音楽の閻魔様 Tony Rice 「The David Grisman Quintet」

趣味でギターを弾くのだが、20年以上弾いているのにとても腕は拙い。とても人に聴かせられるようなもんじゃない。これは、もとよりあまり熱心に練習していないので仕方がない。練習なんぞしなくても、20年も手元に楽器があれば、ある程度弾けるようになりそうなもんだが、楽器というのはどうもそういうもんではなさそうだ。

練習はしているのだ。「熱心に」練習していないのである。

この「熱心に」というのは説明するのが難しいのだが、例えば、一つのフレーズが弾けるようになりたくて、弾けるまで何度も繰り返し練習する。初めはゆっくりのテンポで弾けるよう、出来るようになったらだんだんテンポを上げて練習する。そういうのが熱心な練習の一例だ。

私は、そういうことができない。せっかちなのである。「だいたい」弾ければそれでいいのである。この「だいたい」とはどれぐらいだいたいかというと、人が聞いてそれと分かるほどしっかりとした程度まで弾けなくても、自分さえ弾けた気分になればそれでいいのである。

そういうことだからいつまでたっても上達しない。

まあ、それでも、程度の差こそあれ、世の中のギターを趣味としている人たちの6割ぐらいが私のように、「だいたい」弾ければ良しとしているのではないだろうか。だいたいでも自分が気分良くなればそれでいいのである。その拙い演奏を聞かされている家族や身の回りの人間には気の毒だが、楽器なんていうものは、もともと出てくる音色の9割9分は拙い演奏なのだ。それからだんだん練習して上達して、一部の上手い演奏が生み出される。それでいいのだ。

その1分の割合の上手い演奏が録音として残っていて、レコードプレーヤーなんかで鑑賞できるというのは、とてもありがたいことなのだと思う。

今日、The Tony Rice Unitの「Devlin」というアルバムを聴いていて、そんなことを思った。

まあ、このThe Tony Rice Unitの演奏はギターのトニー・ライスをはじめとして、名人揃いである。技巧的にも音楽的にも一分の隙間もない演奏である。どうだ、マイッタかこのやろう。というような完璧な音楽である。それを好きかどうかは別として。

この演奏が退屈だと思う人もいるかとは思うけれど、これを聞いて「拙い演奏だなー」と思う人はまずいないだろう。完璧主義ともまた違った、完成形がある。バンドの編成自体が少人数なので、音に隙間ができそうなもんなのに、そういう隙はなく音が詰まっている。それでいて、リラックスしている雰囲気すらある。こういうのが名人芸と呼ばれるもんなんだろう。

トニー・ライスはミュージシャンとしてはもう超一流で、素晴らしい音楽を繰り広げている。ブルーグラスの伝統にとらわれることなく、ブルーグラスの文脈を引き継ぎながらもジャズ・フュージョンの要素その他、色々な音楽の要素を取り入れ新しい音楽を発表し続けている。こう言う土壌からこっち方面のムーブメントが湧いてくるというのはすごいことだと思う。そのムーブメントはThe David Grisman Quintetの同名アルバムに端を発しているのだろうけれど、超一流の楽器プレーヤーが新しい音楽を奏でると、一気に音楽が完成するのだろうか。

The David Grisman Quintetはデビューアルバムから凄い。このアルバムの音楽がなければ今のブルーグラスはもっと狭っ苦しい音楽になっていただろう。ギターはトニー・ライスが弾いている。自信に満ち溢れた、説得力のあるギターである。

どこで、どれだけ練習したらこんな上手いギター弾けるようになるのか全くわからん。きっと日々「熱心に」練習していたのであろうな。これからなんぼ練習してもこういう世界にたどり着くのは絶対に無理だ。感覚自体が違う。ブルーグラスの基礎を押さえた上で、こういう他の音楽に幅を広げなければならないなんて、想像を絶する。

まあ、一方で、こういう素晴らしい音楽をやってくれて、アルバムを残してくれているんだから、リスナーとしては安泰だな。もっと突き進んだ演奏を聴きたければ、トニー・ライスが自身のアルバムでやっているから心配ない。

突き進んだ演奏を聴こうとすると、必ず泥沼にはまる。このThe David Grisman Quintetまさに、泥沼にはまる寸前の音楽だ。泥沼への入りぐちあたりがこの世の最高の音楽を聴けるのかもしれない。泥沼にはまって、どっぷり浸かっちゃったような音楽より、危険なところに足を踏み入れているところの音楽がスリリングで良い。本当の意味で、そのような音楽に出会えることは死ぬまでないかもしれないし、それは死ぬときなのかもしれない。

そして、演奏者としても、そのような泥沼の入り口あたりが、演奏がこの世の最高の音楽を奏でられるところなのかもしれない。トニー・ライスはこのアルバムを前後して新しい音楽の世界に飛び込んでいった。彼の音楽はその後どんどん発展して行ったけれども、この「The David Grisman  Quintet」での演奏が、一つの頂点と言えるかもしれない。

楽器が上手い方々はそれでも、楽器一台席抱えて、その世界に飛び込めるか?

ぜひ、飛び込んで欲しい。後に何も残らなくても別にそれで構わない。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です