危なげなく名作を連発するVince Gill

以前にも同じことを書いたかもしれないけれど、カントリーのシンガーソングライター、Vince Gillが好きだ。Vince Gillは、曲が良い、歌声が良い、ギターが上手いの三拍子揃っていて、今のカントリーの世界ではトップのミュージシャンだと思う。

ヴィンスギルの曲は、透き通った中にアメリカの田舎町のような素朴さと土埃が漂っていて、時々都会的なセンスが感じられ、それがカントリーというよりもAORのようで子供には到底わからない素晴らしさだ。カントリーミュージックが苦手だという人でも、彼のアルバムであれば一枚を通して聴けるかもしれない。

リリースするアルバムがどれも名盤で、作品は少なくはないのだけれど、当たり外れが少ない。そして、何よりも私が彼の音楽を好きな理由は、味付けが濃すぎないことだ。これは、カントリーミュージックで実現することはとても困難なことなのだ。

カントリーミュージックが苦手だという方の多くは、その味付けの濃さが苦手なんだと思う。シンプルなスリーコードの進行、いかにもというテレキャスターとスチールギターの絡み、鼻にかかった歌唱法。どれを取っても味付けが濃い要素ばかりだ。ヴィンスギルの音楽にも、その要素は多分に含まれているのだが、どれもが爽やかに楽曲の中に溶け込み、主張が強くない。それでいて、心に残る曲ばかりなのだ。

バックを固めるミュージシャンも、かっちりしすぎず、ちょっとレイドバックしていて、カントリー好きの心をとらえる。まさに良いことづくめのシンガーソングライターである。

朝一で聴こうという気分になるカントリーミュージックはあまりない。アメリカ人ならまだしも、東京の寒空の下で起きがけにオメデタイカントリーミュージックのサウンドを堪能するのはなかなか体力がいる。カントリーの世界観に浸るのはカントリー好きのわたしでも案外体力を使うのだ。朝から騒がしいジャズを聴く気が起きないのと同様、あまり朝からカントリーは聴かない。

そんな中で、Vince Gillだけは例外で、朝からガンガン聴いている。ステレオのボリュームを上げて聴いている。聴いているうちに家を出なくてはならない時間になる時は、仕方ないのでiPhoneで聴いたりしている。

彼は優れたギタープレーヤーでもある。50年代のテレキャスターを自在に操りカントリーリックをキメる。カントリーギタリストを志すものには憧れのギタリストの一人である。

今夜は彼の2016年のアルバム「Down to my last bad habit」を聴いている。このアルバムもブレずに良いアルバムに仕上がっている。ヴィンスギルが日本で大ブレイクしないのは(まあ、することはまずないとは思うけど)彼の音楽の危な気のなさなのかもしれない。

普段カントリーを聴かない人でも楽しめそうなアルバム Vince Gill 「Guitar Slinger」

カントリーのギタリストのアルバムはバカテクのギターが前面に押し出されているものが多くて、ギターが好きな人間でもアルバム一枚を通して聴いて楽しめるというものは少ない。大抵は、その凄さに参ってしまうのだ。ヘビメタの早弾きギター中心のアルバムを聴いているのと変わらない。

世の中には朝から晩までああいうバカテクものを聴いていて楽しめるという方もいるということはうかがっているが、私にはキツい。かつて、朝から晩までバンヘイレンをかけている店で短期間働いたことがあったが、あれは音楽を無視して過ごしていたからなんとかなった。仕事だからBGMは無視できたのだ。

しかし、無視するような音楽をわざわざ聴くことはない。お店ならともかく、自宅では音楽をできれば楽しみたいし、せっかくかけるならある程度耳を傾けるような音楽をかけたい。

一方で、カントリーのバカテクギターを聴いていると、なんだかハッピーな気持ちになれることは確かで、興奮する。興奮した高揚感を味わうには、Brad Paisley、Scotty Anderson、Johnny Hiland、Brent Masonとかのモダンなものから、Roy Clark、Jerry Reedたち大御所など、その他大勢素晴らしいプレーヤーはたくさんいる。それぞれに持ち味があって、一言にバカテクカントリープレーヤーと言っても味わいは異なる。彼らのアルバムの中には、あまり体力を消耗しないでもじっくり何度も聴けるようなアルバムがある。

Vince Gillもバカテクのカントリーギターを弾けるギタリストの一人だ。YouTubeで検索するとAlbert LeeやDanny Gattonと共演しギターを弾きまくっている映像が出てくる。実際、クラプトンのクロスロード・ギター・フェスティバルなんかにも出演していて、いわゆる「ギターヒーロー」の一人として数えられている。

けれども、Vince Gillの本当の魅力はその一度聴いたら心に残る透き通った歌声と、曲の良さ、アルバムとしての完成度だと思う。特に、彼の曲にはいかにもカントリーのような曲もあるが、時としてカントリーのアルバムに入っているにしてはずいぶん都会的で垢抜けたものがある。そういう曲を、彼の声で聴いているととても落ち着く。バラードもカントリーにありがちなベタベタする感じにならずに、さらっとしていて新鮮である。

彼の「Guitar Slinger」というアルバムは、タイトル通りヴィンス・ギルのギタープレイもそこそそ聴けるのだが、それよりも、ギターだけでない彼の音楽の魅力がたくさん詰まっている。一曲目はギターのイントロから始まるのだけれど、アルバムを聞き進むにつれて、なぜこのタイトルなのかちょっとわからなくなるくらい、ギタープレイではなく曲そのものの魅力に耳が惹きつけられる。曲が彼の澄んだハイトーンボイスにとても合っている。ギターがギンギンの一曲目から始まり、洗練されたポップな曲、ちょっとカントリーテイストの曲、リラックスした優しいバラードなんかが散りばめられており、くつろぎながらアルバム一枚聴きとおせる(54分)。

特に5曲目の「Who wouldn’t fall in love with you」が良い。少しけだるい感じのスローテンポの曲。ラブソングで、祈るような切なさがあるのに、熱すぎない。熱唱というのではなく、ため息のような歌だ。4曲目のちょっと泥臭いロックな感じの曲の次に、雰囲気を変えたスローでけだるい曲がくるので、アルバムの前半でとても大きなアクセントとなっている。そして、そのアクセントのおかげで、このアルバムに引き込まれるのだ。

この曲で聴ける彼のギターは、ちょっと控えめだがとても存在感がある。短いギターソロも、歌のバックのオブリガードも、静かで、レイドバックしていて、それがこの曲の雰囲気を作っている。やっぱり、ヴィンス・ギルはすごいギタープレーヤーでもあるんだなあと再確認させられる。

確かにこのアルバムに入っている曲の節々でそういう風に曲のテイストを構築するさりげないギターが入っているから、「 Guitar Slinger」というタイトルなのかなあ、などと改めて考えてみたが、どうなんだろう。

典型的なカントリーのアルバムではないけれど、カントリーを普段聞かない方が初めて聴くカントリーのアルバムに選んでもいいと思う。とっても素敵な曲がたくさん入っているし、カントリーテイストの曲ですらあっさりしているから、「よし、カントリーを聴くぞ!」という気分じゃなくても聴ける。

とは言っても、バックバンドにはフィドルもペダルスチールギターも入っているので普段カントリーを聞かない方には十分カントリーのテイストを味わってもらえるかと思います。