もっとこのピアノに向かっていられるように、弾けるようになりたい。 C. BECHSTEIN V

二日連続で同じ楽器について書くのは、読んでいただいている方々にとっては退屈かもしれないけれども、今夜も自宅に来たC. BECHSTEINのVについて。

ベヒシュタインというピアノブランドは、三大ピアノメーカーの中でも最も知られていないかもしれない。なんといってもスタインウェイは有名で、世界中のピアニストがコンサートやレコーディングの現場で演奏しているし、自宅にいつかスタインウェイを置きたいと思っている方々は多いだろう。たとえピアノは弾かなくても、スタインウェイを自宅に置くことは、一つのステイタスでもある。ヤマハでもカワイでも、ピアノとしての用は足りるのだけれど、なぜかスタインウェイにはそれ以上のものがある。ベーゼンドルファーはちょっとピアノ通の方々に人気がある。アンチというほどではないが、スタインウェイ一辺倒なピアノの世界に疑問を抱いている方は、ベーゼンドルファーがいかに素晴らしい楽器であるかを世の中に広めたいと思われているのかもしれない。最近では美智子妃殿下(妃殿下でいいのかな?)がNHKで演奏されていたらしいが、ベーゼンドルファーはそういう上品な方々によく似合う。

ベヒシュタイン。この名前をきいて、どのくらいの人たちがピンとくるであろうか。ピアノ好きであれば、聞いたことはあるけれども、弾いたことはない、と言う方々がほとんどではないだろうか。私も、自分で1台目のピアノを買う時まで、ベーゼンドルファーとスタインウェイは知っていたが、ベヒシュタインは知らなかった。

たまたま、1台目に買うピアノをアップライトピアノにしようと決めた際に、ベヒシュタインを知った。アップライトピアノの世界でベヒシュタインは天下一品であると、ある楽器屋のサイトで読んだからである。ベヒシュタイン。初めてベヒシュタインのアップライトピアノを見た時、その質実剛健な姿からいかにもドイツの頑固楽器のイメージを私に与えた。それ以来、わたしにとってベヒシュタインは質実剛健そうなアップライトピアノのイメージだった。

しかし、実際に自宅にベヒシュタインを招きいれて弾いてみると、昨日も書いたように、なんとも可憐な音がする楽器である。特に高音部はスタインウェイのような強力にきらびやかに響くのではなく、優しく明るく歌う。ちょっと華奢なイメージを抱かせる高音である。低音はスタインウェイのようにギリっとした重低音ではなく、素直ですこし落ち着いた高音である。中音域は、なんと表現すれば良いかわからないけれどとてもハキハキとしている。学生に例えると(なぜ学生に例えるのかはわからないが)スタインウェイがアメリカからの留学生だとすると、明るく健やかで小柄な女子学生のような楽器だ。

それでいて、このグランドピアノを弾いていると、体が音に包まれているような感覚がする。2メーターという、グランドピアノでは中型のサイズではあるのだけれど、スタインウェイやベーゼンドルファーであれば貫禄十分な感じがするのだが、ベヒシュタインはもうすこし等身大でいて、美しい楽器といえる。

私は自宅のピアノに音量は求めていない。それよりも、楽器としての魅力であったり、素朴さ、素直さを求めている。私は人前で演奏できるようなピアノの腕を持たないが、それでも、このベイビーグランドは私に寄り添っていてくれる。

新品のベヒシュタインも弾いたことはある。今の楽器であるから、私の120年前のピアノよりもずっとパワーは出るけれども、スタインウェイのグランドピアノのような、身体の骨を揺さぶるような重い音の出る楽器ではない。新品のベーゼンドルファーはほんの数度、いじらせていただいたことはあるけれど、もう少し霧に包まれた中からの輝きのような音がした。どちらも確かに素晴らしい楽器であった。スタインウェイは迫力があり、ベーゼンドルファーがコロコロ転がるような音だとすると、ベヒシュタインはハキハキした音がする。一音一音を確かめながら弾きたくなる楽器である。

生産されてから120年が経つ私のピアノを現在の新品のピアノと比較すること自体に無理があるのだが、新品の楽器には色々と各社の味付けがされているの対し、私のピアノは懐かしく、味付けが濃くない楽器である。そこに、地味さではなく、年輪を重ねた大木のようなものを感じさせてくれるあたりは、さすがに3大ピアノブランドの一つである。

何よりも、帰宅すれば、自宅のリビングにこの愛おしい楽器があるということが1日経っても信じられない。そして、この楽器について想いをめぐらせたり、古く傷んだ箇所を思うたびに、「大切にしなくてはならない」という思いと今まで私が手元に置いてきているすべての楽器に感謝と敬意を感じざるをえない。

あー、自由自在に弾けるようにならなくても良いから、もっとこの楽器に向かっていられるぐらいピアノを弾けるようになりたい。