どれだけCDを買っても聴きたい音楽がつきないこと

今はもうCDの時代ではないのかもしれない。

最後に映画のDVDをレンタルしたのはもう5年以上前だったかもしれない。よく覚えていない。結局一度もBlu-rayディスクというものの世話にならなかった。映画はもっぱらアマゾンプライムで視聴している。アマゾンプライムで観ることのできる映画は非常に限られていて、観たいと思うような映画に限って取り扱いがないのが常なのだけれど、まあ、それは仕方ないだろう。アマゾンの映画レンタル商売と私の趣味が合わないのだから。しかし、まあ、アマゾンプライムで十分事足りるぐらいしか映画を見たいという欲求がないのでそれはそれで割り切っている。

しかし、こと音楽となると、数多ある配信サービスではどうも満足ができない。未だにCDやレコードを買って聴いている。これは、映画の場合と逆で、もしかしたら私のCDラックにあるぐらいの音源であれば、どこかの配信サービスで十分カバーできるのかもしれないけれど、それでは満足できない。

私は、まだ見ぬ名盤がないか探すためにいつもレコードショップに足を運ぶ。書斎には約3,000枚のCDがあるのだけれど、それでは満足できないのだ。なにせ、今聴きたいというような音楽は大抵自宅のレコードラックにはないのだ。

もしかしたら、音楽を嫌いなのかもしれない。音楽に飽きているのかもしれない。けれども、きっとどこかに、私が今聴きたいような音楽があるのではないかと思い、レコードショップに足を運ぶ。

自宅にあるCDのほとんどは、かつて聴きたくて聴きたくて仕方がなかったものばかりである。その時々で、それらの音楽がないと明日を過ごせないのではないかという切実な思いで買いあさった。

けれども、ふと音楽を聴きたくなった時、そこには聴きたい音楽が見つからないのだ。

これを、贅沢病といえば、まさにそうなのだろう。けれども、耳は常に贅沢で、耳の贅沢は心の贅沢で、心の贅沢は常に心を豊かにしたいという欲求に駆られているものである以上、この贅沢病を治そうとも思っていない自分がいる。

とは言っても、聴きたい音楽が手元にないというのとも違う。手元にある音楽はどれもなかなか悪くない音楽なのである。これほど多くの素晴らしい音楽と出会え、聞こうと思えばいつでも手が届く、この音楽視聴装置という魔法に出会え、それを所有していることは私にとってこの世界に生きている最も素晴らしい喜びの一つなのである。まったく、この世界に生まれてきて良かった。

音楽はときに素晴らしく心を打つ。それは上手い下手を超えて、魂に手をかざしてくる神々のような存在だ。そもそも私が聴きたい音楽は上手い音楽ではない。例えば、クラシックのピアノであればホロヴィッツやミケランジェリなどは文句なしに上手い。その他、有名無名、ベテラン・若手の上手いピアニストは腐るほどいる。しかし、それがどれ程上手くても魂に手をかざすような演奏に仕上がっているわけではない。私がいう素晴らしい音楽は、私を超えて、私の魂と、音楽の神様に接近してくるような音楽なのだ。

以前、仕事柄、色々なピアニストの音楽を聴いた。その中には一部の有名人を含めて、上手いと言われている人、下手と言われている人がたくさんいた。しかし、その中で、私の魂に手をかざしてきたような演奏に出会えたのはほんの数回だった。まあ、私が自分から進んでピアノ音楽の演奏会に足を運ばなかったせいも大いにあるけれど、それでも、その少ない経験の中から私は学んだことがある。音楽の良し悪しは、演奏の良し悪しと必ずしも一致しないのだ。演奏が素晴らしいから、その音楽が素晴らしいわけではない。その聴き手の心の有り様にいかにアプローチしてくるかがもっとも大切なのである。

さらにピアノの世界には数多のコンクールがあり、幼い子供から、若手音楽家まで多くの人たちが参加している。

あれは、不毛だと思う。

たしかに、優れた演奏家を見つけることはできるだろうし。参加する演奏家はそのコンクールのために腕を磨くだろう。けれども、コンクールで秤にかけられるような音楽の中に、素晴らしい音楽を見つけることは、太平洋の中になくした貝殻を探すよりも難しい。もちろん、優れた演奏家は見つけ出すことができるのだが。

あのような形の中から、音楽を紡ぎだそうという無謀で不毛な産業に、何の意味があるだろう。

私が言っているのは、エキセントリックな音楽を聴きたいと言っているのではない。豊かでも良いし、貧しくても良いから、心を刺激してくれるような音楽に常に向き合っていたいのだ。それは、必ずしも優れた演奏の中には見つからない。もちろん、下手な演奏からそれを探す方が何万倍も困難なことは承知しているのだけれど。

そのような視点から、音楽と向き合える音楽家が出てこなければ、音楽の時代は終わるだろう。これは、クラシック音楽に限らず、ポップスにもジャズにも言える。むしろ、ポップスやジャズこそ、優れた演奏家の中から素晴らしい音楽を見つけることは困難であるとすら思う。

時々、音楽に良し悪しはないという意見をおっしゃる方もいる。彼らは、音楽を聴く心を持ち合わせていないのだろう。音楽に良し悪しはある。ただ、それが見えづらく、わかりづらいだけなのだ。

そのような事情で、私は時に素晴らしい音楽を探し、レコードラックに向かう。けれども、なかなかその中から、その時の気分に合っていて、かつ素晴らしい音楽というものを探すことは非常に困難だ。だから、そのためのメサドン療法として、上手い音楽も持っている。人間とは不思議なもので、良い音楽にあまり触れすぎていると、心が疲れてしまう。そういう時に、どうでも良い上手い演奏を求めるのだ。

今日は、疲れたので、上手い演奏を聴いている。これはこれで悪くない。

部屋を片付けた、ハモンド入ると良いな

暑い日々が続きますが、皆様のご機嫌はいかがでしょうか。特にお変わりないでしょうか。

今年は、新型コロナとかで皆マスクをつけているおかげか、夏風邪などあまり流行っていないのか、はたまた流行っているのか、よくわかりませんが、私は元気にしております。だんだん、この新型コロナウイルスなんかにも慣れてきてしまっていて、会社は知らないうちにすっかり通常運転に戻っております。景気はどうなんでしょうかね、私の周りはすっかり景気の悪い話ばかりを聞きます。

週末なんかも、派手に出歩いたりはできないのでしょうが、昨日渋谷に散歩に行くと、以前通りの人出でした。世の中、だんだんコロナにも慣れてきたのか、これは良いことなのか悪いことなのかはわかりませんが、そもそも、良い悪いで人は行動しないですからね。

それでも、私も外出は以前よりもすこし控えめ気味にしているつもりです。この、なんでも控えめ気味ぐらいが世の中丁度良いのかもしれません。なんでも一生懸命というのも、それはそれで良いのですが、人生長いので調子良いときも、調子が悪いときもあるのは仕方ありません。

かくいう、私も、ここ1年ぐらい(いやもうちょっとかな)仕事ではスランプに陥っているところです。どうも、毎日調子が上がらない。物事に集中して取り組めない。そのせいなのかなんなのか全然ポジティブなアウトプットがない、という状態が続いております。その一方で、物欲などは衰えていないので、これは仕事だけの問題なのか、または体調そのものが良くないのかはよくわかりませんが。あんまり調子が良いのも、いままで悪い兆候だったということもあるので用心しなければなりません。

自分で、ちょっと不調だなと思いながらやっているのはなかなか辛いことですが、これがなかなか人に説明するのは難しい。そもそも、そういう悩みはわかってくれる人がおりません。人間というのは孤独な生き物だということをこういう時こそつくづく感じます。

一方で、調子が良いと本人が思っているときはもっと要注意。私なぞは調子が良いのは長続きした試しがない。調子が良いと自分で思っていると、すぐに体調を崩してしまいかえって痛い目にあいます。だから、このいまのネガティブな気分さえなんとかなれば、少し不調なくらいで仕方ないのかもしれません。

このような、不調が続く毎日ですが、ちょっと日の光が見えてくるようなことがあります。人生捨てたもんではありません。捨てる神あれば拾う神あり。といえば言い過ぎでしょうか。

実は、ある知り合いからハモンドB3を貸してもらえるかもしれないのです。Hammond B3といえばジャズオルガンの名器、オルガンの世界の金字塔です。山でいう富士山。車でいうクラウン。相撲でいう朝青龍。時計でいうグランドセイコー。トランペットでいうバック。ピアノでいうスタインウェイ。スピーカーでいうJBL。オルガンでいう、、あ、オルガンではHammond B3でした。

なんだか、国産品やらなんやらしか思い浮かばないのは庶民の悪いところです。しかし、B3は庶民ではなかなか所有することはできません。まあ、わたしも別に所有できるわけではありませんが。それでも、B3が自宅に来るかもしれないのです!!

まず、困ったのは置き場所です。なんせB3は130cm四方ぐらいの場所をとる。自宅にそんなスペースはなかったのですが、なんとか片付けてスペースを作りました。次の問題は重量。これがゆうに200kgくらいあるのです。うちみたいなぼろ家の床が耐えられるのか。不安なところです。B3だけならなんとかいけるかと思いますが、問題はその上に座って弾くということ。これだけでも、床が耐えられるのか不安なところです。それでも、なんとか置きたいと思い場所を空けました。それもできるだけ窓際の床を。

最後の問題。これが一番の難関です。

果たして家に搬入できるのか。以前のアップライトピアノの経験から、玄関入れは絶対に無理ですので、窓入れになります。これが、掃き出し窓の一つでもあれば良いのですが、悲しいかな下町暮らし。そんなものはありません。なので、1階腰窓、ユニック入れです。果たして入れれるのか、心配です。

もし、入ったところで、ハモンドを演奏できるのか、という問題はありますが、演奏できるかどうかは二の次です。

それよりも、東京の50hz電源で使える仕様になっているのか(サイクルチェンジャーは付いているのか)、そもそも音はなるのか。などと、わからないことはたくさんあります。

心配してみたとことで、家に入らなければ始まりません。それ以外の問題は、少しづつ解決することとして、まずは家に入れることからです。まあ、音が出なければ、単なる場所をとる高価な粗大ゴミですが。それも仕方ありません。ハモンドを家に入れるという夢を叶えるためには、そのぐらいのリスクは背負わなければなりません。

ハモンドの修理って、いったいいくらぐらいになるんだろう。メンテナンスっていったいいくらぐらいになるんだろう。

不安なことばかりですが、とりあえず、まずは家に入るかがさしあたっての問題です。

ハモンド、家に入ったら良いな。

フラメンコを少々 Tomatito

先日、従兄弟から電話があった。

従兄弟から電話がくることなど、滅多にないことなので、私は不謹慎にも誰か親戚が亡くなったのかと思ってしまった。だいたい、滅多に連絡がこない人からの電話は、よくない知らせのことの方が多い。今回も、またそのような知らせかと思い、焦るような、諦めるような気持ちになり、電話を取った。

すると、電話の向こうの従兄弟はそれほど緊迫した様子でもない。むしろ、急ぎの用ではないというようなことを言うではないか。久しぶりに電話をかけてきて、急ぎの用ではないということは、日常では滅多に起こらないことである。大抵、急ぎの用でないときは、手紙などを書く。しかしながら、手紙ではなく電話なのだから、ある程度は急いでいるのだろうとタカをくくっていたが、実のところ、本当に急ぎではないようだった。

どうも話によると、従兄弟の息子さんがこの度ギターを始めるという。それにあたり、どのようなギターを買い与えれば良いかの相談だった。私の得意分野である。実のところ、恋愛とか相続とかの相談とかでなく、楽器の相談で安心した。楽器の相談以外では、私はほとんど役に立たない。親戚の中でも、私ほど相談のしがいのない人間は珍しい。

それで、息子さんは何ギターが弾きたいのですか。エレキギターですか、クラシックギターですか。と尋ねてみるも、いや、それは息子に聞かないとわからないという。無理もない。ギターについてズブの素人に、何ギターですかと聞いてもわかるわけがない。

フラメンコギターです。

と答えが返ってきたら、どうしようかと思った。フラメンコギターは専門外である。コンデエルマノスぐらいしか知らない。

運良く、息子さんはクラシックギターを嗜むつもりらしい。

クラシックギターならば、19,800円ぐらいからありますよ。ありますけれど、大人が弾いて満足するようなギターはだいたい20万円ぐらいからでしょうね。子供の練習用だと、まあ5〜8万円ぐらいを考えておくといいかもしれません。と回答すると、

え、ギターってそんなにするのかい。それは、まいったなぁとのことである。まいるのはこちらである。19,800円のギターで満足されていては、私の生業は成り立たない。せめて、20万円ぐらいは覚悟してもらわないと。

一度、いいギターの音を聞いてもらって、その上で判断してもらった方が早そうだ。

それで、今夜はトマッティートを聴いている。当代きってのフラメンコギタリストである。パコデルシア亡き後、彼とヴィセンテアミーゴぐらいしか、私はギタリストを知らない。

トマッティートの音は、乾いていて、なんとも悩ましい音がする。この、カラッからに乾いているようでいて、ずっしりくる音圧は、なんなんだろう。ギタリストたるもの、このようなずっしりとした存在感をギター一本で出せなければいけない。

指が回るのは、それはフラメンコを志しているのであれば、もちろん必須の条件なのだけれど、トマッティートはそれに加え、このガラスを砕いたようなギラッとしたラスゲアードや、そもそも、何を弾かせても、ずっしりくる感じとか、彼のサウンドがある。指の力がよっぽど強いのだろう。クラシックギターの連中にはこうはできまい。

トマッティートには、今後もこのような凶暴でいて、さっぱりしていて、哀愁などとは無関係な音楽を続けて欲しいと思っている。

John HugheyとThe Time Jumpers

Western Swingの名盤と言えば、Bob willsのThe Tiffany Transcriptionsが決定版だと思うけれど、そういう古いのではなくて、今を生きるミュージシャンのアルバムも忘れてはいけない。

もちろん、Asleep at the Wheelのアルバムはどれも素晴らしく、Bob Willsと並べられて語られるほど、今現役のバンドとしては最高峰なのだろうと思う。けれど、Asleep at the Wheelが上がるだけで、なかなか次が上がってこない。

そこで、自分のCDラックを見てみたのだけれど、バリバリのウェスタンスイングのアルバムと言うのが、あまりない。最近はあんまり流行らないのか、それともBob Willsのバンドが決定打だからそれ以上のアルバムを作るのが難しいのか、真相はわからない。

ナッシュビルの凄腕ミュージシャンが集まってやっているバンドでThe Time Jumpersというのがいる。この、方々のアルバムは、どこかちょっとウェスタンスイングの香りがして、なかなか素晴らしい。

私は、アルバム一枚しか持っていないのだけれど、ペダルスティールのPaul Franklinがいい味を出している。

この Paul Franklinは当代きっての名手なのだ。The Time JumpersでもVince Gillと共演しているけれど、Vince Gillとベイカーズフィールドカントリーのカバーアルバムを出していて、そこでも凄腕ぶりを発揮している。

The Time Jumpersのスティールギターと言えば、名手John Hugheyがかつて在籍していた。彼のスティールギターは、とても味わい深く、特にバラードを弾かせると右に出るものはいない。

YouTubeでJohn HugheyがThe Time Jumpersと名曲Sweet Memoriesを弾いている動画を見ることができるけれど、このスティールソロが素晴らしい。スティールソロはもちろんの事、歌も含めて、その演奏自体が素晴らしくて、観ていると必ず感動してしまう。

The Time Jumpers、もっとたくさんアルバム出してくれないかな。特に、カントリーの名曲集のカバーアルバムなんかを出してくれたら、嬉しい。

いつかはLeon McAuliffeのように

Leon McAuliffeというスティールギター奏者がいる。このブログでも何度か紹介したような、していないような。Bob Willsのバンドでスティールギターを長い間弾いていた名手である。

Bob Willsのバンドを去った後も自身のバンドを引き連れふるき良きウェスタンスイングを演奏し続けた。彼の音楽は、明るく前向きで、さすがはウェスタンスイング、時にジャジーで時にカントリーテイストありの盛りだくさんの音楽である。

彼は、クアトロネックの8弦スチールギターを演奏していた。彼のチューニングは、幾つかのウェブサイトで公開されているけれど、ジャズの複雑なコードワークを難なくこなしてしまうわけだから、かなり凝ったチューニングだ。

ウェスタンスイングではA6thチューニングを使うことが多いらしいのだけれど、A6thチューニングの教則本は私の知る限りすぐに手に入るようなものは出ていない。Leon McAuliffeの場合は、他に3本もネックがあるからそれぞれのチューニングをマスターするのは相当至難の技だろう。

私は、彼の演奏が好きで、彼のように自由自在にスティールギターを弾けるようになれればと憧れはするのだけれど、とうてい無理な相談だ。それでも、スティールギターは好きなので、スタンダードなC6thチューニングで練習している。

ずっと8弦の楽器で練習していたのだけれど、この度6弦の楽器を弾いてみたら、やっと少しずつこのチューニングのメカニズムがわかってきた。いや、わかってきたような気がする。弦が2本減るだけで、できることはうーんと狭まるのだけれど、その分シンプルになって弾きやすくなった。教則本を見るときも、弦の数が2本減ったので、めっぽう教則譜を読みやすくなった。

この調子でいくと、もう少しで曲を一曲弾けるようになりそうだ。

新しい楽器で曲を弾けるようになるという喜びを久しぶりに味わっている。いつか、死ぬまでにはLeon McAuliffeのフレーズを自由自在に弾けるようになりたい。

6弦、8弦それぞれの魅力 Fender Steel Guitars

大は小を兼ねるというので、スティールギターも6弦より8弦、8弦より10弦の方がすぐれているように思っていたのだけれど、思いがけなく6弦のスティールギターを弾いてみたら、これがまた奥が深い。

ついつい、手に入れてしまった。Fenderの Studio Deluxe。

8弦の方ができることは多いのは確かなんだけれど、Studio Deluxeは弦が少ない分だけ覚えやすい。ペダルスティールギターなんかは10弦もあるから、世界中のあらゆるコードを鳴らせるんだけれど、そのコードを覚えるにも、複雑すぎて頭がついていかない。

ここはスティールギターの基本、6弦の楽器を練習してみようと思い立ち弾いてみると、少しだけシンプルなので面白い。シンプルと言っても、バーのスラントをすればメジャーセブンスも鳴らせるのだから、これはこれでそこそこ複雑だ。

大橋節夫はこの楽器で世界を制覇したのだから、私だって世界制覇とまではいかなくてもある程度マスターすることができるのではないかという夢を与えてくれる。

これから、頑張って少しずつ練習していこう。

仕事人が作った名盤「The Warm Sound」

トランペットのワンホーンカルテットの名盤は案外少ない。大抵は、もう一人サックスやトロンボーンが入っていて、ソロを回している。

サックスのワンホーンものはそれに比べたら少しは多いかもしれない。これは、トランペット好きとしてはなんとなく寂しい。トランペット一本でも十分フロントは務まるのだけれど、どうも世の中はそれだけでは満足しないような気分になる。

ライブ盤のワンホーンカルテットは比較的多いのだけれど、スタジオ盤となると、少なくなる。マイルスデイヴィスなんかは、結局ワンホーンカルテットのアルバムを作らなかったんじゃないか?いや、もしあったらごめんなさい。私のレコードラックにはマイルスのワンホーンもののアルバムはなかった気がする。

マイルスの場合は、テナーサックスとのハーモニーを使ってまるでオーケストラのような世界観を出すこともできるということもあって、あえてワンホーンもののアルバムを作らなかったのかもしれない。マイルスとコルトレーンのクインテットは、その代表例だ。いつも素晴らしい。

何年も前に、雑誌の記事で読んだのだけれど、オールマンブラザーズがデュアンオールマンと、ディッキーベッツのツインリードギターにしたのは、マイルスとコルトレーンを意識したからだとのことだった。オールマンの場合は、マイルスとコルトレーンともまた違ったレイドバックしたギターの絡みが面白いんだけれど、まあいいか。今日はそのことについては書かないでおこう。

そんな、数少ないトランペットのワンホーンカルテットの名盤を一枚紹介したい。いまさら紹介するようなアルバムでもないけれど。

ジョニー・コールズのリーダー作「The Warm Sound」。これが、なかなか素晴らしい。ピアノのケニー・ドリューもいい味を出している。

ケニードリューは、サックスワンホーンものの、デックスとかのアルバムでいい仕事をしているから、トランペットのバックでも手馴れたもんである。ケニードリューのピアノは、とくに特別なことはしないのだけれど、安定しているからいいのだろう。この人はいつも安定していて、ピアノトリオでも、危なげがないので、どうもわざわざレコードを買ってじっくり聴く気になれなかったりするのだけれど、あらためて聴いてみるとこれが、まさに理想的なジャズピアノでないか!

アルバム「The Warm Sound」に戻って、ここでのジョニー・コールズのトランペットをじっくりと聴いてみたい。ジョニーコールズはほとんどヴィブラートをかけない。マイルスデイヴィスもほとんどかけないけれど、50~60年代の流行りなのだろうか。チェットベーカーもヴィブラートはあまりかけない。ヴィブラートをかけないでジャズを吹くと、どこかモダンな雰囲気がただよってくる。逆に、40年代からのスタイルは、ヴィブラートをかけまくるからだろう。

ハーフバルブを多用するところもマイルスのようだ。トランペットの音はマイルスの音に似ているのだけれど、意識的にそうしているのかな。

しかし、一方で、小気味よくスイングしている感じがちょっとマイルスよりも古めかしくて、好感が持てる。スイングの仕方が素直、と言えばいいのか、どんどん飛び出すソロのフレーズも、マイルスの感じとは随分違う。マイルスよりも、もっとケニードーハムのようなハードバップに仕上がっている。

それでは、ジョニーコールズに個性がないように聞こえるけれど、確かにこの人は個性が強い人ではない。危なげなく、しっかりきっちり正統派のジャズを奏でる仕事人である。仕事人であるからこそ、いいアルバムを作れるのだ。

サウンドは実験的であればいいというものではない。マイルスは、常に実験的なアルバムを作り続けていたけれど、ジョニーコールズはそういうタイプのトランペッターではなかったのだろう。だからこそ、頑固にハードバップの名盤を作ることができて、実際に、この「The Warm Sound」のような名盤がうまれた。

まさに、ウォームで、楽しげなアルバムに仕上がっている。ブルース良し、スタンダード良し、バラード良しの3拍子が揃っているワンホーンの名盤です。

楽器の練習にかける気力

このところ、何週間もほとんど楽器を弾いていない。弾く時間がないのではなく、弾く気力がわかないのだ。

思えば、楽器というのは相当な気力が必要なものだ。よし、やるぞ、と思わないと練習もできない。それは、少しの気力なのだけれど、その少しを振り絞るまでに随分と時間がかかってしまう。

私の場合、寝室や書斎が楽器に溢れているので、いくらでも弾こうと思えば弾けるのだけれど、それでも弾かない。ちっとも練習しない。これでは楽器が不幸だ。

特に、ギターなどは、そこまで大きな音量が出るわけでもないし、抱えればすぐに音が出るのだけれど、この抱えるまでが大変なのだ。ギターを抱えるためには、寒い朝布団から抜け出すぐらいの気力が必要だ。

抱えてからも大変だ。抱えたら、何かを弾かなくてはならない。何を弾くか。それを考えるだけでもう一つ、気力を振り絞らなければならない。練習するとなると、そこでもう一丁、気力を使う。

よく、楽器の先生とかが、できの悪い社会人の生徒に、毎日練習しなさいとは言わずに、とにかく毎日楽器のケースを開ける習慣をつけなさいという。

あの言葉の真意がなんとなくわかってきた気がする。

まあ、わかったところで、楽器は上達しないのだが。

Dear Harmonica Friend, Toots Thielemans

Jazzではいろいろな楽器が使われる。サックスやトランペットは定番だけれど、珍しいところでは、フレンチホルン、バストランペット、チューバ、ハープ、チェンバロなんかが使われたりする。

珍しい楽器の演奏は、それだけで興味を惹くのでつい聞いてしまったりするけれど、なかなか、音楽として面白い演奏に仕上がっているものは少ない。まあ、仕方ない気もする。

そんな中にも名手というのが存在して、珍しい楽器で演奏されているということを忘れさせられるほどの音楽を奏でる。ジャズでフロントを務めるためには、音が太くて、はっきりしていて、かつある程度速いフレーズを弾くことができる楽器でなくてはいけない。フレンチホルンなどは、そういう意味で不利である。音がほんわかしていて、トランペットやサックスのようなはっきりした音に比べると、前に出てこない。

ハーモニカ、という楽器も、そういう意味だと、どうもバリバリ吹く楽器ではなさそうなのだけれど、これが案外ジャズに合う。とは言っても、私はToots Thielemans以外のジャズハーモニカ奏者は知らないけれど。それでも彼の音楽は一度聴くと忘れられない。

Toots Thielemansについて調べてみたら、彼はベルギー出身のようだ。なぜかずっとオランダ人だと思っていた。彼は、もともとジーン・シールマンスという名前で通っているギタリストだった。たしか、ジョージシアリングのバンドでリッケンバッカーを弾いていた。そんな彼が、ツアーバスの中でハーモニカを口笛のように吹いていたところ、そのハーモニカの才能が認められ、ハーモニカ奏者としても有名になった。Tootsというのは、彼のハーモニカのサウンドから取られたニックネームだ。

私は、彼のハーモニカが好きで、時々レコードやCDを引っ張り出してきて聴いている。特に、ライブ盤で「おもいでの夏」をやっているレコードが好きで、月に一度ぐらいの頻度で聴く。「おもいでの夏 the summer knows」の演奏の中で、彼のバージョンが一番好きだ。ハーモニカの独特の浮遊感と、翳りがとてもこの曲に合っている。

私が、社会人になった時、初任給をもらい、すぐに楽器屋に行った。そこで、クロマチックハーモニカを買ったのだ。それも、HohnerというドイツのメーカーのHard bopperというモデルを。なぜ、このモデルにしたかというと、まさに、これがToots Thielemansが吹いていたモデルだったからだ。それぐらい彼のハーモニカが好きだった。

嬉しくなって、家に持って帰り、ふたを開けると紙が入っていた。説明書かと思って開いてみたら(説明書が要るほど複雑な楽器ではないのだけれど)なんとそこには、Toots Thielemansからの手紙が入っていた

Dear Harmonica Friend

から始まるその短い手紙には、「自分自身とお前らのために、一生懸命この楽器を開発したから、せいぜい一生懸命練習しなさい」と書かれていた。気がする。

音は簡単に出た。

しかし、この楽器が難しいのである。五線譜を読める方々にはなんの苦労もないのかもしれないけれど、音符を読めない私にはCメジャースケールは簡単に吹けるのであるが、それ以外のスケールを吹こうと思うと、非常に難しい。

結局、まともに吹くことすらできずに、その楽器は私の部屋の片隅に追いやられてしまった。シールマンス先生、申し訳ございません。

こんなに難しい楽器だと思っていなかったので、改めてシールマンス先生を尊敬した。

そして、今でも時々、この楽器を出してきては、でたらめに吹いてみて、また挫折するのである。

Toots Thielemans数多くの名盤があるので、ぜひ、聴いてみてください。懐かしいハーモニカの音の中に、哀愁があり、ドラマがあります。

Pee Wee Russellの Ask Me Now!

Jazzに於いてクラリネットとは長い間中心的な楽器であった。1940年代までのことである。

ディキシーランドジャズでも、スイングのビッグバンドジャズでもクラリネットは花形楽器だった。特にディキシーランドジャズでは、コルネットやトロンボーンとクラリネットの掛け合いというのは定番で、音楽にスリルとエキサイトメントを加えていた。らしい。

私は、このところ何年も1950年代以降のジャズばかり聴いているので、クラリネットが出てくるジャズをほとんど聴いていない。クラリネットもののジャズで持っているのは、アートペッパーがアルトサックスの持ち代えで吹いているアルバムぐらいだろうか。

数日前に、YouTubeを見ていたら、北村英治が師の村井祐児と二人でメンデルスゾーンを吹いたりジャズを吹いたりしている面白おかしい動画があった。村井祐児はクラシックのクラリネット奏者である。その二人がお互いの専門分野を解説しながらクラリネットを吹く。

話によるとあのジャズクラリネットの大御所北村英治は、10歳ほど若い村井祐児にクラシックのクラリネット奏法を25年以上も習っているのだという。二人の師弟対決が、面白い。クラリネットという楽器を自由自在に扱う村井祐児に対して、ジャズの奏法の妙味を伝える北村英治。それを、ぎこちなくもすぐに自分のものにしてしまう勢いの村井祐児もすごい。

それで、クラリネットのジャズを改めて聴いてみようと考え、CDラックを見たところ、ほとんど持っていない。

探しに探してみたところ、Pee Wee Russellの「 Ask Me Now!」が出てきた。ピーウィーラッセルといえば、ビルクロウの名著「さよならバードランド」に何度か出てくるスイング時代のクラリネットの大御所、らしい。

このアルバムは1965年の作だから、時代はすでにスイングを過去の遺産としていたはずだ。その影響なのか、このアルバムを聴いているとそこにはスイングの香りがほとんどしない。むしろ、もっとモダンなサウンドである。それは、ハードバップのようなモダンさではないけれど、明らかにスイングジャズとは異なる肌触りの音楽である。

どちらかといえば、ウェストコーストジャズに近いか。ただピアノレスだからそう感じただけかもしれないけれど、そんな雰囲気を感じる。ここにルビーブラフが参加していても、ちっとも不思議ではない、そんな雰囲気だ。

詳しいことはわからないけれど、バリバリのハードバップに疲れた時、たまにこういう音楽を聴いてみてはいかがでしょうか。ここには、なんだかちょっと洒落ていて、少し懐かしいジャズがあります。