憧れのピアニストがやってきた! C. BECHSTEIN Vを弾きに。

10日ほど前に、我が家にベヒシュタインのグランドピアノを迎え入れた話は数日前に書いた。とても愛おしいピアノである。1896年製だから、モダンピアノではあるのだけれど、もはや古楽器の領域にありそうな年代ものである。今までとても大切にされてはきているのだが、当然、いろいろなところにガタがきている。もう数十年前(ひょっとすると50年以上前)にオーバーホールされた形跡があって、そのとき弦も交換されているようだが、それからすでに長い月日が経っている。これからはそうとういたわってあげないと、すぐにでも壊れてしまいそうだ。

早速、書斎で使っていた除湿機をピアノのあるリビングに持って行った。これでなんとか湿度は50%〜60%に落ち着いた。湿度がおちついたとしても、なにせ古いものである。すでにピン板の表面にも、響板にもいくつものクラックがある。あまつさえ、フレームにも小さなヒビが入っている。本当に、心配である。家族のうちの誰かが体が弱く病気がちであるのと同じぐらいか、そのくらい心配である。

それでも、楽器である。演奏しないことには、コンディションが保てない。弾いていないと、ちょっとした楽器のコンディションの変化に気づくことができない。だから、できるだけ毎日弾けばいいのだけれど、仕事から帰ると疲れ果てて、ピアノを練習する気力が湧かない。

そもそも、我が家にはピアノを弾けると胸を張って言える人は一人もいない。娘は全く音楽に興味がないのかもしれないし、妻も、結婚してからピアノに向かっている姿は2度ほどしか見たことがない。これでは宝の持ち腐れである。

それで、とても困ったもんだと思っていたのだけれど、私の好きなジャズピアニストの方に、うちに古いベヒシュタインのグランドピアノが来たと自慢したところ、自宅まで来てくれた。

憧れのピアニストである。

もう、5年ほど前だろうか、それとももっと前だろうか。私は学生時代の友人、佐野大介さんのライブを聴きに行った。そのときは彼と会うのも、10数年ぶりである。ジャズのドラマーになったという話を別の友人から聞きつけ、それではライブを聴いてみようと思い恵比寿のライブスペースに行った。

彼のバンドでピアノを弾いていたのが、彼女だった。小柄で可愛らしいのに、ピアノはパワフルで、ダイナミック、それでいて、まだ少し不器用さが残るジャズピアノを聴かせてくれた。不器用さというのは、正しい表現ではないかもしれない。ものすごく上手いのだが、どこかジャズになりきっていないというか、ジャズに染まっていないスタイルだった。

それから2年ほど、彼女のライブにはほとんど足を運んだ。幸い、妻もよく理解をしてくれていたのか、呆れていたのかわからないけれど、月に5回ぐらいはライブを聴きに行った。

一度、佐野さんと彼女が代官山のレストランでライブをやったときに、妻を連れて行った。ライブの後、佐野さんと彼女に妻を紹介した。妻とは学生時代からの仲なので佐野さんは妻をよく知っているのだけれど、ピアノの彼女とは初対面であった。

娘が生まれたとき、彼女のような素敵な表現者になってほしいと思い、彼女の名前を拝借した。

その、ピアニストが私の自宅で、ピアノを弾いてくれた。彼女がピアノを弾いている間、娘はひたすらお土産でもらった紙相撲に白熱していた。きっと、うちの娘は大物になるだろう。

佐野さんのライブで彼女のピアノを初めて聴いたときから、彼女の演奏スタイルはどんどん進化しているのだろうけれど、はじめに聴いたときにすでにスタイルは出来上がりつつあったし、この5〜6年でメキメキと頭角を現してきている実力派のアーティストになった。パワフルさやダイナミックから、もっと洗練されたタッチになったと感じ、いや待てよ、もともと彼女はこういうタッチだったかもしれんなどとも思った。

横浜モーションブルーでの自身のバンドのワンマンライブ、たくさんのライブハウスでのサックスとのデュオでのライブ、ミュージカルのバンドでの国内外での演奏、など多岐にわたる活動で彼女の音楽の幅は確実に広がったのだろうが、初めに聴いた頃も、ジャズのスタンダードならどんな曲でもサラリと弾いてしまう多彩さはあった。そうだった、初め聴いたときから凄かったのだ。

書斎のRhodesも弾いてもらった。このいつもいじっているRhodesから、こんなにもそれっぽい音が出るんだということを知って、驚いた。私のローズで素敵な曲を弾いてくれた。「素敵な曲ですね。誰の曲です?」と私がたずねると、「今テキトウに弾いてみただけです」と彼女は答えた。

最後に、一曲ベヒシュタインで、私の好きな曲My Foolish Heartを弾いてもらった。間近で演奏を聴けるのはもちろん、わたしにとって特別な体験だけれど、それにも増して、My Foolish Heartって素敵な曲だな、としみじみと感じた。

このピアノが、さらに特別な楽器になったような気がした。彼女のように自在にこの楽器を弾きこなせなくても、せめて、My Foolish Heartのさわりの部分だけでも弾けるようになりたい。そう思っている。

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