ピアノ伴奏の理想形(私の中で) Randy Newman 「 Live」

ピアノ弾き語りというのにすごく憧れる。

ピアノ弾き語りといえば、Billy JoelとかElton Johnが有名。ああいう風に自分の歌をピアノ弾き語りで歌えたらどんなに素敵だろう。あの、ピアノという持ち歩けなくて、嵩張る、不自由な楽器を選ぶのもなかなか素敵なことだと思うけれど、なんといってもピアノのあの現代ではありふれた音色で伴奏をして歌を歌うというのがいい。

もともと私はピアノの音が嫌いだった。幼少の頃ピアノのレッスンを受けたが、今は全く弾けない。そのことがコンプレックスになって、ピアノの音を聞くと嫌な気分にすらなっていたのだ。そもそも、ピアノのレッスンというのが忍耐を強いるものであり、嫌だった。テキストみたいのがあって、その通りに弾かなければいけない。「間違え」というものが歴然と存在していて、その音符ではない音を弾いたり、異なったリズムで弾けば間違えである。そして、その間違いを起こさないために延々と練習しなくてはいけない。間違えると、教官に怒られたりする。

ピアノのレッスンについて覚えているのは、音楽というのは辛く苦しいもので、練習をしなければ絶対に上手くならないということを、間違えるたびに再確認したことだ。そのこともあって、中学校に入るまで音楽はどちらかというと嫌いだった。

中学に入り、エレキギターを買った。今度は、誰にも習わずに、エレキギターを弄った。練習したのではなく弄った。コードの押さえ方とかについては、きちんと音がなるように我流で何度も練習したが、その他についてはほとんど真面目に練習しなかった。そのために、それから25年が経った今でも、まともにギターは弾けない。ギターソロというものが弾けない。ヘビメタの早弾きももちろんできない。ジャズやクラシックは弾けない。しかし、自分が楽しめる程度には引くことができる。誰にも聴かせることのできるクオリティーではないけれども、ギター弾き語りで歌を歌うことはできる。

ギターに慣れ親しんだら、音楽コンプレックスが軽減してピアノの音も嫌いではなくなった。二十歳頃のことである。それでも、ジャズのピアノトリオなんかを聴けるようになったのは30歳をこえた頃からである。20代の時に遅ればせながらビリージョエルなんかを聴きだして、ピアノ弾き語りに憧れをもった。いつかピアノを買っていじってみたいと思った。

その夢が叶って、35歳の時に自宅にピアノを買った。電子ピアノの音だとすぐに飽きて弾かなくなると思ったので、アップライトピアノを買った。生ピアノは音量の調整とかができないのでいい。誠にピアノらしい。ピアノは「小さな音も大きな音も出る」という意味でその楽器の名前がついたそうだが、今日、東京都内の住宅街でピアノを弾くとかなりうるさい。小さい音で弾こうとしてもうるさい。幸い、自宅が高架線沿いなので、多少のうるささは許される環境なのだが、うちの中にいる家族には十分うるさい。

そのうるさいピアノを、弾けもしないのにいじっているのである。誰に習うこともなく、気が向いたときに、歌詞カードとコード表だけを頼りに弾き語りの、伴奏の部分だけ我流で練習している。もう少し慣れたら、弾き語りの伴奏の仕方の教則本でも買ってこようかと思ったりもするが、きっといつまでもそこまで上達する日は来ないだろう。

理想のピアノ弾き語りはRandy Newmanである。Randy Newmanの「Live」というアルバムの弾き語りのスタイルがいい。ピアノが必要最低限の伴奏を行い、小難しいことはせず(実際のテクニック的には難しいのかは知らんが)、ソロは殆んど弾かず、歌の伴奏に徹している。元ピアノ嫌いとしてはピアノ伴奏の入り口であり、理想像である。

ランディニューマンの唄も歌詞もとっても良い。英語の歌詞の内容は正確にはわからないが、聞き取れるだけでユーモアと皮肉に富んでいて、それが結構差別的だったりするのだが、ランディニューマンの力の抜けた歌い方がそれをすんなりと歌い上げている。社会にメッセージをぶつけてやろう!という感じではなく、静かに嘲笑い哀しむというような歌だ。実際、彼の代表曲は政治的にも、社会的にもかなりヤバい内容の歌詞だったりするのだが、そんな曲が差別の対象とされている人さえもつい口ずさんでしまうような、不思議な魅力がある。

彼みたいに自然なピアノ弾き語りができるのであれば、別に彼の歌が歌えるようにならなくても構わない。

ビリージョエルのようにキリッとはしていないし、レイチャールズのようにソウルフルでもない、ジェリーリールイスのように乱暴でもないが、そういうトレードマークのようなものや、スタイルというものともまた違ったところで、ピアノというものの一つの魅力を最大限に発揮しているピアノプレーヤーだと思う。

ピアノを買って2年が経ち、未だ全く上達していない私は、今夜もRandy Newmanの「Live」を聴く。

 

良くできすぎているドキュメント 「エルスケン 巴里時代」

YouTubeでContemporary photography in the USAという80年代のドキュメンタリーを見ていた。10分弱のシリーズでいくつかあるようなのだが、Garry Winogrand、Mark Cohen、Joel Meyerowitzのストリートフォトグラフィーを解説しているすごく面白く、実際の撮影現場に密着していて何だか知らんが感心してしまった。まあ、偉大な写真家直々の言葉が聞けるんだから、感心したなんていうのもおこがましいのだが。

それで、インターネット上でWinograndやらMark Cohenの写真を何枚か見たりしていたのだが、どうもその写真の力強さに負けてしまい、本棚にある写真集までは見る気がしなかった。ウィノグランドとメイロウィッツの写真集はいくつか本棚に入っていて、結構好きで何度も開いているのだが、特にウィノグランドは写真に強いインパクトがあり、そういつでも見れない。

それで、もう少し親密な感じがする写真を見たくなり、たまたま本棚で目に付いたEd van del Elskenの「エルスケン 巴里時代」という写真集を手に取った。エルスケンが1949年にアムステルダムからヒッチハイクでパリに出てきた当初から「セーヌ左岸の恋」時代までの写真が収められている。そして、エルスケン自身によるものだろうと思われる(違うのかな)説明文がそれぞれの写真につけられている。エルスケンの写真家になっていく過程がこの説明文から窺い知れる。

初めの頃は路上で寝ている酔っ払いや浮浪者なんかを撮っているのだけれど、写真の距離感が近い。ただ傍観している写真ではなく写っている人たちに歩み寄ろうとしている。道行く人々や群衆を撮った写真の中でも、そういう親密さのようなものを感じさせるものがある。

ポスターを撮った写真がいくつか載っているのだが、ポスターを撮る時もエルスケンの眼差しはポスターの前を通る人、座る人たちに向けられている。本人は貧乏で大変だったらしいが、なんだか微笑ましいぐらい幸せそうな写真である。「セーヌ左岸の恋」が退廃的で仄暗い感じすら持っている中でも、この暖かい眼差しは変わらずにある。もし、この暖かい眼差しがなければ「セーヌ左岸の恋」はもっと悲惨な印象を受ける写真集になっていただろう。

この写真集の後半に「セーヌ左岸の恋」の写真も収められている。

それらの程よくドラマ仕立ての写真と説明文を読んでいると、印象的な構図も手伝ってエルスケンの視点に立っているかのような錯覚をおぼえる。というよりも、彼が作り出した「エルスケン」という登場人物の視点だ。写真だけでも十分ドラマチックであるとともに、説明文を読むとそれぞれの写真がつながる。写真一枚一枚が、写真家と写っている人物との親密さを感じさせる。そして、その一方で、こう言っては失礼だがちょっと良くできすぎている感がある。

その、ちょっと良くできすぎている感は、映画やテレビドラマのそれとも少し違って、歌謡曲のそれのような感じがする。

写真集の冒頭に戻り、酔っ払いや浮浪者の写真を見返しても、実際のエルスケンが何を感じ、何を見たのかについては、はっきりとはわからない。私が感じることは、この偉大な写真家が一貫して被写体との「近さ」を持っていたということと、日常でありながらも非日常的で非現実的な世界が垣間見られるということだ。

面白い写真集は数多あるけれど、古臭さも含めて、こういう写真集を作れるのはエルスケンだけなんじゃないか。

今ほどエモーショナルではないPatti Austin 「End of Rainbow」

Patti Austinという名前を初めて知ったのはArturo Sandovalのアルバムで「Only you(No Se Tu)」というArmando Manzaneroの曲を聴いた時だ。

サンドバルの朗々と歌い上げるトランペットもすごかったが、パティーオースティンのなんだかしっかりした歌唱がぐっと胸にしみた。彼女の声がすごく生々しくて、歌い出しはちょっと控えめで、曲の後半に向けてドサッとそのパワーをぶつけてきて、エンディングではしっとりと聴かせる。その迫力と展開の見事さに一気に引き込まれてしまった。オブリガードを入れるサンドバルが彼女の歌にぴったりくっついてきて、トランペットソロでぐっと盛り上げると、パティーオースティンも勢いづいてきてエンドコーラスでフルスロットルまで持ってきて、その後さらりとしたエンディングに落ち着く。曲の展開としてはオーソドックスだが、だからこそシンプルに心に響く一曲だ。

YouTubeでQuincy Jonesの何かの記念コンサートで彼女が「How do you keep the music playing」を歌うのを見たことがあるけれど、ちょっとハスキーになった声でミッシェルルグランの名曲を歌い上げる姿はカッコよかった。クインシージョーンズのプロデュースしたジェイムスイングラムとのデュエット版(スタジオ録音)でもパティーオースティンは、ジェイムスイングラムが熱くなっている横でクールに歌っていて、その対比もまたいいのだが、ライブでもスタジオでも、声量を存分に使って歌っている時も常に先の展開を考えて冷静にコントロールしているようで、単なる熱い音楽にならない。とは言っても、その一方で、とてもエモーショナルでとても興奮させられる。巧妙につくられた音楽でありながら、エキサイティングである。

今日はパティーオースティンのEnd of Rainbowというアルバムを聴いていた。1976年に録音されたアルバムだから、彼女が20代の頃のアルバムだ。

一曲目の「Say you love me」を聴いて、ずいぶん透き通った彼女の歌声に驚かされる。今のパティーオースティンの歌声はどちらかというともうちょっとこってりしていてハスキーだ。このスッキリとした印象はアルバムを通して聴かれる。

そして、このアルバムは全曲彼女のオリジナル曲で構成されているのだが、どの曲もクセがなくあっさりしている。CTIレーベルから出ているアルバムだから爽やかなフュージョンアレンジになっているということもあるかもしれないけれど、なんだかJames Taylorのアルバムを聴いているんじゃないかっていうような気分になる。日曜の朝から聴けるアルバムだ。

こういうスッキリ・アッサリしたアルバムは、いつでも聴けるかわりに印象に残りづらくて、かえってあまり聴かなくなってしまうものだ。実際、私も一年以上このアルバムを聴かなかった。

しかし、実際聴いてみると、 CTIならではの、ストリングスが入ってくるアレンジなんかがちょっと特徴的だが、サイドプレーヤーも豪華でこの時代のフュージョンのベストメンバーと言える安定したプレイだし、全体としてはサラーっと聴けてしまうアルバムなので、気分がのっていないときでも聴ける。

ちょっと今のPatti Austinのイメージで聴くと拍子抜けするかもしれないけれど、彼女のクールで制御されたような歌唱は、こういう時代から続いているんだなあ、と再確認させられる。

アルバムは一枚ずつ買って聴くに如くは無し Spinners 「New and Improved」

無理やり前向きにならなくてもいいのだけれど、あんまり内にこもった考え方や、後ろ向きにしか考えられなくなってしまったら、何もする気が起きなくなってしまう。今の私がまさにそうで、思考が内にこもってしまい、あれもダメだったこれもダメだったと色々後悔ばかりだったり、外に向かっていく気力が湧かないでいる。

世の中にはそんな気分でもちゃんと働いたり、学校へ通ったりして頑張っている人もいるのだから感心する。そういう人も、あー俺はダメだ、とか考えているのかもしれないけれど、考えながらでもできていることそのことがすごいと思う。

そういう人のことを考えていて、ああ、これではいかんと思い、前向きになれそうな音楽を聴くことにした。Spinners の「New and Improved」。まあ、前向きになれそうな、とはいっても所謂「元気出る」系の音楽の中では結構ソフトな部類なんだけれど。

そもそも、「元気出る」系の音楽は聴くのに体力がいる。元気がなければ聴けないような音楽が多い。だから、本当に元気がないときにはかなりソフトな音楽を聴くのだ。

Spinnersのこのアルバムは、ポジティブでハッピーな曲ばかりが入っている。どの曲もさすが名プロデューサーThom Bellのアレンジだけあって、とってもポップでSpinnersを初めて聴く人にも優しい。聴きやすい。特段ブラックミュージックに興味がない方だって、ソウルなんか聴いたことがなくたってアルバム一枚聴きとおせる。聴き通して、なんとなく明るい気分になれる。

このクオリティーでアルバムを何枚も作れるっていうのもすごい。まあ、ビートルズとかああいう方々は別扱いするとしても、アルバムのどの曲も印象的で、あるべきところに収まっているというのはすごいことだ。試しに、Spinnersの曲を20曲聴かされて、10曲選んでちょうど上手いこと並べてみろと言われたって、こんなに上手いこと並べられない。さすがThom BellとSpinnersである。

音楽は、こういう風にパッケージとして楽しめる側面もあるから、アルバムは一枚ずつ買って聴くべきである。

こんなことを思ったのは、実は私はこのアルバムを「Detroit Spinners original album series」というアルバム5枚詰め合わせで買って持っているからである。Spinnersのアルバムはどれもとても良くできているのだが、5枚も一緒に買ってしまうと、一枚一枚じっくり聴けない。大抵は、5枚の中のヒット曲や、好きな曲だけピックアップして聞いてしまう。これではベスト盤を買って聴いたほうが金も時間も手間もかからない。

幸運なことにこのアルバムは、何かの際にアルバム一枚通して聴いたことがあって、そのアルバムとしての完成度の高さに惹かれたのだ。どの曲も、いい曲だし、それでいて主張しすぎないし、ヒットした曲ですらアルバムの中に自然とおさまっている。単なるシングル曲の羅列になっていない。

元気がないときに聴ける数少ない「元気が出る」アルバム。まあ、効果は人によって異なるかとは思いますが、たとえ元気が出なくたって、いい音楽であることは間違いないですから。

ファインプリントの大家には申し訳ないが The Aperture history of photography series 「Wynn Bullock」

こう言ってしまえばミもフタもないんだけれど、写真集というものでみる写真と、展示のプリントで見る写真は大きく異なる。当然、見た時の印象も異なる。写真集で見た時はいまいちピンとこなかった写真も、展示プリントで見てみるとなんだか結構インパクトのある写真だったなんていうこともある。逆のこともある。まあ、いい写真は写真集で見ても展示で見ても大抵はいいんだけれど。

これは、写真集というのが印刷で、プリントは印画紙に焼いているという違いもあるのかもしれないけれども、最近は展示プリントも印刷のことが多いし、写真集の印刷の質も上がってはきている。

だから、この印象の違いは、本というフォーマットで自宅や本屋で見るのと、ギャラリーや美術館での展示というシチュエーションの違いと、一枚のプリントにかかっている手間(クオリティーか)の違いからくるのかもしれない。

こんなことを考えたのは、今手元にApertureから出ている「The Aperture history of photography series」という写真誌に残る有名な写真家の作品を写真家ごとに一冊づつの本にまとめたシリーズの「Wynn Bullock」の刊があり、それをめくっていてふと思ったのだ。

Wynn Bullockはモノクロの美しいプリントを作ることで有名な人で、この写真集も、その美しいプリントを印刷で再現しようとしている。濃く引き締まった黒と、なめらかなグラデーションを再現するグレーと、スーっと浮き出るような白を再現するのに、結構頑張っている。そして、印刷にしてはなかなか善戦している。印刷のコントラストも高めで、本の値段の割によく再現されていると思う。

Wynn Bullockのオリジナルプリントを一度どこかの美術館で見たのだが、本物のプリントはやはりこの本の印刷とは次元の違う凄さがあった。黒の深さが思っていた以上で、写真はここまで豊かに黒を表現できるのかと驚いた。個人的にはアンセルアダムスのプリントよりもインパクトが強く、圧倒された。

かといって、この写真集「The Aperture history of photography series」ではWynn Bullockの写真を楽しめないかというと、そういうわけでもない。この本でも十分彼の写真を見て楽しむことはできる。この写真集のページをめくるだけで、いかに彼がこの世の質感や風景の中のコントラストにこだわったかが伝わってくる。それだけではない、彼の写真の世界は、まるでこの写真世界が本当は私たちの見ている世界と全く別の場所に存在しているのではないかというような感覚になる。写っているものそのものが何かという問題よりも、どう写っているかに目がいく。彼が写しているのは、確かに現実の世界なのだろうが、この世には存在しない架空の世界になっているのだ。

この写真集でも、そういう世界を感じることができる。一点一点のインパクトという意味ではオリジナルプリントの方が強いかもしれないけれど。むしろ写真集の方が、まとまった数点を繰り返し見ることができるという意味では、彼の写真世界に浸ることが容易にできるというメリットがあるとも言える。印刷で、プリントの凄さを見せつけられないが為に、写真のテーマの方に目が向くというか。いや、Wynn Bullockの作品は美しいプリントも含めて作品のテーマなんだろうけれど。

この際、一度、印刷のクオリティーの低い本で Wynn Bullockの作品をじっくり見てみたい。その時、今まで見えなかった Wynn  Bullockが見えてくるかもしれない。

ミニマリストになれる日は来るのだろうか

身の回りが物で溢れている。CD、レコード、もう読まないであろう本、大して弾かない楽器、使っていないカメラなんかだ。

ミニマリストというのにちょっと憧れる。必要最低限のものを持つ生活。それ以外のものは持たない生活。そういうのが一時期流行ったことがある。家もシンプルな内装で、家具も少なく暮らす。

そういえば、高校で習った漢文の教科書にミニマリストの話が出てきた。誰のなんていう話だったかは忘れたが、あるおじさんが川辺で生活していて、ほとんど持ち物がない。ミニマリストを追求していてもう本当に何にも持たないって決めていて、いらないものはことごとく捨てる。いりそうなものすら持たない。そういう生活を送っていた。ある時、そのおじさんが水を柄杓で汲もうとして、ああ、いかん、ワシは断捨離できとらん、この柄杓をまだ持っていたではないか!水なんて手で汲めばいいじゃないか、と言って柄杓も捨ててしまうという話であったと記憶する。だからそのおじさん、結局スマホと予備のガラケーと電気シェーバーだけ持って荒川の河川敷で生活していた。

こういう生活、なんだかしがらみがなさそうで気持ち良さそうだ。そういうのも良さそうだ。

どうせ死んでしまえば、この世界から何も持って出ることはできないのだから、今のうちにも余計な財産は処分しておく方がいいのかもしれない。私が死んでしまった後残された家族が、遺品を整理するときに処分に困るのも気の毒だ。あの世へ行く時には、すべてを捨てていくのだ。

私の祖父は北海道の名寄という町に住んでいたのだが、身の回りじゅう物で溢れかえりながら暮らしていた。家の敷地もある程度広かったのだが、そこには壊れた自動車が数台と、無数の壊れたテレビ、壊れたステレオやラジオが転がっていた。家の中にも壊れた機械関係のものがたくさん置いてあって、元々商店をやっていたスペースいっぱいにガラクタがぶちまけられていた。

祖父が80代に差し掛かった時、祖父の痴呆も進んでいたので、うちの父が祖父母を札幌の家に呼び寄せた。もう心配だから、札幌で一緒に暮らそうというわけである。

ほんの1月だけという嘘をついて、祖父を名寄から札幌の家に来させた。祖母は、これから一生名寄には戻らないとわかっていたが、何も知らない祖父は着の身着のままと言っても過言ではないくらい少ない荷物で札幌に越してきた。財産の全てを残してである。

結局、祖父母が名寄に戻ることは二度となかった。二人とも死を迎えるまで札幌で過ごした。祖父は札幌に引っ越してきてからすぐに、痴呆老人を面倒見てくれる病院に入院したので、身の回りにガラクタを集めることもできなくなった。名寄を出た日から究極のミニマリスト生活にシフトチェンジしたのだ。

ある意味、祖父は札幌に引っ越してきた時点で既に「死んだ」のかもしれない。すべての持ち物を捨てて、痴呆でわけのわからなくなりかけた体だけを持って移住してきたのだ。ほとんど死ぬためだけに。

そういう祖父を見ているので、ミニマリストにシフトチェンジすることがなんだか怖い。そもそも、捨てることができない。自分が薄っぺらいから、捨ててしまうことによって何も無くなってしまうのではないかとも思う。そして、おそらく本当にそうなるだろう。持ち物を失うと何もできなくなってしまいそうだ。

しかし、その一方で、今持っているものは、火事や津波なんかに見舞われればひとたまりもないわけで、一気に全てを失う。生きているうちに、そういうこともないとは言い切れないので、やはりいつもどこかで身の回りにあるガラクタに依存しないで生きていく方法を考えていなくてはいけない。

今は幸い、クラウドサービスなんかが便利なので、写真なんかはすべてクラウドストレージに突っ込んどけばいいわけなんだが、どうもこう、現物がないと安心できない私は、フィルムで写真を撮影し保管したりしている。

私はいつになったら物から自由になれるんだろう。

不謹慎の許されない世界が見えてきて怖い After 9/11 Nathan Lyons

よく、社会を賑わすような事件や、災害があると、必ずそのことをネタにした不謹慎な発言をされる方がおります。
そうすると、今の時代だとインターネットやなんかで「コイツ不謹慎な発言しやがって」とのように広がったりします。それで、その元の発言をした人が有名人だったりすると釈明会見をしたり、ブログやSNSだと、そこが荒れたりします。

これはまあ、被害者とかの気持ちになってみると弾劾されるのはある意味仕方ないことで、だいたい社会を揺るがす事件の場合、マスコミや社会の大多数は被害者・被災者の味方をするもんです。それは全然異常なことではないと思います。

しかしながら、時間が経って見返したとき、それらの「不謹慎な発言」の一部が事件や災害への人々の反応の異常さや、事件の本質をついた発言だということがあります。そのときは不謹慎だったけれども、後で考えてみるとあいつなかなか深いことを言っていたんだな。なんて思ったりします。

これが、小さな事件だと不謹慎で済みますが、戦争とか革命とか国家を巻き込んだ事態だと「反逆」だとか言われてしまって、最悪国によっては投獄されたりします。

堀田善衛の「若き日の詩人たちの肖像」なんかは、二二六事件から開戦までに行われた左翼狩りについてシニカルに書かれておりますが、あれ、時間をおいて書かれているからいいものの、本当に「若き日」当時にあんなことを大っぴらに言っていたら留置所に置かれるだけでは済まなかったでしょう。けれども、ちょっと不謹慎な視点があの小説ではとても重要な構成要素なのです。不謹慎も、時間をおくととても重要性を持ってくる一つの例と言えましょう。

ニューヨークの同時多発テロ(9/11)、あれは21世紀の恐ろしい幕開けとして私の記憶に残っています。あの後に続く世界中で勃発した戦争も恐ろしいですが、すべての引き金になった9/11は、私個人にも、社会的にも暗い影を落としました。あの時は、一体これからどんな戦争に巻き込まれるんだろう、世界大戦が始まるな、と思いました。そして、ある意味それは本当になり、戦争の舞台となっている地域は限られていても、世界中が巻き込まれる戦争につながりました。

あの9/11の後の、アメリカのメディア、メディアに映されるアメリカ人、身の回りのアメリカ人の知り合いの反応は皆一緒でした。

「アメリカは倒れない!」

「アメリカには神がついている!」

「アメリカを愛している!」

皆、そう叫んでいました。文字通り叫んでいる人も何人も見ました。テレビでアメリカのメディアが取り上げられる時、そこには必ず星条旗が掲げられてました。

戦後教育のせいか、愛国心というものにちょっと気恥ずかしさがある私には、どうもその9/11の後の「星条旗」に違和感を覚えました。同じことが日本に起きて、みんな自宅の前に日の丸を掲げたりしたら、違和感を憶えるだろうな。なんだかずいぶん暮らしにくい世の中になった気がするだろうな。ちょっと「はしたない」って思ってしまうかもしれないな。と、正直思いました。

それから10年が経ち、日本で東日本大震災(3/11)が起きました。「福島の復興」の力の入れようには9/11の「星条旗」と似たものを感じましたが、家の周りに日の丸が並ぶことはありませんでした。やっぱり、私の感覚だとこうだよな、家のベランダに日の丸は掲げないし。福島を利用して一旗上げることは何度か考えたけれども、「I love 福島!」みたいなリアクションはしませんでした。周りの目が怖かったので、あんまり東北地方について不謹慎な発言はしまいとは思っておりましたが、福島で困っている人たちよりも、自分の家が停電になったら嫌だな、とか、駅が暗くて嫌だなと思ってました。

東京の地下鉄の駅の照明が間引かれた時も、どうせこれは「義理」でやっているのであって、実際のところ照明を間引かなくたって電力は足りるんじゃないかって思ってました。家の電気も節約しようとはちっとも思わず、普通に使ってました。震災の夜、私は消費電力70Wぐらいの真空管アンプのテストをしました。アンプのノイズが止まらなくなっていて、私にとっては地震よりもアンプのほうが重要だったのです。

けれども、そういうことをあまり人前では言わないようにしました。不謹慎だと言われるのが嫌だったからです。インターネットの掲示板やら、ヤフーニュースの掲示板なんかでは、やっぱり不謹慎な発言をしたと言われ弾劾されている方々がいました。

今日、本棚を見ていたらNathan Lyonsの「 After 9/11」という写真集が目に入りました。9/11の後にニューヨークを始めとする大都市や、地方都市の街角でショーウィンドーや看板に掲げられた星条旗や、ハクトウワシ、アメリカへのメッセージ、テロの被害者へのメッセージを撮影した写真集です。まさに、9/11の後にテレビやメディアで見たアメリカ人のリアクションが写っていました。

私自身、なぜこの写真集を買ったかを覚えていないのですが、写真自体はとってもかっこいい写真が多数収められております。Nathan Lyons、さすが「社会的風景に向かって」のディレクターです。60年代のそういった時代の写真につながる、ちょっとシニカルな視線を感じます。写真集の印刷も、ちょっとコントラストが高めで、それも60年代の「社会的風景」な写真を思わせます。

ただ、星条旗というモチーフはとても強いイメージを持たせるので、ここに収められた写真は、あの9/11の後のアメリカ人の強いリアクションを私に思い出させます。そして、その強烈な印象で一色に染まったアメリカの社会の窮屈さがとても心に引っかかります。

だって、窮屈でしょう。こんなに愛国心一色に街が染まっていたら、不謹慎なことは言えない。そして、不謹慎なジョークで笑えない。みんなキオツケをして同じ方を向いているような感覚です。

きっと、このNathan Lyonsの世界はフィクションなんだろうけれど、いや、フィクションであって欲しいんだけれど、そう思う一方で、やっぱり現実にこうなっていそうだから怖い。フセインさんのいた頃のイラクが何考えているかわからないイメージで怖かったのと同じぐらい、この、みんなキオツケをして同じ方を向いていそうなアメリカの社会イメージが怖い。

そういう、怖くて窮屈なイメージのものを見てしまうと、不謹慎なことがある程度許容される世の中の方が、バリエーション豊かなものが出てきていいと思います。

スローに写真を撮れるって今の時代だからこそ見直されてもいいよな Leica Standard

写真集を見るようになったのは、写真への興味っていうのもあるけれど、元々カメラとかそういう写真撮影に用いる道具みたいのがどうも妙にかっこいいなあということになって、じゃあ、そういう色々なカメラで撮られた写真っていうのは一体どういう風に見えるのかっていう興味もあった。平たく言えばカメラ小僧ということになるか。カメラってSLとかと似ていて、なんだか黒くて機械が組み合わさってできていて、少年の心をくすぐるもんだ。

とは言っても、初めて自分で買ったカメラはデジカメだった。買ったのは2002年ぐらいだったと思う。確かオリンパスの CAMEDIAっていう210万画素ぐらいのカメラで、しばらくはそれで満足していたから、カメラへの興味という意味では機械というよりも、写るっていう方に重点があったのかもしれない。そのデジカメは、気付いたらどこかに無くなっていた。結構いい値段したんだけれど。

そのデジカメを買ってから、写真を撮ったりすることが面白いと思うようになり、半年後くらいには中古でニコンの安いマニュアルフォーカスの一眼レフを買って、なんだかわけのわからないレンズをつけて、アマチュアカメラマンの定番で花とかを撮っていた。その頃は写真愛好家の多くはカラースライドフィルム(カラーポジ)で撮影していたから、私も多分にもれず35ミリのカラーポジで撮影していた。フィルム代が1本1000円ぐらいして、現像も1本700円ぐらいしていたから、コスト的には今のカラーポジと変わらない。

写真愛好家の多くがカラーポジで撮っていたし、アサヒカメラとかを立ち読みすると、「一番偉い」のはカラーポジみたいな風潮があったので、私も「一番偉い」部類に入りたかったからカラーポジで撮影していた。

そのあと、大学の写真部に所属する友達(先輩か)ができて、その人が「お前、馬鹿野郎、初めはモノクロフィルムで修行しなさい!」と仰ったので素直にモノクロフィルムに切り替えた。富士フィルムのNeopan Presto 400というフィルムを使った。本当はコダックのトライエックスが使いたかったが、一本あたり100円ぐらい違ったから富士にした。長巻も当時一缶で富士が2700円ぐらいのところコダックは3700円ぐらいだった。どうも変なところをケチってしまう自分は富士にした。

社会人になってしばらく写真撮影の趣味から遠ざかったりして、携帯電話のカメラすらほとんど使わなかった。何年かに一度写真熱が再燃するのだが、ごく短期間で燃え尽きてしまう。暗室作業をするだけの気力が続かないのだ。

それで、一昨年また写真熱が再燃した際に、思い切って一台コンパクトデジカメを買って、それで撮ることにした。

コンパクトデジカメにすると、撮れる撮れる、1日に300枚ぐらいシャッターを押してしまう時もあった。フィルムで撮ってた頃は多くても1日150カットぐらいしか撮らなかったから、一気に倍である。それも、現像しなくてもいいものだから、撮る頻度も増え、写真がパソコンの中でいっぱいになった。

その写真熱も2ヶ月ぐらいで収まってしまい、半年を置いて、また2ヶ月再燃するというのを繰り返した。

合計で半年も撮っていないのだが、わけのわからない写真のデータでパソコンがいっぱいになった。デジカメで撮れる時は同時進行でモノクロフィルムでも撮っていたのだが、あまりにもたくさん撮ってしまい現像が追いつかない。それでパソコンが写真だらけになり、未現像フィルムがたまり、嫌になってしまうのだ。

そういうことが続き、写真を撮ること自体がストレスになった。誰に頼まれたわけでもなく、道楽で写真を撮っているわけなのだが、負担になるのである。情けない。

そこで、写真を撮る枚数を減らすことにした。

デジカメでは、取ろうと思えばほぼ無限に撮影できてしまうのだが、どうせ無限に撮っても自分が気にいる写真はその中のほんの数枚だけだから、欲張らないのである。

プロのカメラマンや、写真家の方だとこういうわけにはいかないのかもしれないが、こちらは写真愛好家なんだから別に撮影枚数を減らしたところで誰が困るわけじゃない。

コンパクトデジカメも使っているが、それで撮影する回数を減らした。そして、普段持ち歩くカメラはLeica Standardというなんともシンプルな、「カメラ原理主義」みたいなカメラにした。これにカラーネガを入れて撮影するのだ。カラーネガにしたのは、現像が外注できるのと、フィルム代が高いので「ケチる」本能を働かせるためだ。そして、カラーネガはラチュードが広いので多少の(結構ヤバくても)露出ミスもカバーしてくれる。そして、何より、カラーネガこそ私にとって「一番普通」なフィルムなのだ。私は「写ルンです」の世代だから。

Leica Standardにはピント合わせの指標となるものが付いていないので、レンズの付け根に書いてある距離表示を元に目測でピントを合わせる。露出計も付いていないので、フィルムの箱に書いてある(今使っているフィルムには書いてなかったけど)露出の基準を使う。フィルムの巻き上げも、ノブ式だからやけに手間がかかる。巻き戻しも同じくノブだからやけに時間がかかる。いや、これでもLeica Standard発売当時はすごくスピーディーに写真撮影できる画期的なカメラだったんだろうけれども、今の時代にしては時間がかかる。コンパクトデジカメの5~6倍時間がかかる。

撮る枚数を減らすことにしてみても、まだ慣れないので、つい撮ってしまう。しかし、「撮らない撮影」もだいぶ上達したようで、最近は外に出歩いて36枚撮り1本で満足して帰ってこれる。この調子だと、週に1日だけカメラを持ち出すようにしたら、一週間に1本で済んでしまう。写真道楽のミニマリストである。

素晴らしい写真を撮る写真家が何カット撮っているかは知らない。話によると一月に50〜100本撮るなんていうのも普通らしい。デジカメだときっと5000コマ以上撮っていたりするんだろうか。とにかくたくさん撮れと、かつてなんかのカメラ雑誌で読んだ。そういう風に、たくさん撮るのは大いに結構なことだと思う。けれども、私はそのペースでは撮影できない。写真の整理や現像が追いつかないし、時間的にも経済的にもキツイからだ。

そういう風にしてでも、写真道楽は続けられるかどうか、それが目下私の研究テーマである。

何も聴くにが起きなくても、なんとか聴いてみた大貫妙子 「はるかなHOME TOWN」

音楽というものを何も聴く気が起きなくなった。

半年ほど前から体調を崩してしまい、それ以来音楽を聴くのすら辛いことがある。まあ、そんな命に関わるような病気じゃないからいいのだけれど。

ちょっとカントリーのアルバムでも聴こうと思ったのだが、CDプレーヤーのトレイを開けただけで聴く気が失せてしまった。

しかし、何も音楽を聴かないでいると何となく落ち着かない。こういう時はあまり刺激のない音楽を聴きたい。いや、本当は何も聞かないほうがいいのかもしれないけれど。

No Music, No Lifeとタワーレコードが叫んでいたけれども、実際のところ音楽を聞かなくてもなんとか生きていくことはできる。ただ、退屈なだけである。退屈とは、私にとってとてもストレスであることは確かなようだ。入院していた時など、持ち込める音楽のプレーヤーなんかに制限があって、結局ひと月ぐらい何も聞かないで過ごした。退屈であった。自分でも思っていたよりもストレスが溜まっていたようだ。外泊で自宅に戻った際に音楽を聴こうとCDラックに飛びつくように聴きたい音楽を探し、聴いたが、結局疲れてしまい、あんなに聴きたかった音楽もろくに聴けなかった。

退院してみて、少し気分に余裕が出てきて、まあ、そんなに焦って音楽を聴かなくたっていいと思えるようになった。それで、力が少し抜けて、音楽を聴いていても疲れなくなってきた。

しかし、今夜は音楽が聴きたいのに、聴く気力が起きないという事態にまた陥ってしまった。何か聴きたいのだが、どれもいざ聴こうと思うと聴く前から疲れてしまうのだ。

そうしているうちに、何となくCDラックの一番上に平積みになっていた大貫妙子のベスト盤が目に入ったのだ。

これなら、何となく聴けそうだ

そう思い、CDプレーヤーに入れてかけてみた。思った通り、音楽がすんなり耳に流れ込んできた。こういう気力が湧かない最低な時に大貫妙子さんの音楽はよく合うな。まるでミミを切り落とした食パンにハムとマヨネーズがよく合うかのように合うな、なんておかしなことまで考えてしまった。
きっと彼女の声がいいんだろうな。少女のようで母のような歌声。まあ、私の母ちゃんはこんな声じゃないけれど。

彼女の2枚組のベスト盤「大貫妙子 ライブラリー」の2枚目を聴いているのだが、どの曲も独特の爽やかさと、凛とした感じ、ちょっと儚さを感じさせる優しさがいいな。彼女の音楽を言葉で表せるような語彙を私は持っていないんだな。だからいいのかもしれない。言葉にしてしまったら、こういう気分の時にその言葉が壁になってしまい音楽を受け止めるのにパワーが必要になってしまう。彼女の音楽と私の間にはそういう壁がないんだな。

メロディーもそうだけど、歌い方がとっても素朴で、純粋な感じがするから、簡単なんじゃないかと思って、自分でも弾き語りできるんじゃないかと、ちょっとコード譜を見て歌おうとしたことあったけれど、すごくコードが難しくて歌えなかった。

中でも、京成スカイライナーのCMソングになった「はるかな HOME TOWN」っていう曲が好きだ。八木伸郎のハーモニカがとても心地いい。ハーモニカってこんなに澄んだ音色が出るんだな。まるでパイプの先から静かに立ち昇る煙のような音色だな。

一度、八木のぶおさんのハーモニカを生で聴いたことがある。池袋のジャズフェスティバルに出演していたビッグバンドのゲスト奏者として2曲吹いていた。池袋の駅前の公園に設置された野外ステージでの演奏だった。

日が沈んできて、ちょうど夕焼けが綺麗に赤く焼け始めた時に、八木のぶおさんはクロマチックハーモニカからブルースハープに持ち替えてソロを吹いた。その時、池袋駅前の空気がパーっと夕空の色と一緒になったような気がした。ブルースハープの音の響きが、一度も訪れたことのない童謡の中の「故郷」に私たちを連れて行ってくれたような感覚すら憶えた。20代の頃、高校時代からの友人と二人で聴いたのだった。とても心地のいい音楽だった。

アメリカが好きじゃなくても心にしみるアルバム Ray Charles “Sings for America”

私はアメリカ贔屓ではない。確かにアメリカは豊かな国だし、素晴らしいアートやエンターテイメントを生み出し続けているとは思うけれど、だからってアメリカが好きというわけではない。

アメリカ合衆国という国が、実際のところどんな国なのかははかり知れない。あれだけ大きな国土で、あれだけ人口がいて、いろいろな文化圏から移住してきた人たちのいる国である。わからないのも当然だ。世界の経済を動かす大きな企業や、投資家もいるし、世界の治安を握っている軍事力もあれば、政治力もある。ああいう国は好きか嫌いかよりもむしろ恐れのようなものを感じる。得体の知れない大きなものへの恐れである。

その一方で、アメリカの生み出した素晴らしいものもたくさんある。歴史は十分深い国とは言えないかもしれないけれども、そんなことは問題にならないくらいすごいものを生み出している。それは、音楽やら、アートなんかだけではなく、アメ車だったり、ファッションだったり、文化、工業製品、サービス、システム何においてもすごいものを生みだしてきていることは確かだ。そして、私は望むと望まぬとに関わらず、それらの恩恵を受け、それらにインスパイアされて日々の生活を送っている。

アメリカを賛美するような商品(パッケージと言ったほうが良いか)は多い。その中でもとりわけ、音楽、アート、ファッションなんかに関わる商品は、その「胡散臭さ」も含めて私の目を惹く。星条旗が大きくあしらわれたTシャツ、アメリカ讃歌なんかに接する時、その愛国心への違和感によるなんだか背筋がぞっとするような感覚と、愛国心への羨ましさによるほっこりとした気持ちが同時に湧く。

今日紹介するRay Charlesのアルバム「Sings for America」も、そういった商品の一つだ。

レイ・チャールズのレパートリーからアメリカについて歌った曲を集めたコンピレーションアルバムだ。手元にあるCDを見ると2002年に発売されたアルバムのようだから、ニューヨークでの同時多発テロの後、愛国心が改めて高まっていく気運の中で企画されたアルバムだろう。あまつさえ「New York’s my home」という曲まで入っているのだから。

のっけから「 America The Beautiful 」という曲で始まり、もう、一気に愛国心をぶっつけられる。それも、レイ・チャールズがものすごく堂々と歌い上げるので、ちょっと気後れしてしまうぐらい、ちょっと赤面してしまうぐらいのインパクトである。友人から恋人との関係について赤裸々に語られているような感覚と言ったらいいか。そんな感じだ。

このアルバムは、こういう歌が何曲か入っている。まあタイトルが「Sings for  Amarica」だから仕方ない。ジャケットの写真にも星条旗が写っているぐらいだから。

しかし、どちらかというとアメリカそのものを歌った曲というよりも、アメリカを元気付ける曲、アメリカのあり方を問う曲も収められていて、単純にアメリカ讃歌に止まっていない。

例えば、18曲目の「 Sail Away」はランディー・ニューマンのカバーでアメリカへ奴隷を連れてきた際の物語を揶揄した内容の歌詞だ。アメリカはすごくいいところでみんな幸せで自由なんだと言って、人々を騙してアメリカへ奴隷を連れてきたんだよという内容の曲である。

それ以外にも、ビートルズの「Let it be」や「Over the rainbow」なんかも入っている。

「アメリカ万歳!」というだけのアルバムではない。

そういうこともあって、このアルバムは、アメリカのことが好きとか嫌いとかそういう問題と違うところで聴くことができる。聴いていて少し元気づけられるような選曲であるらしいし、そうでなくても歌詞の内容は関係なくレイチャールズの歌を心地よく楽しむことができる。彼のオリジナルアルバムは勢いがあるのだが騒がしいものや、ちょっと味付けが濃くてクドイものもあるので、アルバム一枚をきちんと聴くと結構疲れるのだが、このアルバムはいい具合にそれが分散されている。

意外なところでは「Take me home, country roads」が入っていて、彼のレパートリーの幅広さにあらためて感嘆する。

ちなみに、10トラック目はRay Charlesのアメリカに対するメッセージを兼ねたアルバムの解説が入っている。これは、わざわざ入れなくても良かったんじゃないかと思うけれど、まあ、仕方ないか。