The Police「見つめていたい」ムカデへの手紙

先日、夜中に玄関の前でタバコを吸っていたら、足元にムカデがいた。
本物のムカデを見たのは初めてだったので、恐ろしさや気持ち悪さの前に、よく見ておきたいという衝動にかられ、ムカデをガン見してしまった。

「ガン見」という普段使わないボキャブラリーを動員しなくてはいけないほど、よく見てみたいという衝動は強かった。
ムカデは、そこそこ一生懸命に玄関の前を這いずり回り、私はその姿をどうするともなくただ見つめていた。

The Policeの「見つめていたい」という歌を思い出した。まさに、スティングが歌っているように、一挙一動を見つめていたいという衝動は、こういう時に訪れるものなのかと、なんだか他人事のように感じながら、私は自分のキュリオシティーに半ば感心しながら、もう片方では、だんだんムカデが気色悪いものだという認識がじわじわとこみ上げてきた。

The Police、「警察」に「見つめていたい」と思われるのも嫌なもんだが、私に見つめられるのも、ムカデにとっては嫌なもんだろう。いわんや、気色悪いと思うとは。

ああ、いかんいかん、これでは見られているムカデに申し訳が立たんではないか。私は、勝手に彼(彼女か?)の前に現れただけであるし、彼だってまさかこんなところで私に遭遇するとも思わずにいたのだから。その出会い頭に、いきなり見つめられた上に、「気色悪い」などと思われてしまうというのは、誠に不本意極まりないだろうと思い、彼を見つめるのをやめてしまった。

そうすると、なんだかムカデに対して愛おしさのような感情すら湧いてきた。「ムカデ、ああ、すまん。ムカデ、どうぞご自由に私の自宅前を這いずり回るがいい」という寛容な気持ちと、断りもなしに「見つめていたい」という感情をダイレクトに彼に向けてしまったことを恥じた。

なんだか、私自身の居場所がなくなり(まあ、私の自宅の前なんだから、本来は私の方が堂々としていれば良いのだが)仕方なく、ムカデから少し離れたところに移り、タバコを燻らせた。

吸い終わり、うちの中に入ると、なんだかこのままではどうもいかんと思い、このままではどうもこうも心の整理がつかんと思い、とりあえず

「なんか、家の前にムカデいたよ」

と妻に報告した。

妻は

「キャー、気持ち悪い! 殺した?」

と返してきた。
いくら気持ち悪くても、なにも殺生に至ることはないではないか、これだから現代人は短絡的でいかん、けしからん。と思いながら、私はなんとなく自宅にすら居心地の悪さを感じ、書斎に引きこもった。

「ムカデ、すまん。確かに俺はお前を気持ち悪いと感じたぜ。確かに半ば興味本位でお前を観察したぜ。でも、殺そうとなんてちっとも思えなかったんだ。それだけは確かに言える。」

などと、独り言ちて、自分は何を言っているんだ、たかがムカデごときに馬鹿らしいなどと考え、寝た。

横になっていると、不思議な念にかられた。もし、あのムカデが、玄関の外ではなく、部屋の中にいたらどうだっただろうと。あるいは殺していたかもしれない。このような、慈しみの念にも駆られることなく。私は、自分の身勝手さを恥じた。

それから、数日が経った今日の昼ごろ、会社の隣の席に座っている社長が、何やら電話に向かって叫んでいた。

「俺は、そんなことは言っていないぞ!絶対に言ってない。神に誓って言ってないよ!」

そんな、簡単に神に誓えるようなぐらい、人間は誠実なものなのだろうか、と、また私は独り言ちた。