エド山口、モト冬樹兄弟はテレビで最も上手いギター兄弟である

兄弟でともにミュージシャンというのはよくいるけれども、その中でも兄弟でギタリストという組み合わせは結構多いと思う、私の好きなトミーエマニュエルも兄貴のフィルエマニュエルももの凄いギタリストだ。

私の主観からいくと、この世で最も好きなギタリスト兄弟はStevie Ray VaughanとJimmie Vaughanだ。SRVもジミーも独自のスタイルでブルースを奏でる。お互いに影響しあった、特にSRVは兄貴に随分影響を受けたと語っているけれども、二人ともお互いのスタイル・サウンドとは異なる。どちらも甲乙がつけがたいギタリストであるとともに、世界最高のギターヒーローの一人だと思う。

けれども、もう一組、忘れてはいけない兄弟がいる。バブル世代の方々はテレビでおなじみのモト冬樹とエド山口兄弟である。テレビの中の世界で世界一ギターが上手い兄弟といえば、エド山口とモト冬樹だろう。お茶の間で一番聞かれている兄弟である。

エド山口はヴィンテージのモズライトでベンチャーズをベースにしたギターインストの世界では独自の世界観を持っているし、オリジナルアルバムも出している。モト冬樹、はグッチ裕三とのコンビの中でギターを弾いているけれども、これもネッドスタインバーガー時代のスタインバーガーを自由自在にあやつり、どんなポピュラー音楽の伴奏も付けれる実力がある。恐るべし兄弟だ。

以前、YouTubeで兄弟対決を行っていたが、こだわりではエド山口に軍パイが上がり、総合点ではモト冬樹の方がうまかったかもしれない。けれど、私はエド山口の方が好きだ。

ここに、一枚のエド山口と東京ベンチャーズのCDがある。内容は一見するとベンチャーズやスプートニックスのような内容なのだけれど、エド山口のオリジナル曲も光る。そして彼のギタープレーが他の追随を許さないのだ。まさに彼のサウンドに完成されている。

特に、アルバム最後の曲「前科2犯のブルース」が素晴らしい。この曲を聞く為だけでもこのアルバムを買う価値はある。

東京ベンチャーズがなぜ「東京」ベンチャーズを名乗るかはこの曲にかかっている。ピッキングのタイム感覚が、いかにも一時期のギターインストバンドを思わせて素晴らしい。

聴いたことない方は、とりあえず「前科2犯のブルース」を聴いてみてほしい。

物語のおしまいまででは聴いてはいけない

上海の街で、ほかに遊ぶところもしらず、またJz Clubに行った。

今夜も美味しいマティーニを2杯も飲んでしまった。バーテンダーは一昨日とは違う方だったけれど、2杯目には美味しいマティーニを飲ませてくれた。マティーニは好みが分かれるから、バーテンダーとの探り合いが必要なんだろうけれど、本当は2杯も飲むようなカクテルではないから、一杯目でどうなのかで決まると思う。

ファーストステージは渋いジャズの演奏だった。

渋い、というのも渋すぎるぐらい渋かった。とても純粋なジャズを聞けたようで、嬉しかった。

10時半からのセカンドステージは打って変わってファンクバンドがホーンセクションを加えて演奏した。おそらく、土曜日だからちょっとサービスして、ノリの良い音楽をチョイスしているのだろう。のっけから、Bill wihtersの曲やら、ドゥビービブラザーズのファンクナンバーが飛び出して、お客さんをのせていた。

ここに至ると、私も知らない街の住民ではなくなる。おなじみの曲に誘われつい乗ってしまう。

銀座のケントスで遊んでいた時代のことを思い出し、憂鬱な気分になり店を出た。

クリス・クリストファーソンの歌に、物語の終わりまで聞かせないでくれという曲がある。このまま、上海のJz Clubを思い出の場所にしておきたかった。そして、それは、店を出た時にかなったと思う。

言葉の通じない街の居心地の良さ

言葉の通じない街の方が居心地が良いのではないか。

上海に旅行に来て三日目、街を歩いていても、何を書いてあるのかさっぱりわからず、店に入ってもさっぱりわからず。地下鉄に乗ってもさっぱりわからず。土地勘がなく仕方がないから、タクシーに乗ってもさっぱりわからず。さっぱりわからないまま3日間が過ぎた。

まだ、繁華街しか行っていないけれども、これが住宅街とかになるとさっぱりわからず具合がさらにますのではないだろうか。

店に入って、値段がわからないというのも困ったものだ。こっちの人たちは商品に値札をつける習慣がないのか、それとも、客を見て値段をつけているのか、さっぱりわからないけれども、値札が付いていない店が多い。逆に、値札が付いている店は外国人向きの高い店と、飲食店ぐらいか。タクシーはメーターが付いているから、値段が分かって大変よろしいが、そう贅沢にタクシーばかり乗ってもいられないし、タクシーに乗ったところで、どこに行けば良いのかさっぱりわからない。

この、さっぱりわからなさ加減が海外旅行の良さなのか。

わからんが、確かに周りの人が何を話しているのかわからないのは心地いい。ほとんど買い物もしないので、こっちから何か話しかける機会もないし、会話をしなくても不自由はしない。むしろ、会話をしなくて良いから、独りになれるようでとても助かる。

東京の暮らしに居心地の悪さを感じていた私には良い刺激になっているのではないかと思う。

泊まっている宿が、もうすこしマシなところだったら、もっとゆっくり滞在したいのだが。

写真よりも言葉の方が強いんじゃないか

上海の星光撮影機材城にある写真書籍店で、上海の写真家と思われる路汀の「尋常」という写真集を買った。

名前も、写真集の題名も漢字変換で出てこなかったので、正しい題名はなんという漢字なのかはわからないけれども、店にあった上海の写真集で一番気に入ったので買った。

この、路汀という写真家は、詩人のような人なのかわからないけれども、写真のキャプションとして詩のようなのが書かれている。

こういう時に、中国語を勉強しておけば良かったと後悔するのだ。

良い写真集を見つけても、いったいこの写真家が誰なのか、書かれているキャプションが何を語っているのか、まったくわからない。わかるのは、掲載されている写真が好きかどうかだ。

この写真集に載っている写真はどれも、日常のスナップだ。そのスナップがさりげなくて良い。写真は言語化できないからこそ、中国語を介さずとも見ることができる。これは、とても便利なことなのだが、便利なだけではダメだということがこの写真集を買ってわかった。結局は、言葉が一番大事なんじゃないか。

Jz Club 上海で素晴らしいマティーニを飲んだ

上海のJz Clubに行ってきた。

夜10時からテナーチームのライブがあって、それを聴いてきた。

何よりも、素晴らしかったのは、Jz Clubのマティーニが美味しかったこと。今まで飲んだマティーニのなかで一番素晴らしかった。マティーニ一杯で1600円ぐらいしたけれども、まあ、旅先での出費だから、お財布には痛いけれど、その価値はあった。素晴らしいバーテンダーがいる。黒いシャツに、黒のダブルのベストを着た、素晴らしいバーテンダー。

演奏も良かった。テナーサックス二人がリーダーで、特にピアノが良かった。上海のジャズシーンは六本木のジャズクラブぐらいレベルが高い。聴いているこっちが圧倒されてしまう。こんなに圧倒されたのは、いつか御茶ノ水  Naruで五十嵐一生のライブを聴いた以来か、そのあと、森田珠美のライブを聴いて以来か。

とにかく、Jz Clubは良かった。

明日から、マティーニの上手いバーテンは日本に行くというから、残念だけれど、また滞在中に行きたい、

東京に居心地の悪さを感じたので上海に来た

昨日から、上海に来ている。

数週間前から東京の街を歩いていると、なぜだか気まずい思いをするようになった。特に、いつも足を運ぶ、上野や銀座はにいると息苦しい。元気だった頃は上野、銀座にいると心地よかった。なぜ心地よかったのかはわからないけれども、なんだか自分の居場所があるような気がした。

体調を崩して、仕事も辞めてしまうと、そういう街を歩いていると、なんだか気分が落ち着かない。その街での、自分の役割を失ってしまったかのような気分がする。

それで、いっその事、役割も何もないような、あえて言うと「旅行者」との立場で街を歩くと少し気分が良いのではないかと思い、上海に来た。場所を上海にしたのは、航空券が22,000円と安く、移動時間も3時間半、時差も1時間だったからだ。

昨夜遅くに、宿について荷物を降ろした。宿は、Vintage Shanghai Lane Houseというところで、古いアパートの一室のような場所で、フロントもなく、エレベーターもなく、結構ゴチャゴチャしたところにあるのだけれども、宿泊費にそんなにお金をかけていられなかったので、これは仕方ない。ドミトリーというわけでもなく、個室だし、ダブルベッドもシャワーもついている。一泊7000円は少々高い気もするけれども、仕方ない。幸い、Wi-Fiがついているので、インターネットは出来る。

フィルム40本を持ってきて、予備のためコンパクトデジタルカメラも持ってきた。やることがないから、写真でも撮りながら、ゆっくり過ごそうかと思っている。

フィルムは、行き帰りの飛行機の荷物チェックでX線のチェックでかぶったりしないか心配だが、まあ、かぶった時はかぶったで仕方ない。なにより、長尺フィルムを詰め替えてもってきたから、税関で怪しまれないかが多少心配ではあるけれども、今までだって、長尺フィルムを持ってきている人はいるだろうから、まあ、大丈夫なんじゃないかと勝手に思っている。

上海は土地勘もないし、何より中国語はできない。

昨夜、飲み物と食べ物を買いに宿の近所の商店に行ったけれども、英語はまったく通じなかった。ミネラルウォーターだと思って買ったペットボトルは、サイダーだった。ビールを買ったら、栓抜きが必要だったので、仕方なく近所の別の酒屋に栓抜きを譲ってもらった。食べ物は、パック入りのホルモンの串焼きみたいのをかった。栓抜きも入れて20元だった。400円弱ぐらいか。まあ、悪くない。

とりあえず今日は、上海の街がどんなところなのか、歩いてみようと思う。

私だけのお気に入り Blue Mitchell “Stablemates”

ジャズのアルバムを買うのは難しい。

全部試聴してから買えばいいのだろうけれど、そんな暇があったら、ジャケットを眺めたり、サイドマンやら、収録曲で適当にアタリをつけてとりあえず買ってみるほうが、好みのレコードにあたる可能性が高まる。そもそも、ジャズのアルバムは玉石混交で似たような内容のものが数多存在するので、その中でお気に入りの一枚を見つけるのは難しい。

いわゆる名盤とか呼ばれていない、一見地味なアルバムが、とっても自分に響いてくることもある。だから、そういうやつをいちいち試聴していたら、日が暮れてしまう。よく、DJの方々なんかが熱心に試聴してから購入していたりするけれど、あれは、それなりの知識があって、「どうもこれはすごく良いらしい」という情報をもとにアタリをつけてから試聴しているからできるんだと思う。詳しいことはわからんが。

そういう知識があんまりない私は、とりあえず「名盤100」とかのシリーズから数枚を買って聴いてみて、気に入った演奏があれば、それを演奏しているメンバーの名前を覚えたり、曲名を覚えたりして買ったり、ジャケットを見て良さそうだったら買ったりしている。予備知識があって買っているアルバム7割、残り3割はジャケ買いだ。

だから、良いアルバムに当たる打率は低い。演奏は素晴らしくても、ものすごく上手くても、自分の好みに合わないのが大半なのである。これは、一生懸命演奏していただいた方々には申し訳ないのだが、味覚みたいなもんで、こっちには好き嫌いがある。いくらおいしく調理していただいても、いくら高級食材や、その土地の名物を使ってくれても、好みに合わないものは仕方ない。

それでも、世の中良くできているもので「名盤100」とかのシリーズは、確かにどれもそこそこ味わい深く、聴ける。いい意味で万人受けするアルバムが多いのだ。ジャズ、というと、なんだかこだわったほうが良いのではないかと思いがちな私を、ジャズの名盤はリセットしてくれる。

ジャズは、こだわんないで、名盤だけ聴いていればあるいみ間違いない。間違いなく、楽しめる。そりゃ、名盤と呼ばれているジャズレコードの8割ぐらいはお好みに合わないものかもしれないけれども、それでも、半分くらいはお好みに合わなくても楽しめる。音楽とは不思議なもんだ。お好みに合わなくても楽しめちゃうことがある。けっこうな割合である。

だから、名盤だけ買っていれば安泰なのだけれど、そういうわけにもいかないのが人情である。「駄盤」と呼ぶと失礼だが、そういう、よく分からない評価が定まらないレコードの中に本当に自分の好みにぴったりのものが見つかることがある。これは、外出していてふらっと入った店を気に入ってしまうことがあるのと同じような感覚で、なんとなく、自分の好みに合いそうな聞いたこともないレコードを買ってみて、「やっぱり良かった」、「すごく良かった」ということが稀にあるのだ。この喜びは筆舌に尽くしがたい。

自分だけのお気に入りだと思っていたレコードについて、ジャズが好きな友人にこそり話すと、「あれ、良いよね」なんて言われることがある。「なんだ、こいつまで知っていたのか」と驚くのだが、そういうアルバムは「隠れ名盤」とか呼ばれている。その、自分だけの「隠れ名盤」を探すのがジャズレコード鑑賞の一つの楽しみなのだ。

だから、名盤だけを買っているだけでは、そういう裏の楽しみを味わえない。別に楽しめなくても一向に構わないし、幸せな人生は待っているのだけれども、それだけで終わる人生はなんだかつまらない。秘境に足を踏み入れてこそ、人生の醍醐味を味わえるかもしれない。ジャズレコードにはそういう罠が潜んでいる。

そういう罠をくぐり抜けて生きているのがジャズを回すDJだろう。彼らは、秘境の奥深くまで入り込み、徳川埋蔵金のようなレコードを発掘してくる。CD化されていないような「隠れ名盤」をしこたま発見してくる。

しかし、隠れ名盤は、多少贔屓目に評価していることも忘れてはいけない。自分だけのお気に入りだから、多少の粗は気にならなかったりする。それでも愛せるかどうか、が真の愛なんだと思う。

今夜はその、真の愛の中から、Blue Mitchellの「Stablemates」を聞いている。1977年になって、ジャズなんてとっくのとうに見切りをつけていたと思われていたBlue Mitchellがアルバム一枚、ストレートアヘッドなジャズを吹き込んだ名作である。

私のカントリーミュージックへの入り口 Garth Brooks ”the hits”

一番最初に買ったカントリーミュージックのCDはGarth Brooksのベスト盤だった。高校1年生か、中学3年生ぐらいの頃だったと思う。当時ガースブルックスが何者かはまったく知らなかったけれど、中古CD屋で見かけたテンガロンハットをかぶったジャケット写真から、これは確実にカントリーのCDだとわかった。そして、めちゃくちゃ安かった。きっと400円もしなかったと思う。

だから、試しに買って聴いてみた。

すぐに、そのサウンドが気に入った。フィドルやスチールギターの入った音楽はほぼ初めて聴いたのだけれど、すぐに心地よさを感じた。カントリー独特の歌いかたにはなんだか面食らったが、これは、このおじさん独特の歌いかたなんだろう、と思い、受け流した。歌い方から言ったら、戦前のブルースの方がずっとへんな歌いかただったので、このぐらいの違和感には免疫ができていたのだ。

カントリーのミュージシャンを他に知らなかったので、2年ぐらいはカントリーといえば、このアルバムばかりを聴いた。ベスト盤だったので、入門者の私にはちょうど良かった。当時は、グーグルもYouTubeもなかったから、タワレコのカントリーのコーナーに行くぐらいしか札幌でカントリーの音楽を調べる方法はなかったけれど、そもそも、当時のタワレコにカントリーのコーナーがあったかも覚えていない。そういうところには近づかないようにしていた。

なので、2年ぐらい、カントリーとはこういうもんだと思っていた。基本的には間違っていなかったのだけれど、ウィリーネルソンもハンクウィリアムズも知らなかったから、カントリーミュージックのほんの一面しか知らなかった。

けれども、それでラッキーだったとも言える。自分の中でカントリーの標準を2年間このベスト盤を聴き込むことによって形成できた。これが、今のような便利な時代だと、いろいろ聴けすぎてしまって、何が一体カントリーなのかよくわからずにいたと思う。

そんなこともあって、初めてウィリーネルソンを「発見」した時の衝撃はすごかった。なんて、表現の幅が豊かな音楽なんだろう、って思った。それまで、カントリーといえばガースブルックスのようなさらりとして、あんまり毒のない音楽だと思っていたのだけれど、ウィリーネルソンはなんだか生々しくて、インパクトのある音楽でびっくりした。

そのあと、何年も経ってジミーロジャーズとか、ハンクウイリアムスやらのさらに生々しく毒々しいカントリー音楽を知って、カントリーの深い淵を覗き見てしまった気がした。入り口がガースブルックスだったから、なおさらそういう生々しい音楽への体の反応がシャープだった。

シャープだったからこそカントリーという音楽を好きになれたんだと思う。これが、初めっからハンクウィリアムズから入っていたら、好きにならなかったかもしれない。ガースブルックスはそういう意味では、誰にとっても口当たりのいいテイストだったから良かった。

今ではあんまり聴かなくなってしまったが、そういう意味ではガースブルックスにとても感謝している。

今夜、数年ぶりにGarth Brooks “the hits”を聴いた。じっくり聴いたのは高校ぶりぐらいかもしれない。

20年の時を経て、彼の音楽は色褪せていなかった。

やっぱり、エンターテイメントの世界であれだけ完成された人は、20年ぐらいじゃ色褪せないんだな。

今更ながら、自分にとっての社会での自分の役割について考えている。 不毛である。

半年以上前から体調を崩してしまい、その後、少しずつは回復してきているのだが、まだ調子が悪い。幸いにして、命に関わる病ではないので、その点は恵まれているのだが、仕事は失ってしまった。これ以上会社に迷惑をかけるわけにもいかず職場復帰をあきらめてしまったのだ。

まったくだらしないもので、37歳にして住宅ローンも30年ほど残っているというのに無職である。これは、思いのほか、いや、思った通りつらい。金銭的につらいというのもあるけれど、働いていないと社会に属していないようでつらい。

仕事はなくても、家庭があるからいいではないか、家の中でやるべき役割を果たせばいいではないか、とおっしゃる方もいる。信じられないことに、そういうことを平気な顔をしていう。奥さんに働いてもらって、専業主婦になればいいではないか、などといわれたりする。

家庭の中で、専業主夫をするということがいかにストレスフルかを想像してみてほしい。専業主夫なんて私にできるわけがない。わたしは、仕事を通して社会と繋がっていたいのだ。そして、現金を稼ぎながら社会と繋がっていたい。現金を稼がない仕事に社会的役割を見出すことができない。

そういうわけで、はやく新しい仕事を探して働きたい。なまじっか前職に愛着がありプライドを持って働いていたので、次の仕事がどうなるか今後自分に何ができるのか不安である。何れにしても、前職ほどいい仕事に巡り会えるとは今は思えない。半ば失恋のあとのようなやぶれかぶれな気分である。

そうしているうちに、街を歩くことに臆病になった。街を歩いていると、自分がいかに自分にとって無意味な存在になってきているかを痛感させられるのだ。自分はなんの役にも立てないということを強く感じ、なんの役割を持たない自分の定義を自分自身ができなくなり、虚しくなるのだ。もはや、社会にとっての自分の存在意義なんてこの際どうでもいい。どうでもよくはないけれど、とりあえず置いておいて、自分にとって、社会での自分の存在意義を問えなくなってしまっているのだ。

とくに、東京のように住み慣れた街を歩いていると、その虚しさが身に染み渡ってくる。社会が様々な作用によって有機的に機能しているのを感じて、そこから外れてしまった自分を恥じてしまうのだ。これは、純粋な意味での恥の感覚だと思う。このような存在になってしまい恥ずかしい、消えてしまいたいと思うのだ。

だから、この際、自分の存在なんて元からない街に身を置きたい。かつて、役柄を与えられていた舞台に、役柄をなくして突っ立ているのはつらい。恥ずかしい自分が目立ってしまう。むしろ、よそ者としての役柄を演じれる場所に身を置くか、役割なんかに無頓着になれるところに突っ立っていたい。

この欲求が無責任で、わがままであることは承知している。そんなことを言う前に、はやく仕事を探して働け、と自分に言いたい。しかし、社会の中で、役柄を持たなくなってはじめて、社会での役割なんかについて考えたりしている。できることならもうすこし、このことについて考えていたい。ぐずぐずと考えていたい。あと二週間ぐらい考えていたい。

一旦働き始めてしまえば、そんなことはなんの意味も持たなくなるのかもしれないけれど。近頃は、そういう不毛なことで悩んでいる。

なんだかよく知らないけれど、Buddy Emmonsは知っている。

昨年の春にスチールギターを買って、練習しようと試みた。試みたが、ダメであった。普通のギターもろくに弾けないのに、スチールギターは私には複雑すぎた。

スチールギターというか、ペダルスチールをいきなり購入した。

これもいけなかった。

さらに複雑すぎた。

普通のギターもろくに弾けないのに、ペダルスチールはスチールギターのなかでもさらに複雑で全然理解できなかった。

しかし、楽器というのは、理解よりも先に、何か曲を練習したほうが習得には役に立つので、今後も、モチベーション次第で、ちょこちょこ練習して、簡単な曲で良いので一曲は弾けるようになりたい。とは思っている。

なりたいが、このままではいつまでたっても、弾けないであろう。なぜなら、複雑すぎるからである。

ペダルスチールギターが、家の大きな飾りとなってしまっている。こんなに存在感のあるオブジェは珍しい。

ペダルスチールギターといえば、なにはともあれとりあえずバディー・エモンズである。というか、ペダルスチールギタープレーヤーのリーダー作はバディーエモンズしか持っていない。というか、ペダルスチールプレーヤーの名前は、バディーエモンズぐらいしか知らない。

カントリーが好きだから、もちろん、他のプレーヤーの演奏も聴いているのだけれども、名前まで覚えている人は少ない。それなのに、ペダルスチールギターを買ってしまった。なんて、愚かなんだろう。

それで、とりあえずバディーエモンズを聴いている。この人は、カントリーと言うよりも、もっと幅広いジャンルで活躍しているので、ひとことでどんな演奏とは言えない。言えないのだが、あえて言葉に表現すると、ペダルスチールギターという楽器を駆使し、それまでギターでは鳴らせなかったようなコードを巧みに、自由自在に操り、まことに勢いよく音楽を奏でる人である。

全然、言葉にならなかった。

とりあえず、聴いていただけると、凄さがわかっていただけると思う。というよりも、バディーエモンズの名前を知らない方でも、60年代ぐらいのカントリーを聴いたことがある方は、知らず識らずのうちにこの人の演奏を耳にしているだろう。ペダルスチールギターという楽器を今の形にしたのは、この人である。Sho-BudもEmmonsもこの人が中心になってできたブランドだ。

今でこそ、ペダルスチールギターという楽器はカントリーじゃメジャーな楽器であるけれども、そういう風になったのは、ひとえにこの人のおかげだと思う。それまでは、ペダルなんて便利で複雑なものは付いていなかったから、いろんな和音を出すために、ネックが4つも付いているスチールギターなんかを使っていた方もいる。スチールギターっていう楽器そのものがもう、和音を前提にしている楽器だから、こういう複雑なことになる。

そういうもともと複雑な楽器を、さらに複雑にしたのが、このバディーエモンズという偉人である。巨人である。コロッサスである。スチールギター界の太陽のような人である。この太陽がまぶしすぎて、私のように、ペダルスチールギターに明るくない人間ですら名前を知っていて、CDも持っている。あまつさえ、ペダルスチールギターまでも買ってしまった。

そういう人のレコードを夜な夜な聴いている。