私だけのお気に入り Blue Mitchell “Stablemates”

ジャズのアルバムを買うのは難しい。

全部試聴してから買えばいいのだろうけれど、そんな暇があったら、ジャケットを眺めたり、サイドマンやら、収録曲で適当にアタリをつけてとりあえず買ってみるほうが、好みのレコードにあたる可能性が高まる。そもそも、ジャズのアルバムは玉石混交で似たような内容のものが数多存在するので、その中でお気に入りの一枚を見つけるのは難しい。

いわゆる名盤とか呼ばれていない、一見地味なアルバムが、とっても自分に響いてくることもある。だから、そういうやつをいちいち試聴していたら、日が暮れてしまう。よく、DJの方々なんかが熱心に試聴してから購入していたりするけれど、あれは、それなりの知識があって、「どうもこれはすごく良いらしい」という情報をもとにアタリをつけてから試聴しているからできるんだと思う。詳しいことはわからんが。

そういう知識があんまりない私は、とりあえず「名盤100」とかのシリーズから数枚を買って聴いてみて、気に入った演奏があれば、それを演奏しているメンバーの名前を覚えたり、曲名を覚えたりして買ったり、ジャケットを見て良さそうだったら買ったりしている。予備知識があって買っているアルバム7割、残り3割はジャケ買いだ。

だから、良いアルバムに当たる打率は低い。演奏は素晴らしくても、ものすごく上手くても、自分の好みに合わないのが大半なのである。これは、一生懸命演奏していただいた方々には申し訳ないのだが、味覚みたいなもんで、こっちには好き嫌いがある。いくらおいしく調理していただいても、いくら高級食材や、その土地の名物を使ってくれても、好みに合わないものは仕方ない。

それでも、世の中良くできているもので「名盤100」とかのシリーズは、確かにどれもそこそこ味わい深く、聴ける。いい意味で万人受けするアルバムが多いのだ。ジャズ、というと、なんだかこだわったほうが良いのではないかと思いがちな私を、ジャズの名盤はリセットしてくれる。

ジャズは、こだわんないで、名盤だけ聴いていればあるいみ間違いない。間違いなく、楽しめる。そりゃ、名盤と呼ばれているジャズレコードの8割ぐらいはお好みに合わないものかもしれないけれども、それでも、半分くらいはお好みに合わなくても楽しめる。音楽とは不思議なもんだ。お好みに合わなくても楽しめちゃうことがある。けっこうな割合である。

だから、名盤だけ買っていれば安泰なのだけれど、そういうわけにもいかないのが人情である。「駄盤」と呼ぶと失礼だが、そういう、よく分からない評価が定まらないレコードの中に本当に自分の好みにぴったりのものが見つかることがある。これは、外出していてふらっと入った店を気に入ってしまうことがあるのと同じような感覚で、なんとなく、自分の好みに合いそうな聞いたこともないレコードを買ってみて、「やっぱり良かった」、「すごく良かった」ということが稀にあるのだ。この喜びは筆舌に尽くしがたい。

自分だけのお気に入りだと思っていたレコードについて、ジャズが好きな友人にこそり話すと、「あれ、良いよね」なんて言われることがある。「なんだ、こいつまで知っていたのか」と驚くのだが、そういうアルバムは「隠れ名盤」とか呼ばれている。その、自分だけの「隠れ名盤」を探すのがジャズレコード鑑賞の一つの楽しみなのだ。

だから、名盤だけを買っているだけでは、そういう裏の楽しみを味わえない。別に楽しめなくても一向に構わないし、幸せな人生は待っているのだけれども、それだけで終わる人生はなんだかつまらない。秘境に足を踏み入れてこそ、人生の醍醐味を味わえるかもしれない。ジャズレコードにはそういう罠が潜んでいる。

そういう罠をくぐり抜けて生きているのがジャズを回すDJだろう。彼らは、秘境の奥深くまで入り込み、徳川埋蔵金のようなレコードを発掘してくる。CD化されていないような「隠れ名盤」をしこたま発見してくる。

しかし、隠れ名盤は、多少贔屓目に評価していることも忘れてはいけない。自分だけのお気に入りだから、多少の粗は気にならなかったりする。それでも愛せるかどうか、が真の愛なんだと思う。

今夜はその、真の愛の中から、Blue Mitchellの「Stablemates」を聞いている。1977年になって、ジャズなんてとっくのとうに見切りをつけていたと思われていたBlue Mitchellがアルバム一枚、ストレートアヘッドなジャズを吹き込んだ名作である。