て働いて我が家の生活を支えてくれている。我が娘も、そんな母親の姿を見て、私の楽器道楽をどうもよく理解してくれているようだ。

今回、古びた、壊れかけた120年もののベヒシュタインのグランドピアノを家に受け入れることを快く了解してくれた妻に感謝しなくてはいけない。彼女がピアノを弾いているところを見たことはほとんどないのだが、全く弾いたことがないわけでもないらしく、ハ長調、イ短調の曲であれば、臨時記号が少なければ初見である程度弾ける。というぐらいの腕前を持っているということが本日判明した。とはいっても、腕前はバイエルぐらいで止まっているようなのだが、バイエルもなにもやったことがない私にとっては、師匠のようなレベルである。

この、古いピアノを買うにあたって、家の貯金をすべて使ってしまったということもあり、私だけでなく、家族みんなにとって、このピアノは家宝である。妻も、大変気に入っているようで、とても珍しく、今日は妻がこのピアノで、練習をしていた。

我が家では珍しい、楽器を練習する風景である。

楽器道楽の私でさえ、滅多に人に見せない楽器を練習する姿である。

楽器とは、生活に潤いを与えてくれるものであることを、ひしひしと感じている。良い楽器は、人の心を豊かにするのである。だから、楽器とは上手い下手だけで語れるものではないのだと思う。

美しい時間を授けてくれたベヒシュタインと、妻に感謝。

 

誰もがBill Evansになれるわけじゃないから

ジャズを聴くかたであれば、誰もがよくご存知のピアニスト、Bill Evans。

私は、実はビルエヴァンスはそれほど得意な方ではなかった。彼のピアノは、なんだかちょっと冷たい感じがするので、聴いていると憂鬱になる。アルバムの一曲目を聴く分にはぜんぜん問題はないのだが、2曲、3曲と続けて聴いているうちになんだか疲れてきてしまうのだ。

だからと言って、弾きまくる明るいピアニストもそれほど好きではない。例えばオスカーピーターソンなんかは、ぜんぜん聴かない。CDやらレコードは何枚か持っていたような気がするけれど、結局買っただけで、殆ど聴いていない。オスカーピーターソンの中では、唯一、一時期好きで聴いていたアルバムがある。Motions & Emotionsというアルバムで、これは何回も聴いた。

ビルエヴァンスはあまり得意ではなかったと書いたが、ローズピアノを買った頃から、たまに聴くようになった。そもそもRhodesピアノで吹き込まれたジャズ(フュージョンとかでなくてね)のアルバムは少ない。ローズピアノで吹き込まれているだけで、ジャズというよりもフュージョンの香りがしてしまうのだけれど、ビルエヴァンスのFrom Left to Rightなんかは、わりとちゃんとしたジャズのアルバムだ。やっぱり少し暗いテイストのアルバムなので、聴いていると陰鬱な気持ちになってしまうのだけれど、それでも良いアルバムであることに変わりはない。

このアルバムと、同じくローズで吹き込まれたハンプトンホーズのアルバムが好きなので、結構な頻度で聴いている。それらのアルバムで聴けるサウンドにかぶれてしまい、ローズピアノを書斎に置いて、時々弾いてみようとはするのだけれど、どうすればああいう音楽が弾けるようになるのか、全くわからない。そういえば、ギターも長年やっているけれど、ジャズギターのアルバム、例えばバーニーケッセルなんかを聴いていても、なにをやっているのかはちっともわからない。当然のことながらジャズギターも弾けない。ジャズで使うギターのコードの押さえ方はいくつか知っているのだけれど、それらを鳴らしてみたところで、ジャズのような響きにはならない。

自宅に、ベヒシュタインのグランドピアノが来てから、ピアノが弾けるようになりたくなり、まあいきなりジャズというわけにはいかないのはわかっていながらも、片手だけでもペンタトニックスケールやら、ツーファイブの昔覚えたフレーズなんかを弾いてみては、いつかは、ビルエヴァンスの曲を一曲でも、テーマ部分だけでもいいから弾けるようになりたいと思うのである。

特に、My Foolish Heartが弾きたい。ビルエヴァンスのレパートリーの中でも最もみなさんが聴いたことありそうな曲、アルバムWaltz for Debbyの一曲目なのだが、この曲のピアニッシモで始まるところがとても美しくて、自宅のC. BECHSTEINの寿命が来るまでには弾けるようになりたい。ビルエヴァンスは、生できいたら、どんな音色だったのだろうか。タッチはどんな感じだったんだろう。音量はどのぐらいで弾いていたんだろう。長年スタインウェイを愛用していたようだが、ビルエヴァンスのレコードを聴くと、このスタインウェイという楽器の器の大きさを感じることができる。キリッとしていながら、音の余韻が濃厚でいて、ちょっと大味なところもあり、耳に残る。ピアノの名器とはこうじゃなきゃならん。

最近の愛聴盤で、John Hicksのエロルガーナー曲集があるのだけれど、それなんかは、演奏はとてもいいのだけれど、ピアノの音が何だか味気なくて、色気がなくて好きになれない。あれは、演奏している楽器のせいなのか、録音のせいなのかはわからないけれど、エロルガーナーのレコードから聞こえてくるような、あの怪しげな凛としたピアノの音ではない。エロルガーナーのライブレコードのうちいくつかはC. BECHSTEINで録音されていて、またこれがクラシックのレコードで聴くベヒシュタインとは一味違っているのだが、あの、調律があっているのか狂っているのかわからないような感じもいい(たぶん、ある程度はわざと調律が狂った状態で録音しているのだが)。

ビルエヴァンスやらエロルガーナーになりきろうというわけではないのだが、ああいう風に88つの鍵盤を自由自在に操り、独自の世界観でスタンダード曲を弾けるように、なれるものならなりたい。あんなに上手くなくていいから。

まずは、少しづつでも、時間を見つけて、ピアノに向かうことのできる生活を送りたい。もう少し、体調もよければいいのだが。

ピアノも弾けないのに鍵盤楽器だらけになった書斎

先日リビングにグランドピアノを入れたため、そこにあったアップライトピアノを一階の書斎に持ってきた。書斎にピアノがあるというと、ずいぶんピアノを嗜んでいる風に思われるかもしれないけれど、私はほとんどピアノが弾けない。弾けるようにはなりたいのだけれど、それが、ピアノという楽器はどうもこう難しい楽器なのである。

もう、ちゃんとしたクラシックのショパンだとかバッハだとかモーツァルトなんかは弾けなくても全く構わないのだが、せめて自分の好きなスタンダード曲の一曲でもまともに弾けるようになりたいと日夜思っている。もちろん、クラシックの曲も何か弾ける方が良いのだとは思うけれど、あの世界はどうもお稽古事の世界のような気がして、気が引けて練習する気が起きない。

私は人にものを習うというのが苦手で、本当に幼少の頃姉がピアノを習っていたので、私もヤマハ音楽教室に通っていたことはあるにはあるのだが、恥ずかしいことにその時代に何をその教室で習ったのかはわからないが、全くと言って良いほど楽譜が読めない。楽譜を読むのはあれは一つの技術であろうから、真面目に取り組んだら読めるようになるのかもしれないのだが、サラリーマンにそういう地道なことをやっている余裕はない。

幸いなことにギターを長年爪弾いてきたせいで、コードについてはなんとなくわかる。わかると言っても、複雑なコードはわからないのだけれど、なんちゃらマイナーセブンだとか、なんちゃらメジャーセブンだとか、アドナインスなんかは音としてわかっているので、弾けと言われれば、ピアノでも大体の場所はわかる。それを元手に、左手でそれらのコードを押さえて、右手でメロディーを弾ければ、ピアノは弾けるようになるのかもしれないが、そのように口で言うのは簡単なのだが、手でやろうとすると、これができない。やはり、人間というのはうまいことできていて、頭で考えることと手が行うことがそれほど密接にはつながっていないのだ。

楽譜が読めない原因は、五線の下とか上とかの音が一体何なのか、読めないのも関係している。ト音記号ならラより下の音になるととたんに分からなくなる。同じく、高いラより上もよく分からなくなる。

ヘ音記号は、基本的に読めない。

かつて、学生時代にトランペットをやろうとして、結局全然吹けるようにはならなかったのだけれど、その時とった杵柄でト音記号をC譜でBb管を吹けるようになったのだ。まあ、簡単な楽譜に限るのだが。

それもあって、右手の楽譜であれば、一音づつならなんとか読める。和音になるととたんに分からなくなる。左手の楽譜はほとんどわからない。

そんな私でも、ピアノがなければそもそも始まらない。

とにかく楽器を持たずして、楽器を演奏できるようにはならない。昨今はデジタルピアノなどという代物があるらしくて、多くの家庭ではそれでお茶を濁していると聞くが、私はそういったデジタルなものは信用しないことにしている。

アップライトピアノはれっきとしたピアノであることに間違いはなく、ハンマーが弦を叩いて音を作っているので、あれは立派なピアノである。デジタルで何ができるかは知らないけれど、ああいうノブを回したりボタンを押したりしたら、全然違う音が出てくるようなものは楽器としては別物である。

私も、デジタルオルガンを使っているのだけれど、あれはあれで良いもんだということは知っている。しかし、本物のハモンドの鍵盤を触ったことがある方はご存知なように、ハモンドのあの音と、デジタルオルガンのあの音とは全く別物である。とてもよくできて入るけれど、所詮は真似した音である。

かつては、NORDのシンセサイザーを持っていて、その中にRhodesの音が入っていて、使っているうちに楽しくなってしまい、本物のローズを買ってしまった。その時から、楽器はやはり本物と、デジタルの間には埋め難い溝があるということに気がついてしまった。NORDのRhodesの音源がたとえどれほど素晴らしかろうと、本物のRhodesは日によって違う音を出してくれる。気分が乗る時と乗らない時ではでてくる音が違う。

ピアノをほとんど弾けない私がこう言っても全く理解してはくれないだろうけれど、本当にそうなのだから、仕方がない。それで、Rhodesは結局ステージとスーツケースの二台を買ってしまった。

世の中っていうのは、そんなに楽器を必要とはしていないのかもしれないけれど、私の部屋に限っては、これだけ必要だったのだ。私の書斎で唯一の88鍵の鍵盤楽器ということもあり、アップライトピアノはなかなか重宝している。

まあ、真ん中のあたりのオクターブしか弾いたことはないけれど。

もっとこのピアノに向かっていられるように、弾けるようになりたい。 C. BECHSTEIN V

二日連続で同じ楽器について書くのは、読んでいただいている方々にとっては退屈かもしれないけれども、今夜も自宅に来たC. BECHSTEINのVについて。

ベヒシュタインというピアノブランドは、三大ピアノメーカーの中でも最も知られていないかもしれない。なんといってもスタインウェイは有名で、世界中のピアニストがコンサートやレコーディングの現場で演奏しているし、自宅にいつかスタインウェイを置きたいと思っている方々は多いだろう。たとえピアノは弾かなくても、スタインウェイを自宅に置くことは、一つのステイタスでもある。ヤマハでもカワイでも、ピアノとしての用は足りるのだけれど、なぜかスタインウェイにはそれ以上のものがある。ベーゼンドルファーはちょっとピアノ通の方々に人気がある。アンチというほどではないが、スタインウェイ一辺倒なピアノの世界に疑問を抱いている方は、ベーゼンドルファーがいかに素晴らしい楽器であるかを世の中に広めたいと思われているのかもしれない。最近では美智子妃殿下(妃殿下でいいのかな?)がNHKで演奏されていたらしいが、ベーゼンドルファーはそういう上品な方々によく似合う。

ベヒシュタイン。この名前をきいて、どのくらいの人たちがピンとくるであろうか。ピアノ好きであれば、聞いたことはあるけれども、弾いたことはない、と言う方々がほとんどではないだろうか。私も、自分で1台目のピアノを買う時まで、ベーゼンドルファーとスタインウェイは知っていたが、ベヒシュタインは知らなかった。

たまたま、1台目に買うピアノをアップライトピアノにしようと決めた際に、ベヒシュタインを知った。アップライトピアノの世界でベヒシュタインは天下一品であると、ある楽器屋のサイトで読んだからである。ベヒシュタイン。初めてベヒシュタインのアップライトピアノを見た時、その質実剛健な姿からいかにもドイツの頑固楽器のイメージを私に与えた。それ以来、わたしにとってベヒシュタインは質実剛健そうなアップライトピアノのイメージだった。

しかし、実際に自宅にベヒシュタインを招きいれて弾いてみると、昨日も書いたように、なんとも可憐な音がする楽器である。特に高音部はスタインウェイのような強力にきらびやかに響くのではなく、優しく明るく歌う。ちょっと華奢なイメージを抱かせる高音である。低音はスタインウェイのようにギリっとした重低音ではなく、素直ですこし落ち着いた高音である。中音域は、なんと表現すれば良いかわからないけれどとてもハキハキとしている。学生に例えると(なぜ学生に例えるのかはわからないが)スタインウェイがアメリカからの留学生だとすると、明るく健やかで小柄な女子学生のような楽器だ。

それでいて、このグランドピアノを弾いていると、体が音に包まれているような感覚がする。2メーターという、グランドピアノでは中型のサイズではあるのだけれど、スタインウェイやベーゼンドルファーであれば貫禄十分な感じがするのだが、ベヒシュタインはもうすこし等身大でいて、美しい楽器といえる。

私は自宅のピアノに音量は求めていない。それよりも、楽器としての魅力であったり、素朴さ、素直さを求めている。私は人前で演奏できるようなピアノの腕を持たないが、それでも、このベイビーグランドは私に寄り添っていてくれる。

新品のベヒシュタインも弾いたことはある。今の楽器であるから、私の120年前のピアノよりもずっとパワーは出るけれども、スタインウェイのグランドピアノのような、身体の骨を揺さぶるような重い音の出る楽器ではない。新品のベーゼンドルファーはほんの数度、いじらせていただいたことはあるけれど、もう少し霧に包まれた中からの輝きのような音がした。どちらも確かに素晴らしい楽器であった。スタインウェイは迫力があり、ベーゼンドルファーがコロコロ転がるような音だとすると、ベヒシュタインはハキハキした音がする。一音一音を確かめながら弾きたくなる楽器である。

生産されてから120年が経つ私のピアノを現在の新品のピアノと比較すること自体に無理があるのだが、新品の楽器には色々と各社の味付けがされているの対し、私のピアノは懐かしく、味付けが濃くない楽器である。そこに、地味さではなく、年輪を重ねた大木のようなものを感じさせてくれるあたりは、さすがに3大ピアノブランドの一つである。

何よりも、帰宅すれば、自宅のリビングにこの愛おしい楽器があるということが1日経っても信じられない。そして、この楽器について想いをめぐらせたり、古く傷んだ箇所を思うたびに、「大切にしなくてはならない」という思いと今まで私が手元に置いてきているすべての楽器に感謝と敬意を感じざるをえない。

あー、自由自在に弾けるようにならなくても良いから、もっとこの楽器に向かっていられるぐらいピアノを弾けるようになりたい。

C. BECHSTEINの澄んだ儚い音色

今日、一台のグランドピアノを自宅に招きいれた。

1896年のC. BECHSTEIN V型というドイツ製のピアノである。もう120年以上前に製造されたこのピアノは、はるばる海を越えて私の自宅に収まった。このピアノの寿命から言っても、おそらく私が最後のオーナーになるだろう。このピアノは大切にしなければならない。

このピアノのオリジナルオーナーが誰かは知らない。39000番代なので、調べようと思えば大体の出荷日等はわかるのだけれど、わかっていることは、このピアノは1896年にベルリンからロンドンに出荷されたということ。そして、その後何年もして遠く海を渡り日本に入ってきたこと、その後何年もある街で大切にされていたこと。そして、あるピアノ工房で大切に保管されたのち、ピアノ工房の方が手放され、今は私の自宅のリビングに収まっていることだ。

120年以上前のものであることと、この時代のベヒシュタインにはよくあることなのだが、鉄骨に小さなひびが入っている。このことからも、このピアノの寿命はもうそれほど長くはないのかもしれない。ひび割れがこれ以上侵攻しないためにも、はやいうちに何か手を打たなければならないのだけれども、幸いなことに、調律はまずまず安定しているようだし、今でも美しい音色を奏でている。極端にピッチをかえたりしなければ、しばらくは落ち着いていてくれると思う。なにせ、このピアノはこの状態でいままで長い年月を耐えてきたのだから。

巻線の感じから見ても、バス弦はオリジナル。ハンマーもおそらくオリジナルだろう。アクションはシュワンダーのアブストラクトアクション。響板には多数ヒビが入っているが、雑音は出ていない。コマも、酷い割れはあまり見当たらない(細かい割れはある)

ピアノ工房の方が、この楽器をとても大切にしていらしたんだろう。経年による傷みはところどころにあるけれど、音色は翳りの付けやすい低音と、甘い中音域、透き通った高音がする。コンサートピアニストがバリバリ弾自宅練習できるような楽器ではないけれど、落ち着いて爪弾くには丁度良い楽器であることに間違いはない。

戦前ではベヒシュタインが最も多くの台数を作っていたのが19世紀の終わりから20世紀の初頭だろうか。当時この楽器はベヒシュタイン社の製造するグランドピアノの中では最小のサイズだったようだ。そのため、生産台数も多い。生産台数が多いとは言っても、今日の国産メーカーほどは製造できなかっただろう。たとえ、当時のベヒシュタインの3つの製造拠点をフル稼働しても。

数多いベヒシュタインのV型でも、私にとってこの一台は特別な一台だ。それは、このピアノは私の故郷の町にもう数十年もあったものだからである。そして、私の故郷の街の調律師さんの何人かはこのピアノについてご存知かもしれない。

このピアノと出会ったのは2年ほど前になるだろうか。

私は、その日あるピアノ工房を訪ねた。その前日に入った楽器店で、この楽器についての話をきいていた。この街でベヒシュタインといえば、あるチェペルに古いベヒシュタインがずっと置いてあった。そのピアノはチェペルがなくなるとともに行方が分からなくなってしまったとの話だった。あるピアノ工房でお茶を飲んでいる時「ベヒシュタイン、見ますか」と言われ、このピアノに出会った。ピアノのケース全体に絵が描かれていて、ローズウッド外装で、お揃いの椅子まで付いていた。「弾いてみて良いですよ」と言われた。右手の3本の指で、ドミソ、と弾いてみた。

私は全くピアノが弾けなかった。ピアノと言う楽器を最後に弾いたのは小学校低学年のときだったかもしれない。それ以来、ピアノという楽器に興味もなかったし、ただの黒い箱であるという認識しかなかった。

学生の頃にジャズ研に入っていた頃、私はピアノには全く興味がなかったが、演奏する時にはピアノの横に立つのが好きだった。ピアノの横に立つと、ベースも近くに立っているので、コード進行がよく聞き取れるしピアニストが投げかける和音の数々が聴こえてきて心地よかった。けれども、自分でピアノを弾こうとは全く思わなかった。ピアノは、もっと音楽がわかっている奴の為の楽器であった。

そんな私を見かねてか、ピアノ工房の方が幾つかの和音を弾いてくれた。即興のメロディーをつけて。

そこから聞こえてきたベヒシュタインの音色に私は一気に引き込まれた。それは、私の知っていたぶっきらぼうな黒い箱からでてきていた音色とは一線を画すものだった。甘く、翳りがあるのに、透き通った音色。それらの一音一音がぶら下り合うように繋がり、左手は幾つかの和音を奏でていた、そして右手はブルージーな旋律を奏でていた。華奢な高音が、今の私たちの聞き慣れている冷たいピアノの音色ではなかった。優しさすら感じるような、ハリがありながらも儚い音色だった。

私は、そのベヒシュタインという楽器が好きになった。

それから、2年ほど

の年月が経ち、私の自宅にその楽器がある。

これから、大切にして、きちんと手をかけてこの楽器の余命を少しでも伸ばしていきたいと思う。そして、私もこの楽器からもう一度音楽の美しさを教えてもらおうかと思っている。

今夜は、この楽器でレコーディングされたアルバムを聴いているが、これが終わったら、ベヒシュタインでレコーディングされた名盤、Eroll GarnerのNightconcert を聴こうと思っている。