セルフカヴァーの名作「The Austin Sessions」

Willie Nelsonの唄うHave you ever seen the rainを聴いたのはいつのことだったろうか。それとも、まだ聴いたことがなかっただろうか。

いや、いつかどこかで聴いたきがする。なぜならば、心のどこかでウィリーネルソンの唄うあの歌の歌声が聞こえるからだ。そこには、ちゃんとしたバッキングも付いている。

Willie NelsonのHave you ever seen the rainを聴いたことありますか。と聞かれて、たしかにあると答えてしまったが、本当はなんと答えるべきだったのだろうか。いやー、聴いたことあったかどうか、すっかり忘れちゃったと答えればよかったのだろうか。なんとなく、ウィリーネルソンは全て聴いたような気がしているので、やっぱりあれでよかったのか。

そんなことを考えながら、Kris Kristoffersonの「The Austin Sessions」を聴いている。クリストファーソンのセルフカヴァーアルバムだ。

私はセルフカヴァーアルバムというジャンルが好きなのか、この類のCDは幾つかもっている。Jimmy Webbのセルフカヴァーベスト盤とか、あと、なにを持っているかは忘れたが、この類のアルバムがきっと好きなんだろう。時を経て、自分の作品に再び向き合う。これほど素晴らしいことはない、とまでは言わないけれども、そういうのもたまには悪くない。

「The Austin Sessions」に入っている曲はどれもがカントリーミュージックの名曲であり、彼のヒット作ばかりである。そして、彼のヒット作のほとんどは、彼のデビューアルバムに入っている。

だから、「The Austin Sessions」は彼のデビューアルバム再訪といった趣すらある。

クリストファーソンのファーストアルバムに、彼の代表作の多くが入っているのにはちゃんとした理由がある。ただの一発屋というわけではない。クリストファーソンは、セカンドアルバム以降も素晴らしい曲をある程度のクオリティーで書き続けているし、セカンドアルバム以降のヒット作の中にも私の好きな曲が数多くある。

彼は、デビュー作を作るまで、色々と職を転々としていたと聞いたような気がする。ベトナム帰還兵であったと聞いたような気もする。

詳しいことはわからない。

わからないけれども、彼がデビューしたのは、彼の才能を見出したジョニーキャッシュによるところが大きい。ジョニーキャッシュはクリストファーソンの敬愛するミュージシャンであることは間違いないし、クリストファーソンもまた、ジョニーキャッシュが敬愛するミュージシャンであることも間違いない。彼らは、ウィリーネルソン、ウェイロンジェニングスと4人でハイウェイメンというユニットを組んでいたし、ジョニーキャッシュはしばしばクリストファーソンの曲をカヴァーし唄う。

二人が出会った時クリストファーソンはジョニーキャッシュのヘリの操縦士だった。クリストファーソンはジョニーキャッシュのヘリを操縦しながら自作のデモテープを聞いていた。大御所のヘリを操縦しながら、自分のデモテープを聞くぐらいだから、自作に相当の自信があったのだろう。そのデモテープを漏れ聞いて、キャッシュはクリストファーソンに聞いたという。

「このテープで歌っているのは誰だ?」

クリストファーソンは、それは自分だと答え、自分がただのヘリのパイロットではないことを証明した。

そこで、キャッシュは彼にデビューアルバムを録音するように勧めた。だから、クリストファーソンのファーストアルバムには、彼の代表作の多くが収録されている。彼は、既に素晴らしいソングライターだったから、デビューアルバムが出来上がった時点で、既にベテランの歌手だった。

その経緯を反芻しながら、このアルバムを聞くと、彼のスタイルがそこに変わらずに貫かれていることがわかる。

クリストファーソンは、私の最も好きなソングライターの一人だ。

フェニックスに着く頃には。Ovation 1627 Glen Campbell

今まで、あまりオベーションのギターというのに興味がなかった。あの、樹脂製のボディーがまず怪しい。いかにもいい音がならなそうな気がしていた。

にもかかわらず、一台買ってしまった。Ovation 1627 Glen Campbellを。

カントリーのバンドをやっているのだが、そのバンドリーダーでPSGの方がOvationを一台もっている。5ピースネックのやつをだ。

私も、興味がなかったとは書いたけれど、Ovationを一台買うなら5ピースネックのやつが欲しいと思っていた。ワンピースよりも強度がありそうで、ネックがいかにも安定してそうだからである。Ovationはネックのジョイントがどうなっているのかよくわからないので、きっとネックリセットをするとなると大事だろう。だから、ネックは安定性がいいやつが欲しいと思っていた。

ちゃんとしたカーマン製で、ボディーはリラコードのやつがいいと思っていた。わけのわからないプラスチックでできているやつや、日本製のやつは嫌だと思っていた。

たいして興味がなかったのに、「もし買うなら」と考えているあたりが、よくわからないのだが、「もし買うなら」80年代にカーマン(アメリカ)で作ったリラコードボディーの、5ピースネックの、レジェンドが欲しいと思っていた。

Adamasが欲しいとは一度も思ったことがない。Adamasがいいギターなのは頭では理解しているつもりだが、そこまで欲しいとは思わなかった。アダマスぐらい高級ギターになると、気軽に持ち歩けない。気軽に持ち歩けないようなギターは何本も要らない。ましては量産ギターであるOvationに高級路線は求めていない。

むしろ、ちゃんとしたアメリカ製で、耐久性の強いリラコードボディーなら、音もそこそこ良いだろうし、ラフに使っても平気そうなので、「欲しい」と思っていた。

思えば、私がギターを欲しいとはじめて思った中学1年生の冬、札幌のギター屋「玉光堂」へ行って初めてもらってきたギターのカタログはOvationのカタログだった。グレコとか、イバニーズとかじゃなくて、オベーション。

生まれて初めて買ったギター弦はカーマンの弦だった。

カーマンが何故ギターの弦を出していたのかはわからないけれど、当時はカーマンブランドの弦というものが存在したんだろう。09のセットだった。

私は、そのカタログと弦を毎晩のように見て、いつの日か買うギターに夢を馳せていた。ギターといえば、エレキではなく、アコースティックギターが良いだろうと思っていた。オベーションのカタログばかり見ていたからだろう。

何故、今回1627 Glen Campbellを買ったか、それは、私がGlen Campbellのファンだからである。彼の歌声は正直甘ったるくてあまり好きではない。しかし、彼の歌のセレクションは常に素晴らしく、ギターがものすごく上手い。ギターが上手いのはあたりまえだ、彼はビーチボーイズのバックでレコーディングミュージシャンをやっていたのだから。

グレンキャンベルこそ、ギター小僧の憧れの人だと思う。何より、ギターを持つ姿がかっこいい。ギターが似合っている。センスが良いとは言い難いファッションに、どんなギターでもうまいこと合わせるのだけれど、このオベーションを持つ彼は特に良い。

グレンキャンベルモデルは特に高級じゃないところも好感が持てる。装飾が少なく、コントロールもシンプル。音もひねったところがない、オベーションらしい音がする。

オリジナルの茶色の馬鹿でかいケースもかっこいい。オベーションを持っている、という満足感に浸れる。ケースの方がギター本体よりも高いんじゃないかと思わせられるケースだ。

カーマン、よくやった。

Good time Charlie’s Got the Blues

もう、1年ほど前の日のことだろうか。
朝から大雨でどうしょうもない天気だった。
私はその日、友人に60年代のボロボロのギターを貸す約束をしていた。B-15という、ギブソンで一番廉価なギターで、その上、とにかく塗装が半分以上剥がれていて、もはや骨董の域に達しているB−15にはセカンドスタンプが押されているカラマズーブランドのギターだ。家では誰も弾く人がいなくなり、ギターハンガーにかけっぱなしになっているギターだった。
友人と書いたが、私はその女の子に恋心に似たようなものを持っていた。既に2年以上前に、彼女からはフラれてしまっていたのだけれど。それでも、彼女を嫌いになる理由はどこにもないということと、彼女が相変わらず彼女自身であり続けているのだから、彼女を好きな気持ちに変わりがなかった。
恋心と書くと、35を過ぎた妻帯者の親父には、不相応な表現だけれども、事実だからしょうがない。
彼女に会うのは、もう半年ぶりぐらいだろうか。前日の夜に彼女に会う約束を取り付けた時に、既に私の気分は高揚していた。まるで、クリスマスと誕生日を明日に控えている子供のような気持ちだった。
11時前に自宅を出て、御茶ノ水の街をふらつき、雨の中B-15を安全に運ぶセミハードケースを探し当てた時は、1時を回っていた。
 
彼女との待ち合わせは7時だった。彼女の仕事の兼ね合いで、渋谷で会うことにしていた。私は6時前には現場入りして、渋谷の楽器街をふらついていた。
8時を回ったあたりで、彼女は渋谷に現れた。
 
仕事が遅くなってしまい、すみません。
 
と彼女は仰々しいお詫びの言葉を私につぶやいた。
そのまま二人で坂を登り、ギターの引き渡し場所として、坂の上の創作和食居酒屋を選んだ。どんな料理が出てきたかは覚えてはいないが、二人で日本酒を4合ほど飲んだ。
 
彼女の口からは、最近夢中になっている男性の、嬉しそうな報告がどんどん溢れ出てきた。彼女は幸せそうだった。
 
正直な話、私は、彼女が幸せであるということに理由はわからないが、喜びに似たものを感じていた。それと同時にわけのわからない悲しさを感じていた。
 
彼女の口からは、夢中になっている男性との「関係」の話すらスルスルと出てきた。私は、それにどのように相槌を打てば良いか迷いながら、精一杯の笑顔を作りながら、ふと彼女と会うのはこれが最後になるだろうということを薄々感じていた。
 
店を出て、コンビニで買った缶チューハイを飲みながら、駅までの道を歩いた。彼女がもう一本缶チューハイをコンビニで買っている間、私はギターケースからB-15を取り出した。
彼女がコンビニから出てきた時に、Good time Charlie’s got the Bluesをさわりの部分口ずさんだ。そして、おもむろにGのオープンコードのアルペジオを2小節弾き、Good time Charlie’s got the bluesを始めから終わりまで歌った。
「みんなこの街を去っていった。この何もない田舎町を。みんな口を揃えてこの街にいるのは、時間の無駄だって言うんだ。そして、この街に僕の知り合いはいなくなってしまった。
成功したやつもいれば、失敗していったやつもいたさ。
いつでもお気楽な俺だって、時には寂しくなるんだ。」
という、歌詞をなぜか彼女に聴いてもらいたいと思ったのだろう。なぜ、その歌を歌ったのかは覚えていないけれど、なぜだか、その夜はその歌がぴったりなような気がした。彼女に対してラブソングを歌うような気分にはなれなかったし、それはふさわしくないような気持ちがした。
「いつでもお気楽な俺だって、時には寂しくなるんだ」
という言葉を、伝えたかったのかもしれないし、格段何も理由はなかったのかもしれない。
駅について、彼女にギターを手渡し、ろくすっぽ挨拶もしないで、独り駅の階段を降りた。降りながら、イヤフォンを装着し、音楽をかけた。ウィリーネルソンの古いアルバムだ。
私は、もう彼女と2度と会うことはないのかと思い、少しだけ寂しい気分に襲われた。
電車の席に座ったとたん、涙が溢れ出てきた。35を過ぎた大の男が泣いているのだからほかの乗客は訝しげな顔をしていたかもしれないが、そんなことはお構いなく泣いた。ウィリーネルソンの歌うGood time Charlie’s got the bluesを聴きながら、ただただわけもわからず号泣した。
アルバムの最後の Until it’s time for you to goが流れ出した時には、私は何か幸せな気持ちでいた。彼女が幸せそうだったことが、じわじわと嬉しく感じていたのかもしれない。いや、そんな理由でなく、彼女に会えたことそれ自体が嬉しかったのかもしれない。
号泣と、わけのわからない幸福感に満たされた私は、一体世界をどのように受け入ればいいのかがちっともわからなくなってしまっていた。
ふとしたことで、昨夜数人の友人達とともに彼女と会った。
彼らはうちに泊まり、朝が来て、ジャンキーの溜まり場と化した私の部屋で、私はなんとなしにそのウィリーネルソンのアルバムをかけていた。
そのアルバムを聴いている時、彼女がポツリと「この曲、いい曲ですね」とつぶやいた。Until it’s time for you to go。
私は、また、そのわけのわからない気持ちに包まれた。

誰か、ペダルスティールギターを堪能できるアルバムを教えて欲しい。

楽器は色々とあるけれど、演奏できたらかっこいいなと思う楽器はそんなに多くない。

トランペットとペダルスティールギターだ。どちらも持っているけれど、ほとんど弾けない。ペダルスティールギターに関しては、全く弾けない。

しかし、YouTubeなんかでペダルスティールギターのデモンストレーション映像なんかを見ると、なんてかっこいいんだ、と思う。あの、なんだか一見シンプルでで、ものすごく複雑なことを簡単にやってのけているのはかっこいい。ペダルスティールギターがリーダーのアルバムというものをあまり持っていないので、なんとも意見が言える立場ではないのだけれど、あの楽器を弾けるようになりたい。

レイプライスなんかのライブ映像で間奏部分をペダルスティールギターが担当しているのを見るたびにため息が出る。なんてかっこいいんだ。

是非、ペダルスティールギターをじっくり堪能できるアルバムを教えて欲しいのだけれど、今の所バディーエモンズのアルバムしか持っていない。もっと、沢山聴いてみたい。

あの楽器のサウンドに憧れるのだ。あのなんとも言えないトーン。なめらかな音階の移動。何をとっても良い。素晴らしい楽器だと思う。あの楽器が、カントリーと、カントリー系の一部のジャズにしか使われていないのが勿体無い。

誰か、ペダルスティールギターをじっくり堪能できるおすすめのアルバムがあったら教えていただきたい。

どうか、お願い致します。

時々聴きたくなるヘビメタの代替物 The Hellecasters

バカテクもたまには良い。

いつも聴いていると疲れてしまうけれど、たまに聴く分には良い。むしろ、いつもヘタウマを聴くよりも、いつもバカテクを聴いている方がマシだと思う。

私は、かつてヘビメタ専門のギターショップに勤めていた時があって、その店では常にヘビメタ、それもヴァンヘイレンとかそういったものすごく早弾き系のメタルをかけていた。いつもはバックオフィスにいてパソコンとにらめっこしているのだが、お客さんが来ると店頭に立たなければいけない。そうすると、1日の半分以上ヘビメタを聴かなくてはいけなかった。すごく疲れた。

これが、ヘビメタじゃなくてボブディランだったらどうだったろう?あるいは、もっと疲れていたかもしれない。

かつて私が所属していたバンドのリーダーは麻雀荘を経営していて、その店に遊びに行くと常にカントリーミュージックが流れていた。麻雀荘ならば、何をかけても良いというわけではないだろうけれども、カントリーならまあさして耳障りでもないと思う。まあ、それも好みによると思うけれど、常にクラシックが流れている喫茶店ぐらいの感覚で音楽を聞き流せると思う。

けれども、ヘビメタをいつも聴くというのは辛かった。

しかし、私が、そのギターショップを辞めた後、時々ヘビメタを聴きたくなったりする。どうも、からだにヘビメタが染み付いて、ときどきそれが疼くのだ。けれども、ほとんど聴かない。きくとやっぱり疲れてしまうからだ。

その代わりに、カントリー系のバカテクものを聴く。ブレントメイソン、スティーブワーリナー、ジョニーハイランドなんかだ。

それで、今夜はThe Hellecastersを聴いている。ジェリードナヒュー、ウィルレイ、ジョンジョージェンセンのヘルキャスターズだ。

私は、この3人のギタリストのうち、ジェリードナヒューが一番好きだ。彼が一番カントリー寄りのプレイをする。音も、一番保守的なフェンダーのテレキャスターのサウンドだ。

この方々は、一見ちょっとプログレ寄りのカントリーユニットのようなイメージなのだが、実際に音楽を聴くと、カントリーのテイストでヘビメタをやっているような、いや、ヘビメタのテイストでカントリーをやっているようなサウンドだ。実際、歪ませまくって早弾きなんかをやっている。もはや、テレキャスターのサウンドに留まっていない。

これは、ヘビメタの良い代替物になる。

実際に、ヘビメタが好きな人からしてみれば、これはカントリーに聞こえるだろうし、カントリー好きが聞いたら、これはヘビメタだ。基本的にインストのバンドなのでなんとも定義しづらいのだが、これは、ジェリードナヒューがカントリーくさいことをやっているからカントリーテイストが混ざっているのであって、もしこの人がいなくなってアイアンメイデンのギタリストなんかが入ったら、完全にヘビメタのサウンドに仕上がる。ような気がする。まあ、アイアンメイデンのギタリストが入ったら、どんなユニットだってヘビメタになるか。

この人たちのレコードやらライブ、いったいどんな人たちが聴いているのだろう?そこが気になる。

有山じゅんじで戦前ブルース入門 ギャロッピングとそのルーツ、ラグタイムスタイル

カントリーやらロカビリーのリズムギターのスタイルでギャロッピングというのがある。ギャロッピングは、別名トラビスピッキングと言われていて、マールトラヴィスが完成させた奏法であるとされている。

確かに、カントリーの世界でギャロッピングを完成させたのはマールトラヴィスで間違えないと思う。しかし、マールトラヴィス本人も、トラビスピッキングはアイクエヴァリー(エヴァリーブラザーズの親父)のギタースタイルを基にしていると語っている。その辺のことは確か、マールトラヴィスとチェットアトキンスとの共演盤「The Atkins-Travis traveling show」を聴けば詳しい話を本人から聴ける。詳しい話を聞かなくたって、このアルバムは素晴らしく素敵で、楽しいレコードだからカントリーのファンじゃなくても一聴の価値がある。

その基となったアイクエヴァリーのギター奏法も、もともとは戦前ブルース、特にラグタイムのギタースタイルから来ている。

オルタネイトベース奏法とか言って、ベース音をド、ド(オクターブ上)、ソ、ド(オクターブ上)と弾きながらコードを鳴らしたりするスタイルだ。別にど、ど、そ、どににこだわらないで、表拍にベース音、裏拍に5度、とか3度とかの低音弦を弾く。

あー、私は音楽の専門知識がないから、どうやって言葉で説明すればいいかわからん。わからんが、そういう、低音弦でベースラインを交互に弾きながら、コードやリードメロディーを弾くのがギャロッピングの基本になる。

これの基はラグタイムのギタースタイルで聴くことができて、ブラインドブレイクやらブラインドボーイフラーなんかがやっている。厳密にはオルタネイトベース奏法のスタイルは違うのだが、マールトラビス、アイクエバリーの原型がここにある。

この、ラグタイムギターというスタイルは、どうも楽しく、自然と陽気にさせられる。マールトラビスのカントリーが陽気なのも、ここから来ているのだろう。私は、元気な時に、時々ラグタイムを聴く。

日本人でも、有名なフィンガーピッキングのラグタイムスタイルを弾くギタリストは数多いるけれど、古くは有山じゅんじなんかが得意としていた。いや、今でも上手いんだけれど。あと、高田渡なんかも、このスタイルで弾いたりしている。

気分が落ち込んでいるときは、白々しくてちょっと聴けないけれど、ちょっと元気が出てきたら、ラグタイムを聴くと元気が出る。

ギャロッピング、ラグタイムスタイルのギターが聴ける推薦盤は、先ほど挙げたマールトラヴィスとチェットアトキンスの「The Atkins-Travis traveling show」。あと、P−Vineから出ている「ラグタイム・ブルース・ギター名作選」これは陽気な戦前ブルースを堪能できる。それと、もう一つラグタイムだけじゃないけれど、上田正樹と有山淳司の「ぼちぼちいこか」。「梅田からナンバまで」こそ、まさにラグタイムスタイル!

特に、「ぼちぼちいこか」は、戦前の作品ではないけれど、戦前ブルースの入門盤として最高です。

エド山口、モト冬樹兄弟はテレビで最も上手いギター兄弟である

兄弟でともにミュージシャンというのはよくいるけれども、その中でも兄弟でギタリストという組み合わせは結構多いと思う、私の好きなトミーエマニュエルも兄貴のフィルエマニュエルももの凄いギタリストだ。

私の主観からいくと、この世で最も好きなギタリスト兄弟はStevie Ray VaughanとJimmie Vaughanだ。SRVもジミーも独自のスタイルでブルースを奏でる。お互いに影響しあった、特にSRVは兄貴に随分影響を受けたと語っているけれども、二人ともお互いのスタイル・サウンドとは異なる。どちらも甲乙がつけがたいギタリストであるとともに、世界最高のギターヒーローの一人だと思う。

けれども、もう一組、忘れてはいけない兄弟がいる。バブル世代の方々はテレビでおなじみのモト冬樹とエド山口兄弟である。テレビの中の世界で世界一ギターが上手い兄弟といえば、エド山口とモト冬樹だろう。お茶の間で一番聞かれている兄弟である。

エド山口はヴィンテージのモズライトでベンチャーズをベースにしたギターインストの世界では独自の世界観を持っているし、オリジナルアルバムも出している。モト冬樹、はグッチ裕三とのコンビの中でギターを弾いているけれども、これもネッドスタインバーガー時代のスタインバーガーを自由自在にあやつり、どんなポピュラー音楽の伴奏も付けれる実力がある。恐るべし兄弟だ。

以前、YouTubeで兄弟対決を行っていたが、こだわりではエド山口に軍パイが上がり、総合点ではモト冬樹の方がうまかったかもしれない。けれど、私はエド山口の方が好きだ。

ここに、一枚のエド山口と東京ベンチャーズのCDがある。内容は一見するとベンチャーズやスプートニックスのような内容なのだけれど、エド山口のオリジナル曲も光る。そして彼のギタープレーが他の追随を許さないのだ。まさに彼のサウンドに完成されている。

特に、アルバム最後の曲「前科2犯のブルース」が素晴らしい。この曲を聞く為だけでもこのアルバムを買う価値はある。

東京ベンチャーズがなぜ「東京」ベンチャーズを名乗るかはこの曲にかかっている。ピッキングのタイム感覚が、いかにも一時期のギターインストバンドを思わせて素晴らしい。

聴いたことない方は、とりあえず「前科2犯のブルース」を聴いてみてほしい。

私のカントリーミュージックへの入り口 Garth Brooks ”the hits”

一番最初に買ったカントリーミュージックのCDはGarth Brooksのベスト盤だった。高校1年生か、中学3年生ぐらいの頃だったと思う。当時ガースブルックスが何者かはまったく知らなかったけれど、中古CD屋で見かけたテンガロンハットをかぶったジャケット写真から、これは確実にカントリーのCDだとわかった。そして、めちゃくちゃ安かった。きっと400円もしなかったと思う。

だから、試しに買って聴いてみた。

すぐに、そのサウンドが気に入った。フィドルやスチールギターの入った音楽はほぼ初めて聴いたのだけれど、すぐに心地よさを感じた。カントリー独特の歌いかたにはなんだか面食らったが、これは、このおじさん独特の歌いかたなんだろう、と思い、受け流した。歌い方から言ったら、戦前のブルースの方がずっとへんな歌いかただったので、このぐらいの違和感には免疫ができていたのだ。

カントリーのミュージシャンを他に知らなかったので、2年ぐらいはカントリーといえば、このアルバムばかりを聴いた。ベスト盤だったので、入門者の私にはちょうど良かった。当時は、グーグルもYouTubeもなかったから、タワレコのカントリーのコーナーに行くぐらいしか札幌でカントリーの音楽を調べる方法はなかったけれど、そもそも、当時のタワレコにカントリーのコーナーがあったかも覚えていない。そういうところには近づかないようにしていた。

なので、2年ぐらい、カントリーとはこういうもんだと思っていた。基本的には間違っていなかったのだけれど、ウィリーネルソンもハンクウィリアムズも知らなかったから、カントリーミュージックのほんの一面しか知らなかった。

けれども、それでラッキーだったとも言える。自分の中でカントリーの標準を2年間このベスト盤を聴き込むことによって形成できた。これが、今のような便利な時代だと、いろいろ聴けすぎてしまって、何が一体カントリーなのかよくわからずにいたと思う。

そんなこともあって、初めてウィリーネルソンを「発見」した時の衝撃はすごかった。なんて、表現の幅が豊かな音楽なんだろう、って思った。それまで、カントリーといえばガースブルックスのようなさらりとして、あんまり毒のない音楽だと思っていたのだけれど、ウィリーネルソンはなんだか生々しくて、インパクトのある音楽でびっくりした。

そのあと、何年も経ってジミーロジャーズとか、ハンクウイリアムスやらのさらに生々しく毒々しいカントリー音楽を知って、カントリーの深い淵を覗き見てしまった気がした。入り口がガースブルックスだったから、なおさらそういう生々しい音楽への体の反応がシャープだった。

シャープだったからこそカントリーという音楽を好きになれたんだと思う。これが、初めっからハンクウィリアムズから入っていたら、好きにならなかったかもしれない。ガースブルックスはそういう意味では、誰にとっても口当たりのいいテイストだったから良かった。

今ではあんまり聴かなくなってしまったが、そういう意味ではガースブルックスにとても感謝している。

今夜、数年ぶりにGarth Brooks “the hits”を聴いた。じっくり聴いたのは高校ぶりぐらいかもしれない。

20年の時を経て、彼の音楽は色褪せていなかった。

やっぱり、エンターテイメントの世界であれだけ完成された人は、20年ぐらいじゃ色褪せないんだな。

なんだかよく知らないけれど、Buddy Emmonsは知っている。

昨年の春にスチールギターを買って、練習しようと試みた。試みたが、ダメであった。普通のギターもろくに弾けないのに、スチールギターは私には複雑すぎた。

スチールギターというか、ペダルスチールをいきなり購入した。

これもいけなかった。

さらに複雑すぎた。

普通のギターもろくに弾けないのに、ペダルスチールはスチールギターのなかでもさらに複雑で全然理解できなかった。

しかし、楽器というのは、理解よりも先に、何か曲を練習したほうが習得には役に立つので、今後も、モチベーション次第で、ちょこちょこ練習して、簡単な曲で良いので一曲は弾けるようになりたい。とは思っている。

なりたいが、このままではいつまでたっても、弾けないであろう。なぜなら、複雑すぎるからである。

ペダルスチールギターが、家の大きな飾りとなってしまっている。こんなに存在感のあるオブジェは珍しい。

ペダルスチールギターといえば、なにはともあれとりあえずバディー・エモンズである。というか、ペダルスチールギタープレーヤーのリーダー作はバディーエモンズしか持っていない。というか、ペダルスチールプレーヤーの名前は、バディーエモンズぐらいしか知らない。

カントリーが好きだから、もちろん、他のプレーヤーの演奏も聴いているのだけれども、名前まで覚えている人は少ない。それなのに、ペダルスチールギターを買ってしまった。なんて、愚かなんだろう。

それで、とりあえずバディーエモンズを聴いている。この人は、カントリーと言うよりも、もっと幅広いジャンルで活躍しているので、ひとことでどんな演奏とは言えない。言えないのだが、あえて言葉に表現すると、ペダルスチールギターという楽器を駆使し、それまでギターでは鳴らせなかったようなコードを巧みに、自由自在に操り、まことに勢いよく音楽を奏でる人である。

全然、言葉にならなかった。

とりあえず、聴いていただけると、凄さがわかっていただけると思う。というよりも、バディーエモンズの名前を知らない方でも、60年代ぐらいのカントリーを聴いたことがある方は、知らず識らずのうちにこの人の演奏を耳にしているだろう。ペダルスチールギターという楽器を今の形にしたのは、この人である。Sho-BudもEmmonsもこの人が中心になってできたブランドだ。

今でこそ、ペダルスチールギターという楽器はカントリーじゃメジャーな楽器であるけれども、そういう風になったのは、ひとえにこの人のおかげだと思う。それまでは、ペダルなんて便利で複雑なものは付いていなかったから、いろんな和音を出すために、ネックが4つも付いているスチールギターなんかを使っていた方もいる。スチールギターっていう楽器そのものがもう、和音を前提にしている楽器だから、こういう複雑なことになる。

そういうもともと複雑な楽器を、さらに複雑にしたのが、このバディーエモンズという偉人である。巨人である。コロッサスである。スチールギター界の太陽のような人である。この太陽がまぶしすぎて、私のように、ペダルスチールギターに明るくない人間ですら名前を知っていて、CDも持っている。あまつさえ、ペダルスチールギターまでも買ってしまった。

そういう人のレコードを夜な夜な聴いている。

煌びやかでいて耳に心地良いギターのサウンド Les Paul and Mary Ford 「Fabulous Les Paul and Mary Ford」

楽器というのは不思議なもので、同じ機材を使っても同じ音が出せるというわけではない。そもそも、同じ楽器を使っても奏者によってセッティングや調律が違ったりもする。たとえ、同じセッティングにしても、二人の違う奏者に弾いてもらったら違う音がなるということはよくある。

電子ピアノとかの場合は同じ音がなるのかもしれないけれども、アコースティックな楽器だとこういうことが起こる。アコースティックな楽器に限らずともエレキギターなんかもそうである。

何が違うのかは専門家に聞かないと詳しいことはわからないけれども、奏者によって鍵盤の叩き方(押し方という方が正確か)、弦の弾き方、息の吹き込み方が違うからそうなる。逆に言うと、そういう弾き方を近づけることによって、憧れの音に限りなく近づけることはできるとも言えるだろう。

ギターの場合、ミュージシャンの使用している楽器やセッティングについて、雑誌や書籍でWebサイトなんかでかなり詳しく紹介されていることがあるので、憧れのギタリストの使用機材とほとんど同じものを手にすることも可能だ。厳密には個体差もあるだろうけれども、そういう努力で、憧れのギタリストの音にかなり近づけることはできる。

一方で、ギタリストのタッチを真似するというのはすごくむづかしい。今はYouTubeなんかがあるから、憧れのギタリスト本人が奏法について懇切丁寧に解説してくれたりするチャンスもあるけれども、そんな映像を見ても、実際のところどんな強さで弦を押さえているのか、弾いているのかはなかなかわからない。そういうことは、本人じゃない以上、いくら真似しようと思っても結局習得できないことなのと同時にミュージシャンの企業秘密でもあるのだろう。

Gibson Les Paulというおそらく世界一売れているアーティストのシグネチャーモデルのエレキギターがある。エレキギターにあまり興味がない人もご存知のギターだ。平たく言うとLes Paul氏の使用していたギターのレプリカモデルとその派生モデルだ。レス・ポールさんは相当このギターが気に入っていたか、義理堅い人だったのか、生涯ずっとこのシグネチャーモデルを使っていた。

Gibson Les Paulといえば今や色々なジャンルの音楽奏者に愛用されている。ジャズではかつてジム・ホールがレスポールカスタムを愛用していたし、アル・ディメオラが自身のリーダーアルバムのジャケット写真で持っていたりもしていた。ロックではランディー・ローズをはじめとするヘビーメタルギタリストの多くが愛用しているし、ジミー・ペイジ、エリック・クラプトン、ジェフ・ベックのいわゆる「3大ギタリスト」全員が愛用していた。クラプトンなんかは今でこそストラトをメインで使っているけれど、かつてレスポールをマーシャルのコンボアンプに繋いで程よく歪んだサウンドでブルースギターの新しいスタイルを確立した。

そういう色々な音楽で使われて、いろいろなサウンドを生み出している楽器だけれど「レスポールらしい音」のイメージというのがある。太くて、どっしりしていて、力強い音だ。そういう音だから、歪ませた時にも芯がくっきり出るという利点もあり、特にロックギタリストに愛用者が多いのだろう。

それでは、レス・ポール氏ご本人のギターの音はどんなんだったかというのが気になるところだ。

何枚かのレス・ポール氏のアルバムを持っているのでCDやレコードで聴いたことはあるのだが、これが意外に「レスポールらしい音」というイメージとはちょっと違う。艶やかで、キラキラしていて、はじけるような音がする。高音も耳にうるさくなく、粒が揃った煌びやかな音色だ。低音は太めながら、アタックがしっかりした音がする。

ご本人が使っていたレスポールモデルも時代により変遷があるので、どのアルバムでどれを使っていたかはわからないけれど、50年代から晩年までレス・ポール氏のギターサウンドはそういう音である。

「Fabulous Les Paul and Mary Ford」という1965年発表のアルバムがある。ジャズのスタンダードや、カントリーのスタンダード曲を演奏し、レス・ポールがギターソロを存分に披露し、何曲かでは奥さんだったMary Fordが歌も歌っている。あまり有名なアルバムではないけれど、とても楽しめるアルバムだ。

1965年だからGibsonから出ていたいわゆるレスポールモデルはなかったわけだが(1961年からレスポールのボディーシェイプが変更になったことを受けレス・ポールのシグネチャーモデルとしてのギターはこの年代にはGibsonからは出ていない)、おそらく彼はLes Paulモデルを使っている。ジャケットの写真ではうまいことギターのボディーシェイプが見えないようになっているけれど、Les Paul Customと思われるギターを持っている。

そして、このアルバムの彼のギターの音もやはり、艶やかで、キラキラしていて、はじけるようで、耳に心地良いサウンドなのだ。このレスポールのサウンドを出しているギタリストを他に聴いたことがない。唯一無二のサウンドなのだ。

同じ、レスポールというエレキギターを使ってもこうも違うサウンドが出せるのかと驚いてしまう。エレキギターがお好きな方には是非レス・ポールのギターサウンドを聴いてほしい。初めて聴いたら、おそらくその意外なレスポールサウンドに驚くだろうから。