Dear Harmonica Friend, Toots Thielemans

Jazzではいろいろな楽器が使われる。サックスやトランペットは定番だけれど、珍しいところでは、フレンチホルン、バストランペット、チューバ、ハープ、チェンバロなんかが使われたりする。

珍しい楽器の演奏は、それだけで興味を惹くのでつい聞いてしまったりするけれど、なかなか、音楽として面白い演奏に仕上がっているものは少ない。まあ、仕方ない気もする。

そんな中にも名手というのが存在して、珍しい楽器で演奏されているということを忘れさせられるほどの音楽を奏でる。ジャズでフロントを務めるためには、音が太くて、はっきりしていて、かつある程度速いフレーズを弾くことができる楽器でなくてはいけない。フレンチホルンなどは、そういう意味で不利である。音がほんわかしていて、トランペットやサックスのようなはっきりした音に比べると、前に出てこない。

ハーモニカ、という楽器も、そういう意味だと、どうもバリバリ吹く楽器ではなさそうなのだけれど、これが案外ジャズに合う。とは言っても、私はToots Thielemans以外のジャズハーモニカ奏者は知らないけれど。それでも彼の音楽は一度聴くと忘れられない。

Toots Thielemansについて調べてみたら、彼はベルギー出身のようだ。なぜかずっとオランダ人だと思っていた。彼は、もともとジーン・シールマンスという名前で通っているギタリストだった。たしか、ジョージシアリングのバンドでリッケンバッカーを弾いていた。そんな彼が、ツアーバスの中でハーモニカを口笛のように吹いていたところ、そのハーモニカの才能が認められ、ハーモニカ奏者としても有名になった。Tootsというのは、彼のハーモニカのサウンドから取られたニックネームだ。

私は、彼のハーモニカが好きで、時々レコードやCDを引っ張り出してきて聴いている。特に、ライブ盤で「おもいでの夏」をやっているレコードが好きで、月に一度ぐらいの頻度で聴く。「おもいでの夏 the summer knows」の演奏の中で、彼のバージョンが一番好きだ。ハーモニカの独特の浮遊感と、翳りがとてもこの曲に合っている。

私が、社会人になった時、初任給をもらい、すぐに楽器屋に行った。そこで、クロマチックハーモニカを買ったのだ。それも、HohnerというドイツのメーカーのHard bopperというモデルを。なぜ、このモデルにしたかというと、まさに、これがToots Thielemansが吹いていたモデルだったからだ。それぐらい彼のハーモニカが好きだった。

嬉しくなって、家に持って帰り、ふたを開けると紙が入っていた。説明書かと思って開いてみたら(説明書が要るほど複雑な楽器ではないのだけれど)なんとそこには、Toots Thielemansからの手紙が入っていた

Dear Harmonica Friend

から始まるその短い手紙には、「自分自身とお前らのために、一生懸命この楽器を開発したから、せいぜい一生懸命練習しなさい」と書かれていた。気がする。

音は簡単に出た。

しかし、この楽器が難しいのである。五線譜を読める方々にはなんの苦労もないのかもしれないけれど、音符を読めない私にはCメジャースケールは簡単に吹けるのであるが、それ以外のスケールを吹こうと思うと、非常に難しい。

結局、まともに吹くことすらできずに、その楽器は私の部屋の片隅に追いやられてしまった。シールマンス先生、申し訳ございません。

こんなに難しい楽器だと思っていなかったので、改めてシールマンス先生を尊敬した。

そして、今でも時々、この楽器を出してきては、でたらめに吹いてみて、また挫折するのである。

Toots Thielemans数多くの名盤があるので、ぜひ、聴いてみてください。懐かしいハーモニカの音の中に、哀愁があり、ドラマがあります。