言葉の通じない街の居心地の良さ

言葉の通じない街の方が居心地が良いのではないか。

上海に旅行に来て三日目、街を歩いていても、何を書いてあるのかさっぱりわからず、店に入ってもさっぱりわからず。地下鉄に乗ってもさっぱりわからず。土地勘がなく仕方がないから、タクシーに乗ってもさっぱりわからず。さっぱりわからないまま3日間が過ぎた。

まだ、繁華街しか行っていないけれども、これが住宅街とかになるとさっぱりわからず具合がさらにますのではないだろうか。

店に入って、値段がわからないというのも困ったものだ。こっちの人たちは商品に値札をつける習慣がないのか、それとも、客を見て値段をつけているのか、さっぱりわからないけれども、値札が付いていない店が多い。逆に、値札が付いている店は外国人向きの高い店と、飲食店ぐらいか。タクシーはメーターが付いているから、値段が分かって大変よろしいが、そう贅沢にタクシーばかり乗ってもいられないし、タクシーに乗ったところで、どこに行けば良いのかさっぱりわからない。

この、さっぱりわからなさ加減が海外旅行の良さなのか。

わからんが、確かに周りの人が何を話しているのかわからないのは心地いい。ほとんど買い物もしないので、こっちから何か話しかける機会もないし、会話をしなくても不自由はしない。むしろ、会話をしなくて良いから、独りになれるようでとても助かる。

東京の暮らしに居心地の悪さを感じていた私には良い刺激になっているのではないかと思う。

泊まっている宿が、もうすこしマシなところだったら、もっとゆっくり滞在したいのだが。